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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

近世絵画にみる 中国文化への憧憬


頴川美術館の「近世絵画に見る 中国文化への憧憬」前期展へ行った。

頴川美術館は小さい美術館で数も多くはない展示だが、見に行くと必ず「いいものを見たなあ」という気持ちになる。
解説も丁寧なので、こちらの勉強にもなる。

高士観画図 伝・馬遠 元代の一幅。枯れ木のように見える木の下で二人、童の持ち上げる絵を見ている。
少年のまっすぐな目がいい。
そしてこの絵を見ていると、二人の高士が見ている画はどんなものだろうと思う。もしかするとそこにもまた「絵を見る人の絵」があり、その絵の中でもまた・・・・・

山水図 山田道安 筒井順慶の一族の一人。松永久秀による大仏焼き討ちの修造に努めたそうだ。
墨の濃淡で遠近がわかる。この絵には三江紹益の賛があるが、絵師の死後に生まれた人の手で賛が入れられるのは、その絵が百年後も活きていたことを想像させてくれる。

洞庭秋月図 海北友松 桃山時代の絢爛さは意識に残るが、同時代の水墨画は心に残る。
しぃんとした空間だと思った。騒がしさのない夜。

蘭亭曲水図 狩野山楽 石川丈山・賛 山楽は豊家の恩顧を受けていたので、松花堂昭乗に匿ってもらい、その引きで徳川の世にも活躍するようになった。
石川丈山は詩仙堂を拵えた人。
横長の空間に山と川と人々を詰め込んでいる。右手の山と41人の客(参加者)がワイワイしてるところへ左上のモノスゴい文字並び。なにやら不穏な空気さえ醸し出されそうな。墨絵でこんなに濃い空気なのだから色などつけたらどうなるか。モノイウ絵どころの騒ぎではなくなるだろう。

鴨図 俵屋宗達 玄澄・賛 宗達は鴨や牛の絵が妙に好きなのだが、この鴨もいい。顔黒で腹白。賛がまたいい。(文字は全て解説にあるとおり写した)
通夜衣寒客雁聲 渓林葉落已秋声
欲飛勢有凌霽気 募恨丹青不繪聲

芦葉達磨図 宮本二天 宮本武蔵が晩年になり細川家の庇護の下で暮らしている間に、減筆体で禅画のようなものを描くようになった。「それからの武蔵」は画人だったのだ。

諸葛孔明図 狩野美信 何本もの指を折り曲げたような冠に赤柄の白羽扇という、いかにも孔明なスタイルの立ち姿。細い帯はたらし込みのような。温容な顔立ちに知性がある。

果物籠図 柳沢淇園 濃厚な色彩。長崎派の影響を受けたとある。納得。籠にはザクロなどが盛られているが、赤がエグみを見せている。

考槃嘯林図 池大雅 緑の山~木々! を望む高士。茶タイム。ちゃんと持ち運びコンロとやかんあり。のんびり。
この絵のための表具には青地にタンポポと桜をモティーフにしたものが使われている。

蜀山行旅図 池大雅 遠目で見たときは緑の豊かな絵だと思うだけだったが、間近で見て、随分大きな絵だと思った。ところが半歩下がれば驚くような大きさではないことに気づく。
では何故この絵を見てそんなに「大きな絵」だと思ったのか。
構図が見事なのである。
間近にその絵のツクリを見ることで、この絵がとても巨大な絵だと錯覚してしまうのだ。
木々の緑は濃く、その葉は巨きい。反して葉の下の人々の姿は小さい。
蜀の山道は険しいが、この絵ではところどころに休憩所があって、そこでくつろぐ人が多いものだから、遊山の旅のようにも見える。妙に楽しいムードがある。

郭子儀図 呉春・柴田義菫 皆川淇園・賛 唐の勲臣の一人で子沢山で長寿の郭子儀の絵は吉祥画として好まれた。この絵も賛によると、ダレゾの古希祝のために注文されたものらしい。
子儀を呉春が、その傍らの子と孫とを弟子の義菫が描く。いかにも呉春らしい風貌の人物。どことなく村夫子風なのんびりさ、ジンチュウの長さ。ジンチュウ(鼻の下の線)をこんなに長く描くのは、この呉春か、卆寿を迎えたばかりの水木しげるだけしかいない・・・

山水自賛図 頼山陽 1830年。大徳寺454世・月海禅師のために描いたもの。縦長の画面にやや薄墨で細めのモコモコした峰が連なるのを遠景にした山水図。
分明昨夜梦青山 幾朶峰容簇髻鬟
晨起呼童急磨墨 写来半堕渺茫間
(髷を幾重にも束ねたように峰が続く青山の夢を見た。起きて急いで童子に墨を磨らせ描こうとしたが、ありありと見えていた形が絵にすると、ぼーっとしてしまった)
髷をいくつも束ねた、という文字面だけでわたしはちょっとホラーなことを考えてしまった。夢に見た風景を絵にするのはなかなか難しいものだろう。
上海にある某ホテルは、施主が自分の幼い娘が見た夢を聞き取って設計させたものらしい。
そうなると、却って小さい子供のほうが夢の記憶を保持しやすいのかもしれない。

桃源舟行図 浦上春琴 漁師が今しも桃源郷へ舟を入り込んだところ。シーーンとしている。緊迫感はない。うっすらと桃の花が朱い。この静けさを破りたくはない。それが結局は「桃源郷」というものかもしれない。

商山四皓・蓮に白鷺・岩上の鵜 中林竹洞 1848年。始皇帝の圧制から逃れた四人の君子(東園公・夏黄公・角里先生・綺里季)が商山で過ごす姿。ここでは囲碁を楽しんでいる。
右幅は目つきの鋭い白鷺二羽がまるで四人を監視するようにそちらを見ている。
左幅の鵜は人に雇われてる鵜ではなく、フリーランスな鵜らしい。三羽いて中の一羽はおいしそうに小魚を食べていた。

山水人物図 月遷 右幅は崖に梅が咲くのを、川に浮かぶ小舟から見上げる人を描き、左幅では岩上で茶タイムを楽しむ高士が描かれている。

やきものもいくつか出ている。
前期だけの出品は、長次郎の赤樂「無一物」である。聚楽土(赤土)で焼成されているが、釉薬はないようにも見えるくらいだった。実際のところは知らない。

胭脂紅龍文瓶 清 雍正年間に生まれたらしい。綺麗な臙脂色の龍だった。

呉須手龍文瓶 明 大きな貫入に大雑把な龍がどーんっと描かれている。呉須手はあまり好きではないが、たまにはこうしたザッパな感じもいいと思った。
なかなか面白い説明がついている。
「呉須手は明代後期に福建・広東で焼成された粗放な青花に対する日本の呼称」
なんとなく楽しい。

青華人物龍文盂 清 外側に変な馬か角のない麒麟のようなものが走り、見込みにハクション大魔王のような口をした龍がいた。

黄南京龍文盂 清 黄土色に近い黄色。龍の爪は四本だった。

後期では、これら四つのやきもの以外は全て入れ替わる。後期のほうがやや色数が多い絵が出てきそうである。
前期は3/31まで。後期は4/8~5/20。

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