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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

都市から郊外へ 1930年代の東京

この地図を見てほしい。
これは1930年代のある年の地図である。
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チラシに使われた地図は主に世田谷を写したものだ。
今日の区分とは異なる地域もあれば、今は存在しない建造物も載せられている。
これは1930年代に、都市から郊外へ街が拡大化されていった証明なのである。

世田谷文学館の企画展「都市から郊外へ 1930年代の東京」は、先行する板橋区立美術館「池袋モンパルナス展」、松涛美術館「渋谷ユートピア」と共に、近代の東京の在りようを示す重要な展覧会だと位置づけられるだろう。
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1870年代からの本格的な近代都市文化形成から半世紀が過ぎ、都市から離れた周辺郊外にも近代化が広がっていた。
この展覧会は世田谷文学館の企画したものだから、当然ながら世田谷区を中心とした目線で事象は語られ、資料が提示される。
観るわたしたちはそのことを踏まえて展示を眺めてゆく。

最初に沿線地図がある。
目蒲線などの沿線ガイドである。ちょっとした行楽地も描かれている。
区画整理され、計画的な建設がなされた田園調布の地図もある。その地図はひどく美しい放射線状の形を見せている。人工庭園の秩序、という言葉を思い出す。
東急の場合、郊外都市を形成するにあたっては、阪急を手本にしている。
ターミナルを終点・始点にし、その沿線に住宅地を開発してゆくのは阪急が先行している。
小林一三に兄事した五島慶太は、それをより発展した形で広げてゆく。
また人口が増えることで、自ずと必要のある施設が生み出されてゆく。
郊外の発展は自然発生したものではなく、非常に意図的な状況で成されたものなのだ。

東京朝日新聞社が関わった「朝日住宅」の資料を見る。現存する建物はない。コンペによって選ばれた設計が三次元化した状況を見ることは出来ないが、平面図や写真資料からその魅力を測る。
和風ハーフティンバーの外観をもつ家は特に好ましかった。
この時代は和洋折衷の概念が消化され、それを見事に形に出来る技能が広がり始めている。
どの家の資料を見ても明るい希望が満ちている。

野上弥生子の邸宅模型と写真がある。非常に魅力的な建物は、現在臼杵市に移築され、国の文化財になったらしい。中に入りたくなる邸宅だった。
見る限り、ひどく好ましい邸宅だと思う。1930年代のモダンさが活きている。
他にも多くの魅力的な「新しい家」が以前はあったことが伺える。

初めて知ったことがある。同潤会といえば集合住宅、というイメージがあるが、一軒家も拵えていたらしい。これにはちょっと驚いた。サラリーマン向けに十年ばかり供給していたようだ。現存するかどうかは知らない。
自分の勉強不足をはじると共に、新しいことをここで教われてよかった、と思う。

都市での消費は郊外に住まう人々の娯楽となっている。
伊勢丹の宣伝を見る。明るいポスターと楽しいノベルティ。
都市文化を、消費文化を楽しむ人々。
わたしが1930年代を好きでいる理由がここにある。

新宿のデパート抗争はたいへん激しいものだった。
今も伊勢丹、京王、少し離れて高島屋などがある。
現在の梅田も大概だが当時の新宿の状況は、大変な激しさを見せていたろう。

新宿伊勢丹の建物は当時の華麗なモダンさを今に保っているが、進出以前から隣接するほてい屋をいずれ収めたいと思っていたため、建築当初から各階をほてい屋と同寸法で拵えていたらしい。
こういう周到な話は面白い。

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映画が弁士つきのものからトーキーへと変わって行き、映画製作の本数も増加した1930年代。人々がより多くの映画を楽しむようになった時代、名作が多く生まれていった。
映画ポスターの展示を見る。
「マダムと女房」「ふるさと」「妻よ薔薇のやうに」「若い人」「エノケンの千万長者」「人情紙風船」「我が輩は猫である」「上海」「綴方教室」・・・・・
フィルムセンターで時折上映される作品がここにも出ている。ポスターも御園コレクションなどで見ているが、世田谷文学館は自前の所蔵品を展示していた。
それはやはりここに撮影所があったことが力となっている。

映画撮影の現場を描いた伊原宇三郎のシュールな絵がある。リアルでありつつ現実離れした空間と言う二重構造をさらに絵画化することで、三重構造となる。それを<現実のわれわれ>が見る、と言うことを考えると、四重の構造が活きることになる。
非常に面白いと思った。

難波田龍起のギリシャ神話をモティーフにした絵画が現れた。
彼の詩がパネルに掲載されている。
花  私はルドンの敬虔な花を求める 奇しくも咲いた幻の花を

難波田のギリシャ神話への傾倒についてはルドンの影響があるらしいが、こうした詩からもそれが伺える。
わたしは難波田の描くギリシャ神話の絵の魅力には以前から吸い寄せられていたが、今回こんなにも多くの作品に出会えるとは思っていなかった。ひどく嬉しい。
絵を見ながら、ある小説を思い出していた。
福永武彦の短編「夢みる少年の昼と夜」である。
1954年のこの作品は、太郎と言う少年の夢想を柱にして進められる。
太郎はギリシャ神話を想う。
福永はマラルメの「古代の神々」を引用してギリシャの神々を形容する。
わたしは太郎の夢想を、難波田の作品から追体験しようとする。
絵画を見ながら太郎の夢想がここに再現されることで、一層作品が近しいものになった気がする。

1930年代は「少年探偵団」の時代でもあった。
今も必ずどこの小学校にも置かれている、江戸川乱歩の永遠の名作である。
その挿絵や「少年探偵団」の構成員であることを示すBDバッヂが展示されていた。
弥生美術館での展示で馴染んだ作品群だが、これらがこの「都市から郊外へ 1930年代の東京」展にあることで、「少年探偵団」の世界がいよいよ鮮明になってくる。
この連作に登場する少年たちは、東京郊外の町で暮らす少年たちなのである。
彼らのモダンさこそ1930年代である証明なのだった。

暗さをも感じ始める時代ではあるが、1930年代の少年たちはなんと輝いていたことだろう。
日本では「少年探偵団」を始め、「少年倶楽部」で華々しく活躍する少年の物語があり、ドイツではケストナーが「飛ぶ教室」やエーミールとその仲間たちの活躍を描いている。
ときめきが更に募る展示があった。
村山槐多の描いた「二少年図」が久しぶりにここに出ていたのだ。
この絵はそもそも乱歩が熱愛して、生前は常に手元で愛していた。
現在はこうしてここに寄託されているが、乱歩はこの少年たちの絵を眺めながら、「少年探偵団」の活躍を描き続けていたのだ。
わたしは入隊の資格を持たないが、外から少年たちを応援し続けている。

展示にはないが1930年代といえば必ず思い出すべき事件が二つある。
それは1936年の二.二六事件と阿部定事件である。
丸谷才一がこの件について非常に面白いことを書いている。
二.二六で世相が暗くなったときにお定さんの事件が起こり、妙に気分が明るくなってしまった、というような意味の一文である。
そのお定さんが捕まった日の新聞を見たことがあるが、下半分がお定さんで、上半分がチャップリンとコクトーが同じ船で来日した、という記事が大々的に載っていた。
決して忘れられない新聞記事だった。

写真を見る。
桑原甲子雄の切り取った東京の風景である。まだ二十代半ばの桑原の眼に写る東京の風景・東京の人々の暮らしをみる。
都市部の繁栄と薄暗い寒さが映し出されている。
こうした連作を見ることで、その当時の東京の姿を多少は理解できたようにも思いもする。

稲垣知雄の1930年代の創作版画を見る。
よく知られた「猫の版画」ではない、都市風景図である。
森下仁丹のネオンが輝く上野駅を遠景に、公園の道路を横切る黒猫を描いた「上野風景C」などには特に惹かれた。
煙突を俯瞰する図もひどくいい。
これらを一つ一つ丁寧に眺める楽しさは、この展覧会に来ない限りは味わえない。

映画や舞台になった「アジアの嵐」もあった。ティムールの物語である。
これは春秋座を旗揚げした頃の二代目市川猿之助(後の初代猿翁)を描いたものだった。
随分以前からこの作品には惹かれていたが、全容を知らぬままである。
こうして少しでも触れることが出来て、とても嬉しい。

レコードが多く世に出た。ジャケットを見るのも曲名を見るのも楽しい。
それらを見るだけでなく試聴も出来るシステムになっていた。
わたしは以前から1930年代の歌曲が好きなので、喜んで聴いた。
二村定一「アラビヤの唄」、渡辺はま子「いとしあの星」、藤原義江「鉾をおさめて」、ディック・ミネ「上海ブルース」などなど・・・
「侍ニッポン」などはついついこちらまで鼻歌を歌ってしまった。
誰もいなかったからよかったが。

最後に菊池一雄の彫刻群があった。
菊池一雄の父・契月の日本画は特に好ましく思うが、この長男の彫刻はあまり見てこなかった。父と二人の息子たちの展覧会を以前京都で見たが、そのときも日本画ばかりが気になっていたので、きちんと眺めた記憶がない。
基本的にリアルな彫像が多い。わかりやすい作品だと思った。系譜で言えばロダンの孫弟子にあたるが、菊池はパリだけでなく諸外国をも歩いている。

有意義な展覧会だった。
非常に興味深く眺め、深々と味わった。
こうした展覧会は本当に貴重なものだ。
少しでも多くの人に見てほしいと思う。
4/8まで。
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