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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

渋谷ユートピア 1900-1945

松濤美術館の「渋谷ユートピア 1900-1945」展は有意義な展覧会だった。
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板橋区立美術館で開催の「池袋モンパルナス」はそう名乗ったグループとその周辺を取り上げた展覧会だが、こちらの「渋谷ユートピア」はそうではなく、20世紀になろうとする頃から日本の敗戦までの半世紀近くにわたっての、「渋谷在住」の芸術家たちに焦点をあてた企画である。
現在は後期展に変わっているが、わたしは前期しか見る機会がないのでそこでの感想をあげる。
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プロローグ 逍遙する人 <落葉>と代々木と菱田春草

タイトルの「落葉」は後期に出るのでパネルが飾られていた。それはそれでムードがある。
つまり作品としてではなく、展示の背景装飾のような感じで楽しめたのだ。

実物展示は「海辺の松林」信濃美術館と「鹿」豊田市美術館。どちらもなかなか見に行けないから、ここで会えて嬉しい。
静かな松林と働く人を遠めに見る。鹿は距離間のない近さにいる。座してこちらに背を向けている。
撫でてもよさそうな鹿の背中。

1.岡田三郎助と伊達跡画家村

伊達家の跡とは今の恵比寿に当たるらしい。土地の変遷を思うのも楽しい。
江戸時代の切り絵図と明治のそれ、大正から戦前、そして現在と四枚のものを比較すれば、なお面白い。

三郎助は芸大の先生として多くの後進を育てた。
本人はチャーミングな和装美人とふんわりした風景画とを描いた。
ここでも薄紫の空の「セーヌ河上流の景」と、三枚の美人画があった。
三郎助の空は薄紫を見せることが多い。
大阪市立近美(仮)所蔵の風景画も薄紫の空の下に風景が広がっていた。

明治末の「婦人像」は顔を主に描いている。半襟は朱色、口紅とほぼ同色。髪をあげた若い女。
同年の三越呉服店のポスター画「むらさきしらべ」は石版で、これはしばしば世に出るから、知る人も多い名品。
とても可愛らしい。鼓を打つ舞妓の姿。

大正末の朝日新聞のカレンダーのための「紀元節の朝」は左向きの優しい顔を描いている。
グリーン地に花柄の着物に、耳隠しの髪型。おとなしそうな婦人。右手にダイヤの指輪が光る。

どの時代でも三郎助の描く婦人は皆とても魅力的だった。
妻の八千代を描いたものは、本人の意志の強さが発揮されているが、それ以外の婦人像はどこか夢みるような柔らかさがある。

有馬さとえ やすめる女 イスに凭れる女の胸がひどくきれいだった。大正年間は女の画家も多く活躍している。

有馬さとえ 婦人グラフ このグラフ誌は夢二の表紙絵が有名だが、有馬の表紙絵もわるくない。
若い断髪・洋装の女がそこにいる。ブラウスとイヤリングがきれいだった。

グラフィック分野で名高い杉浦非水のポスター「三越」と「地下鉄」があった。「地下鉄」は今では銀座線上野駅で見ることが出来るのが嬉しい。
また日本のアールヌーヴォーを支えた作家だけに、図案集にはその傾向のスケッチがあった。
ほかにはエジプト風なもの、ハルピュイアかスフィンクスかを描いたようなものもある。

平岡権八郎 ポスター(三越)上代美人 こちらも三越のポスター。三越と高島屋は素晴らしいポスターを多く世に送った。ここでは装飾の綺麗な月琴をもつ、髪を豊かに結い上げた上代美人が描かれている。
明治から大正にかけて「天平時代」を主とした上代美人を描くことが流行っていたのだろうか。
どうもそんな風に思えるほど、戦前まではそんな美人画の名品が多い。

伊東深水の新版画が数点ある。どれも非常にいい。
「主婦之友」付録の絵は「愛犬」と共にいる美人だった。
タブローもいいが、こうした「卓上芸術」の喜びの深さは大きい。

タブロー二枚。

太田三郎 窓辺 大柄な婦人が青いセーターを着て籐椅子にいる。モダンな時代を感じる。

加藤静児 婦人像 背後に光琳の「紅白梅図屏風」らしきものが立てられている。白梅の前で、夾竹桃柄の着物の舞妓がいる。その膝前には鼓がある。
絵としても面白いが、実際にこの風景があったとすれば、やはり素晴らしいと思う。

2.永光舎山羊園と辻永

辻は師匠の三郎助をおっかけてその地に住まうと、山羊園を営んだそうだ。
その絵を見てびっくりした。
すべてに山羊がいる。
どこかセガンティーニ風な温厚さと、不思議な雰囲気がある。
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「無花果園」には六匹、「牧場にて」は十二匹。可愛い山羊たちである。メェメェと鳴き声がするような世界。
絵はそのまま現実の風景に変わる。
現実を抜けて絵の枠内に入り込む山羊たち。

一方辻は「花」を描くことに強い熱意を持っていた。
静物画としての花ではなく、ボタニカルアートの範疇に入る花の絵。
幸いそれは師匠の三郎助と友人和田三造の助力もあって、刊行にこぎ着けることが出来た。
「萬花図鑑」昭和五年平凡社刊。
辻は90歳でなくなるまで4500枚もの花の絵を残した。
花の絵はすべて水戸市立美術館に納められていて、今ここでは30枚以上の花々が壁面を覆い尽くしている。
日付のわかる植物たちの姿。

3.切通しの道と草土社 岸田劉生の風景

タイトルは劉生の名品「切通しの道」を期待させるが、パネル展示。絵も大阪で「21世紀最大の岸田劉生展」に出て、疲れたのだろう。

劉生 赤土と草(草と赤土の道) 妙な官能性を感じる道だった。ゆっくりと撫で回したくなるような。両側の木々がそんな心持ちにさせるのだろうか。

劉生 冬枯れの道路(原宿付近写生・日の当たった赤土と草)  随分と広い道だった。今のどこかは全く予想もつかない。

河野通勢の風景画が二枚。大正三年の「隅田風景」と「代々木風景」。ペン画の厳しい曲線でうねる木々。ドイツロマン派の木のようだった。

椿貞雄 牡丹図 劉生の弟分の中でも最たる者、と言うてもいいと思う。彼の人物画より静物画にわたしは惹かれる。この牡丹は大変静謐な空間にある。その静けさこそがどこかしら不安な妖しさを醸し出す源になってもいる。
白花二輪、赤が一輪活けられていて、妙にぬるぬるしている。花の流す液などそんなぬるむものでもあるまいに、この牡丹はぬるむものを茎から花から静かに滴らせているのだった。

4.束の間のユートピア 村山槐多の終焉

前述の通勢もこの槐多もどちらも近年ここ松濤美術館で回顧展が開かれた。
槐多は問題も多い少年だったが、そんな彼を大事に思う友人たちもいて、かれらは代々木に集まって、「代々木ユートピア」を形成した。 
居所不定に近かった槐多も代々木住まいをするようになってからは遅くなっても必ず帰宅するようになったそうだ。
その頃の仲間の絵がある。

山崎省三 着衣の女 これなどは槐多風の絵だった。

「槐多の歌へる」アルス社刊の本があった。
表紙絵は誰の手かわからないが、笛と人面の牛(つまり件クダン)がいる図。

やがて槐多の急死と共に、そのユートピアは失われる。

5.竹久夢二のモダンとおんな

年末まで京都国立近代美術館で川西英コレクションによる夢二展が開かれていたが、そこでセノオ楽譜を大量に見た。弥生美術館併設の夢二美術館の企画展でも、あんなに多くのセノオ楽譜は見ていないので、あれは本当に目と心の財産になった。

ここでもセノオ楽譜がある。
花の香、宵待草、ロマァンス、白き手に、街灯、汝が碧き眼を開け・・・
真昼の葬列を描いた「花の香」は歌を知らずとも心惹かれる物語性があった。

婦人グラフの表紙絵、雑誌「中央文学」、「若草」などの表紙絵があった。
そして夢二と関わった女の写真もある。

今ちょうど前述の夢二美術館では、夢二のグラフィックな仕事が展示されている。
便箋デザインなどを含めての仕事。
わたしは夢二の仕事のうち、美人画より童画やグラフィックな分野の方が好きだ。

6.詩人画家富永太郎の筆とペン

不勉強なわたしは富永の作品を殆ど知らない。だからこそ、今回いろいろと教わった。
松濤に住まう大岡昇平と富永太郎は家が近かった。
夭折した富永を大岡は顕彰することに努めたそうだ。

上海の思い出 一室の情景が描かれている。煙突ストーブのある部屋にはタバコを吸う女がいる。テーブルに寄る女もいる。たぶん、二人はヤーチーだと思う。表情はわからない。

富永の訳したボードレール「人工天国」などがある。
「山繭」という誌が発表の舞台なのだった。

「鳥獣剥製所」という詩のタイトルにもときめく。
弥生美術館の近くに弥生式土器発見の木と碑があるが、その前に鳥獣剥製所がある。
久世光彦の「蝶とヒットラー」にも採り上げられているが、わたしもその店の前を通るとき、いつも密やかに動悸している・・・

7.フォービズムの風 独立美術協会の周辺

数年前に高島屋で独立美術協会の展覧会を見て、ひどく惹かれた。こういう傾向の色彩感覚が好きなのだと、その時思った。
ここには、元から好きな児島善三郎、林武、海老原喜之助らの絵があった。

児島 おさげの少女 可愛い。大体において児島の描く女は品のよい可愛さがある。

児島 赤松の丘 黄色い赤松が並ぶ。府中市美術館で回顧展があったときにも児島の色彩を堪能したが、あの独自性がたまらなくいい。
日本洋画の色彩感覚は、昭和初期に開花したように思っている。

児島 桜の頃 その時期の小川のそばの道を行く人を描く。どことなくシュールささえ感じるような。

小林和作 バラ咲くカプリ島 明るい絵。カプリもバラもなにもかも明るい。

林武 くしけずる裸婦 地は明るいサファイア色に、日焼けしたボリューム感のある若い裸婦が描かれている。
林の裸婦は肉付きがよく、さらに濃く日焼けしていて、とても力強く感じる絵が多い。

木下孝則 裸婦ナックレ 少女のような体の線。淡い陰影。ピンクのブラウスとその色を映したような胸の蕾。セピアの髪と同じ色のかげり。草色の地に横たわる裸婦。

木下義謙 モンマルトル 孝則の弟。兄とはまた違う個性がある。 

野口弥太郎 門 フランスのどこかの門。衛兵が立つ前を行き過ぎる女。顔は見えない。'30年代初頭の風景。

海老原喜之助 雪山と樵 海老原ブルーの雪山がある。樵も犬もロングで捉えられている。

「池袋モンパルナス」で絵だけでなく人となりも紹介された寺田政明の絵が二枚ある。

寺田 少女 大きな線でぐいぐい。
寺田 谷中真島町(モデル坂付近) 濃い絵だった。  

数は多くないがとても楽しめるコーナーだった。

8.郊外を刻む 版画家たちの代々木グループ

現在、新宿歴史博物館で「平塚運一と落合の版画家」展が開催されている。
それを見たが、こちらとも共通する作家が多いので、今回は特にこのコーナーだけ抜粋して、新宿歴博の感想と共に挙げたいと思う。

9.同潤会アパートメントに住む―蔵田周忠と型而工房

数年前、飯田橋の同潤会アパートメントの終焉があった。
一般解放されたので見たかったが、申込者以外はダメだった。
しかし近所の人にはどうぞと入れていたので、ある種の閉鎖性が生きているのを実感した。
同潤会の一室を再現した展示なども都内の博物館にあることはある。
資料も見ている。
だから今、こうして図面などを見ていると、現実感を帯びた再現がアタマの中で立ち上がってくる。居住空間とその意義などを思う。
そしてやっぱり、あのとき受付の奴に再度尋ねればよかったか、と思う。たとえダメであろうとも。

10.安藤照とハチ公と塊人社—昭和前期の彫刻家たち

渋谷のランドマークはやはりハチ公でなくてはならない。
JRの駅を出て109ビルを見ながらもそう思う。
日本一有名な犬はハチ公、ついでタロとジロ。昔話ではポチに早太郎。
美術館二階の奥のアルコーブのような空間に、ハチ公の像があった。
そこに書かれた解説を読んで、改めていくつかの像を見ると、涙がにじみそうになる。
供出されて今のハチ公は二代目だったのだ。
さうか、お前はさうまでしてご主人を待ち続けてゐるのか。
そんな気持ちになる。

わたしはどうぶつのあんまり可哀想な話はつらいので、すぐに違うことを考える。
上村一夫「凍鶴」には生きているハチ公が出たとか、「聖☆おにいさん」ではハチ公がご主人の涅槃待ちをしているとか色々・・・・・
くすん。

戦災で貴重な資料が壊滅してしまったというのが、本当に勿体無い。

終章 都市の遊歩者—谷中安規と<街の本>
谷中の作品が一点だけあった。
それだけ。
そしてそれがこの展覧会の締めくくりだと言うことが、とても意味の深いことに思われる。
丁度東近美でも谷中の作品が少しばかり展示されている。
久しく谷中の回顧展がないから、これを機にどこかで開催されたらよいだろう。

相当面白く眺め歩いた。
この松濤美術館の特異な空間が展示を見て歩くことを、いよいよ楽しませてくれた。
1/29まで
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コメント
渋谷ユートピア
辻の山羊や海老原ブルーにしびれて、しばらくジッと見つめていました。自分の家も渋谷に近いのですが、ユートピアかな?
2012/01/18(水) 12:30 | URL | とら #8WYMted2[ 編集]
とらぱらだいす
☆とらさん こんにちは
この展覧会は面白かったですね~
海老原はどこかで企画展立たないでしょうかね。
あの海老原ブルーに溺れていたいです。
辻は今回初めて知りましたが、ヤギが本当によかったです。
渋谷界隈にヤギ園があったというのも今となっては夢のようですね。

ふふふ。タイトルどおりです♪
2012/01/18(水) 12:44 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
No title
あまりにも遅ればせでおめでとうは控えますが、、、
寒中お見舞い申し上げます。
今年も楽しいレポート期待しています。

ところで富永太郎って絵もかくんだとルポ読んでビックリ。
いや、知ってたのかな。。忘れただけ>???
中原中也が大好きだった関係で富永もなんとなく面識の
ある人(?笑)って感じのOZでした。
2012/01/22(日) 04:58 | URL | OZ #-[ 編集]
こちらからも寒中見舞いで~す
☆OZさん こんにちは

> ところで富永太郎って絵もかくんだとルポ読んでビックリ。
> いや、知ってたのかな。。忘れただけ>???

それがわたしも「え゛っ」でしたね~
大岡はそれにしてもよく働く奴だなぁ(笑)、こういうのはやはり友情に篤いというんですかね。
「中原には毒があつた」というのを思い出しますよ。

> 中原中也が大好きだった関係で富永もなんとなく面識の
> ある人(?笑)って感じのOZでした。

トモダチのトモダチはトモダチですがな~~www
2012/01/23(月) 12:44 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
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