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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

生誕90周年記念 山下清展

山下清の人気の高さは何やらコワイくらいだった。
心斎橋の元のそごうが今では大丸心斎橋店・北館になり、そこの14階のイベントホールへ上がった途端、溢れかえる人波にびっくりした。
生きてた頃から人気の山下清だが、死後もずーっと人気者なのだ。
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彼の作品は貼り絵がメインで、他にマジックインクで描いたもの、そして陶芸の絵付けしたものが出ている。
それだけでなく、山下清本人の言葉がそこかしこにつけられていた。
絵の解説でもあり、画家の心模様の吐露でもあり、面白く読んだ。
文脈は正直わかりにくいところもあるけれど、美への見識の高さはさすがに芸術家だと思う。いい言葉をいくつかみつけたので、それをメモりもした。
展示のあちこちに、山下清の写真があった。
放浪を終えプロの画家として旅に出ているときの姿である。
どれを見てもあんまり楽しそうな顔は見受けられないが、不機嫌ではないらしい。

展示は時代順に並べられていた。


学園時代の作品は当初は昆虫ばかりだった。
解説には、学園で苛められて疎外された清は物言わぬ昆虫にばかり眼を向けていた、というようなことが書かれていた。
実際その心の動きは他でも聞いたことがある。昆虫好きというのは実は孤独から来たと。
疎外感を抱えたことで昆虫を描くといえば、手塚治虫と松本零士がその代表かもしれない。
そんなことを思いながら清の昆虫を見る。

しかしやがて劇的な変化が発生する。
清の作品に人間が(他者が)現れる。人間関係が少しずつ構築され始めた、ということだった。清がどのような人間関係を築き始めていたかは知らない。
伝記でも読めばある程度わかるかもしれないが、随分前にノーベル書房あたりの本を開いたくらいで、よくわかっていない。

絵は楽しそうな雰囲気をたたえていた。貼り絵はいよいよ精緻になっている。

清が19歳で学園を飛び出したのは、放浪癖もさることながら徴兵が怖かったと言うのが最大の理由らしい。
(結局21歳になってスルーできたと思って帰郷したら、母親に捕まり徴兵検査に連れてゆかれ、不合格になっている)
同世代の俳優・三國連太郎もまた徴兵検査から逃れて日本全土を流浪した挙句、帰郷した際にやはり母親により、徴兵検査を受けさせられ、海を渡ることになった。
その世代の人々の重い運命を思う。

清の放浪中の日記を、近年の展覧会で見ている。北野田文化館での展覧会では、その辺りを詳しく展示していたのだ。
るんぺん、と清は表記する。どのようにルンペン暮らしを成功させるかを清は書く。
その頃の清の着ていた浴衣や荷物なども展示されている。
映画やTVで見る、シャツに半ズボン姿と言うのはドラマのイメージでしかないのだ。
実際の清の放浪姿はどことなく、映画「竹山ひとり旅」での林隆三と殿山泰司を思い出させた。

アメリカの「ライフ」誌が発端となって朝日新聞もイッチョカミして、ついに清の旅は終わりを告げる。
その後は「画家」としての生涯を送り始めるのだった。

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初公開のソニコンロケットは同名のおもちゃを描いたものだった。
そのメーカーが喜んでいる写真とコメントが残っていた。
実物の展示もある。いかにも昭和の真ん中のおもちゃで、可愛らしい。
清はそのソニコンロケットが飛ぶ姿を作品にする。

マジックインクの作品は技法的に、画家たちからは好まれないらしい。
理由は納得できるが、それを逆に得意にした清の作品はどうなのかというと、これが非常によいものに見える。
変なたとえかもしれないが、マジックインクの作品は自刻自摺の創作版画に似ている。
新版画と創作版画の違いを思えば、わたしの思う「違い」がわかってもらえるかもしれない。
清のマジックインク作品は、貼り絵とはまた違う強さがある。

「日本のゴッホ」とも呼ばれた清だが、彼自身はゴッホの絵にインスパイアされたわけではないらしい。
この「ぼけ」の花を見ると、ゴッホのアーモンドの花を思うが、あれとはまた違う方向で、この作品が生まれたそうだ。
多くの作品のうちでもこの「ぼけ」は特に綺麗だと思う。
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非常に興味深い清の言葉があった。
富士山を描いたときの言葉である。
「欲張っていつまでも見ていると、美しく見えなくなってしまう。何でも欲張って見ていると、美しく見えなくなることがよくわかる」
なるほどなぁ、と深い実感が胸に湧いた。
これに似た言葉を以前に立原あゆみの作品でも見ている。
「美しいものをみつめすぎると麻痺してしまう。だから時折眼を閉じる。そして不意に目を開ける」
いつまでもみつめ続けていたいけれど、自制することが、より対象物を愛させる力になるのかもしれない。
わたしはそんなことを考えていた。

清の「花火」はチラシにも選ばれているが、たいへん人気のある作品である。
わたしはこの作品を遠目で見たとき、夜空に広がる花火の美に打たれたが、近寄って眺めて少しばかり「なぁんだ」と思った。
だが、今回少し離れて眺めると、やはり非常に美しいと思えた。
そうか、と納得した。花火は間近で見るよりは少し離れて見た方が綺麗だった。
そんな初歩的なことをわたしは忘れていた。
思い出せて本当によかった。

随分多くの作品が出ていたが、本当にあふれかえる人々の波の中で、どれだけ真面目に見たかはわからない。しかしこうして印象に残った作品も少なくないことを考えると、わたしはわたしなりに山下清の作品を楽しんでいたのだった。
展覧会は3/20まで。
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コメント
初めて
「木瓜」初めて見ました。いいですね。
このような作品もあるんですね。
 花火は 修復しているところを テレビの プロフェッショナルで見たように思います。
 こよりを くるくる巻いて張り付けたり 工夫してるんだなと思いました。
2012/03/14(水) 20:17 | URL | 小紋 #-[ 編集]
☆小紋さん こんにちは
古い切手を下地に使う作品も見ました。
なんにせよ工夫がすごいです。

東海道のシリーズもよかったです。少しばかり出てました。
それにしても本当にすごい人気でびっくりしました。
2012/03/15(木) 12:44 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
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