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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

手塚治虫展 「アトム」デビュー60周年・「ブッダ」DVD発売記念

梅田の阪神百貨店で手塚治虫展が開かれている。
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展示物は宝塚の手塚記念館からの出張ものだが、場を変えると眼が新しくなった。
見慣れた作品や資料が全く別な新出作品に見えるのだ。
それは観客の熱気の高さに因った。

こうしたデパート展で見ると、驚くほど人々の<手塚治虫愛>の深さを思い知らされる。
観客層の年齢の幅広さだけではなく、普段は展覧会に縁を持たないひと、マンガが日常のものでないひとが多く詰めかけ、作品を前にして、それぞれの記憶を呼び覚ましては、深い感動に打ち震えている。
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手塚治虫以前のテヅカオサム少年の作品展示――昆虫の模写などから始まり、戦争中の自身を描いた作品と、実際のデビュー作がある。
それらの次に当時の少年たちを驚愕させ、熱狂させた「新寶島」「ロストワールド」「メトロポリス」などの作品が現れ、手塚自身が語った言葉が添えられてゆく。
それはたとえばコマワリについてのことや、映画的手法を取り入れたことなどの技法についてや、手塚が何を思ってその作品を描いているか、どのようなメッセージをそこにこめているか、といったことどもである。

原発事故の収束あるいは終息が全く見えない今、手塚が作品に鏤めたメッセージを目の当たりにすると、半世紀以上も前に手塚治虫はそれを危惧していたことを思い知らされる。
決して万能ではない科学を、その科学に振り回される人間を。

実際に重大すぎる事故が起こってからでないと実感などはなかった。
だが手塚治虫はそのことを思っていた。
決して今日の事態を想定してはいなかったにしても、彼の作品にはそのことを危惧するメッセージがある。
しかし、同時に手塚の作品には希望があった。


以前から連作「火の鳥」には好き嫌いがあって、たとえば「太陽篇」や「異形篇」は好きだが、「復活篇」などは息苦しく思っていた。
「ヤマト篇」も好きではないし、「宇宙篇」に至っては、逃げ出したくなった。
ところが今まであまり好まなかった「鳳凰篇」の原画が展示されていて、それを見ている最中、不意に胸が熱くなった。
両手を断ち切られ、森に打ち捨てられている我王の言葉がまっすぐにこちらを貫いたからだった。
しかしそれは希望というものではなく、諦念からくる悟りの言葉なのだが。

自分の受けた感動を隠していたい状況というものがある。
わたしは一人で見ていたのではなく友人と一緒にいた。
二人の友人はそれぞれ感嘆しながら、原画を見たり手塚の言葉を読んだり映像を見ている。
わたしは自分の感銘を面に出したくはなかった。

しかし次に見たものは「ジャングル大帝」のレオの最期の状況だった。
いつ見ても泣いてしまうものがそこにある。
わたしはひどく苦しくなった。
そのとき、六十代くらいの女のヒトが何度も頷いているのが見えた。
ああそうか、このヒトもきっと。
わたしはそっとその場を去った。

この展覧会は映画「ブッダ」のDVD発売記念に合わせてのもので、映画「ブッダ」の原画やキャラクター設定表なども出ていた。
近年、長時間に亙って映像を見る、ということが苦痛になっているので、わたしは映画を見なかったが、改めて資料を見るうちに「・・・やはり見に行けばよかった」と思った。
そして原作「ブッダ」が悟りを開くシーンが展示されているのを見て、やはり胸を衝かれた。このシーンも、何度よんでも常に全身が粟立つのだった。

ショップには阪神百貨店での限定品があった。
'85年の阪神タイガース奇跡の日本一の際に描かれた虎のキャラの色紙をモティーフにしたものである。
色紙も展示されていて、思わず'85年のあの日の感動が胸にこみ上げてきた。
つくづく阪神タイガースファンでよかった、手塚と同じ市に生まれてよかった、と改めて思った。

まだまだ他にも見たものが多いが、ここではもうそのことは書ききれない。
展覧会は31日まで。
なお12/25まで阪急三番街では手塚キャラがこうしてクリスマスを祝っていた。
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切り抜きもちょっとだけ。
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