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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「清明上河図」を見る

東博に「清明上河図」が来ている。
世界中から多くの人が一目でも、と思ってやって来る。
むろん国内からも多くの人が絵を見るために並んでいる。
わたしも一目でも見たいから、むりを押してやって来た。

名だたる名品のうちでも特に「神品」と謳われる作品がこの世にはある。
しかしその実物を目の当たりに出来るかと言うと、これがまたなかなか難しい。
強い意志力で以ってそれらと対峙することが可能か、というとそうも行かず、やはりなにかしらの「幸運」がなくては不可能だと思う。
わたしは今回、多くの人々のご好意でその「幸運」に与ることが叶った。

清明上河図については東博のサイトに詳しい説明があるので、こちらへどうぞ。

北宋最後の徽宗皇帝の頃に描かれた24cm x 5Mの絵巻物。
模本の絵葉書を随分前に手に入れたが、まさかその本歌を見ることが出来ようとは、予想もしていなかった。
内覧会では整理券が配られ、わたしは2時間後に絵の前に立つことが出来た。
僥倖は続いていて、列のトップだった。
10分間の見学と定められていて、実際はそれより短時間だったかもしれないが、時間が凝縮されるのを感じた。
わたしはガラス越しに間近で「清明上河図」を見ていたのだ。

その時代を描いた読み物と言えば「水滸伝」が思い浮かぶ。
そこから派生した「金瓶梅」などはもろに開封の華やかさと裏暗さとを描いて見せている。
また諸星大二郎「諸怪志異」も同時代が舞台なのだ。

北宋が異民族・金に征服されるのも文化の爛熟期を迎えたからだと言っていいと思う。
唐にしろ北宋にしろ後の明にしても、文化の爛熟期を迎えた「時代」は必ず異民族によって滅ぼされてしまうのだ。

そういえば「水滸伝」は70回本では梁山泊の好漢たちが集まって、現在の国家を牛耳る奸佞たちを倒そうと、希望と大志を胸にしたところで終わっているが、120回本では敵が政府高官から異民族・金に変わっている。そして好漢たちはそれぞれの宿命の星の下、命を落としたり姿を消したり、あるいは華麗なる転身を見せもする。

閑話休題(この語もまた「水滸伝」には頻用されている)、往時の開封の街を楽しもう。

文化文明の爛熟期を迎えているだけに、京師はとんでもなくにぎわっている。
描かれているのは773人(多少のズレあり)だが、牛やロバやラクダと言った働く動物もイキイキしているから、もう本当にヒトイキレ・熱気・活気にあふれた情景で、これまで見てきた他の中国絵画と違った元気さがある。
高士が山中で滝を見たり、人跡まれな中に隠れて住んだりするのより、わたしなぞにはよっぽど楽しい。
当時のみやこ=京師(洛中)を描いた図は本当にドキドキさせてくれた。

まず荷運びのロバたちの列が見えてくる。街はその左側に開いているから、ロバたちは開封から外へ向かうらしい。
小さい絵だが細密描写だからはっきりとロバの耳の長いのがよく見える。

河と街が広がり始める。それらをガラスに張り付きながら眺めると、自分もこの開封の街を行く一人になった気がする。

人々は丸顔が多い。似たような顔立ちだが、きちんと描き分けられている。実に多くの職業につく人があり、実に様々な行動をみせる人がいる。
それらをすべて見分けることはこの状況では無理だが、それでも不足はない。
街のわいわいがやがやざわざわした様子は大きく眺めたらそれでいい。個別確認なんかしなくていいのだ。
・・・とはいうものの小さい発見で喜ぶのだがww

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虹橋。行き交う人々・物売りの人々・働くどうぶつたち、船に乗り込む人々。
ああ、本当に声が聞こえてきそうだ。
大体、街中の橋は賑わいの中心でもある。
ポンテ・ベッキオもお江戸日本橋も両国橋も、みんなわいわいがやがやと賑わっている。

ちょっと上等な酒楼もある。ここらを見ていると「金瓶梅」の西門慶とその遊び仲間がいてそうな気がする。彼らはお洒落な歌を歌って、機嫌よく遊びまわっていた。

やがて城門が見えてきた。ラクダが入場している。西域帰りの商荷を担いでいるのか。
それにしても開封の街は緑はあるが、花のない街に見える。季節柄だろうか。
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庶民が集う繁華街が見えてきた。
一見何の商売をしているのかわからない人々も多い。そんな人々を作者は個性豊かに描きあげる。
ここらに蒸し饅頭屋があれば浮気なおかみさんがいてそうだし、遣り手の王婆もひょいと物陰から現れそうである。
しかし今のところ見えるのは占い屋と食べ物屋と物売りたちなのだった。

ああ、わたしはどうしてもこの絵の中に知った人(!)を探そうとしてしまっている。
それは薬種問屋の西門慶であり、毒婦・藩金蓮たちなのだった。
広重の東海道五十三次に、一九の弥次喜多の旅の情景を見てしまうのと同様に、この「神品」たる清明上河図に深い親しみを懐くことがやめられない。
自分もまた一個の旅人として、開封の街を楽しく歩いている気がするのだった。
(とはいえ、表立って婦人は街歩きなどはあまりしないので、わたしがいると悪目立ちするだろうが)

絵を眺めるうちに他に思ったことが二つばかり。

明の万暦年間に趙浙という絵師が描いた「清明上河図」の模本の絵葉書が手元に二枚ある。
林原美術館所蔵のものと岡山県立美術館のものとである。
仇英のそれは手元にないが、わたしが最初に知った「清明上河図」はこの岡山のものたちだった。
模本というてもそっくりに写すのではなく、やっぱり明の絵は明のにおいがする。
今回、張択端の本歌を見てそんなことを思った。
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安野光雅のある種の絵もこんな風な細密描写だと思った。安野さんの絵も温かいが、この清明上河図も温かい。

見た時間は多分ほんの数分だったろうと思う。しかし現実の時間の何十倍もの記憶と体感がある。
それがわたしの脳細胞を活性化させ、挙句の果ては蕩けさせている。
幸せだった。
本当にこんなに間近で、こんなにも見ることができるとは、思いもしなかった。
ありがとう、中国。
ありがとう、東博。

気持ちいいまま東博を出た。
九時半すぎだったろうか。さっき少しだけ飲んだ白ワインの酔いも醒めたはずなのに、まだ体の芯も心の髄も火照っている。
本当に嬉しかった。

この「清明上河図」は1/24まで展示。ムリを押してでもご覧になることをやはりお勧めしたいと思っている。
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