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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

三代目山田常山 ときめきの急須たち

出光美術館の「三代 山田常山 人間国宝 その陶芸と心」展ではたいへん好いものを見せてもらった。
2005年に亡くなった陶芸家・山田常山は常滑焼の急須づくりで人間国宝になったそうで、わたしはこの展覧会で初めて知った。
チラシは山田常山の文字に彼の拵えた急須たちが絡んでいる。
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おチャメな書体の上に要所要所に可愛い急須が配置されていて、とてもモダンに見える。

急須の肌の違いをパネル写真で見る。
朱泥・紫泥・烏泥・・・
素直な肌に煌めくものがあると思えば、それは梨皮と呼ばれる装いだった。

昔の急須が姿を見せている。
幕末の青木木米の急須や炉座・湯沸しなどの煎茶道具一式も見える。
木米の湯沸しなどは以前から、その可愛らしさに多くのファンがいると思う。
なにしろ、展示されていれば皆さん必ず、首を曲げて覗き込んでいる。
わざわざそんなことをしてでも眺めてみたくなるお道具なのだった。
また木米の青磁の茶壷などは深く綺麗な色を見せているから、それだけでも嬉しくなる。

初代の明治~大正のポット型、二代目の昭和初期の彫刻入りのポット型。
これらには「茶銚」という呼び名があった。

日本の急須の形は耳が真横につくポット型ではなく、注ぎ口と持ち手が角度で言えば145度くらいのが主流だが、そちらは「茶注」とある。
今の今まで特に何も考えていなかったが、大きな違いがあることを初めて教わった。
煎茶とあまり縁のないわたしは初めて知ることばかりで、そのことにも新鮮な驚きと喜びがある。

それにしてもなんと愛らしい急須が並んでいることだろう。
キュートな急須。
ほんと、愛らしい。

それらを拵えたのが、つい近年まで活躍していた三代目・山田常山なのだ。

中国のかたちは先にあげた「茶銚」、日本のかたちは「茶注」と分けて考えつつ、そこに並ぶ急須たちを眺める。
みんな本当に可愛らしくて、<この子・あの子>と呼びかけるのがふさわしそうに思う。

たとえばこの子、梨皮朱泥茶注と呼ばれ、個別の名を持たないでいる。
この写真では大きな常滑焼の壷と一緒に写り、可愛い姿を見せている。
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その肌といえば鮮やかな朝焼けに、こがねの桜が舞い散っているように見えるところから、それに似つかわしい名を与えてみたくなる。

そうかと思えば、ふくよかな胴に窯変が顕れて、賀茂茄子にも似た姿の子もいる。
また、持ち手を持たぬ子もいて、その子は両手で包み込むと、指の隙間から少しばかり注ぎ口を見せはしても、掌の中にいることを喜んでくれそうだった。

土瓶が現れた。
直火に耐える強いやきものである。
籐で編み上げた持ち手は半月を見せている。
編み方は力強くなくてはならない。
可愛がるだけではダメだ、という声が聞こえもする。
現実に使われるものたちには、炎に抗える逞しさが活きている。
中で沸騰するものは水であれ、薬草であれ、あるいはダシの効いた汁に浮かぶ松茸と他の野菜たちであろうと、なんでもおいしく仕立て上げるのが、土瓶の使命なのだった。

20年前に生まれた「紫泥隠元水注」は後ろ手に持ち手のあるポット型だった。
これは隠元禅師生誕四百年記念を祝して拵えられた急須で、本歌は禅師が将来した茶罐で、黄檗山萬福寺に伝わるという。
フォルムの端正さに深く惹かれる。

丁度、日本橋高島屋では「萬福寺開創350記念隠元禅師と黄檗文化の魅力」展が開催されていて、そこにも可愛い煎茶のお道具が展示されている。
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同時期にご近所で共に眺めることが出来て、とても嬉しい。
(高島屋の展覧会はこの後なんばにも巡回する)

それにしても常山の昭和50年代はなんと豊饒な時代だったのだろう。
その頃に生まれ出た子たちは、さまざまな色・形をみせている。
蓋のつまみ一つにしても、多くのかたちを持ち、そのヴァリエーションは無限に広がりを見せている。

つつましく梨皮のきらめきを見せる茶注があった。蓋はリンゴにも似ている。
埋もれるような蓋なので、まるで急須の中にリンゴが隠れているようにも見える。
白雪姫を魅了するリンゴではなく、イヴを誘惑するリンゴでもなく、みんなのおやつになって、おいしい幸せを与えてくれるリンゴなのだった。

持ち手のない茶注があらわれた。
玉露のためのそれなのだろうか。6cmという小ささがいよいよ愛しい。
自分の掌の親指を支える筋肉組織がその茶注を押さえ、片方の四本指が反対側を抑える。
そして他方の手指が蓋をずらさぬようにしつつ、そっと持ち上げる。
・・・・・・・そんなことを想いながらこの愛しい茶注を眺める。

可愛らしい茶注と水中が現れた。
どちらも昭和60年代に生まれている。
旧を守るだけが使命ではない、ということを感じる。
とてもモダンで愛らしい二人。
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紫泥茶器揃は、頭の鉢がねが大きい急須と、両横にリボンをつけた湯冷ましを両親にした家族に見える。
見込みには白い釉薬が一刷けある。
覗き込んでみると、どうも小禽の横顔に似たものがいた。
家族揃っての外出に、ペットの小鳥も連れてゆこうとする子がいるらしい。

急須のほかに花入れ、壷、大皿などがある。
中でもわたしは片口大皿で目跡が7つあるものが気に入った。
強肴のお皿にいいように思った。

そういえば持ち手のない絞り出し茶注を見て思い出したが、岡野弘彦「折口信夫の晩年」に、室生犀星がとてもステキな仕草で、煎茶を折口と岡野に淹れ続けるシーンがあった。
師弟はそれに惹かれ「うちでもやってみよう」と思うのだが、現実にはなかなかうまくゆかない、というエピソードが書かれていた。
わたしは今回の展示で、初めてその情景を実感した。

それにしても本当に多様な造形と色とを見た。
どの急須も愛らしかった。
こんなにも急須が愛らしいとは思いもしなかった。
わたしはこの展覧会で、突発性急須愛にかかってしまった。

興奮さめやらぬまま、図録を眺めると、こちらもまたとても良い造りだった。
図版も綺麗だし、わかりやすい文章で綴られた解説や、章ごとのコラムがとても楽しい。
ものしらずのわたしにも優しく教えてくれる柏木麻里さんの文章は、眼で読むだけでなく、朗読するのもいい、と感じた。

展覧会は2/19まで。
2/13には、今回の展覧会を担当された柏木麻里さんによる講座が行われる。
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コメント
ラブリーキュートな急須
せっかくチケットを頂いているのに
今だ行けていません。すごく可愛い
急須がたくさんあって、楽しそう!!
「人間国宝」というエラソーな肩書きから
は程遠い、愛らしさがありますねぇ♪
ぜひぜひ、行かなくては!!
2012/01/13(金) 09:18 | URL | えび #-[ 編集]
キュイジーヌならぬキュウスー
☆えびさん こんにちは
作られた常山さんのお写真がありました。
毛糸の帽子かぶってらして・・・
その帽子のてっぺんにつまみがあって、お鼻の位置とお耳の位置とが絶妙で、
「・・・究極の急須愛ね」と思ったりいたしました♪
2012/01/13(金) 17:12 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
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