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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

「絵本合法衢」を観る

国立劇場の四月公演は「絵本合法衢」である。
この芝居は前年三月に上演されていたが、東日本大震災により、上演中止となり、一年後の今、こうして上演されている。
この芝居は20年前に、片岡孝夫(当時)が左枝大学之助と立場の太平次の二役を演じて評判をとった。
当時はまだ今のような情報社会ではなかった。
芝居にしろ展覧会にしろ、情報を得るのはなかなかしんどいものだった、ということを思い出す。
雑誌もあまり読まないわたしは、上演が終わった後にこのことを知った。
その無念さは、言葉では言い表せない。

そして今、ようやく二十年目にして一つの無念が解けた。
わたしは「絵本合法衢」を観ることが出来たのだった。

以下、延々と感想を挙げる。物語の筋も書いてしまうので、知りたくない方はお気をつけください。
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暗い。夜の水門口の前で殺人が行われている。始まりは人殺しから。
ドンドンドン、と打ち鳴らされるその音は殺人の合図である。
決まりごとの美。
しかしその音色は水門を打つ水の激しい音にも聞こえる。
殺人は速やかに行われるが、そこには続きがある。
殺人を犯し、お家の重宝「霊亀の香炉」を盗んで、それを上司に渡した男は、長生きできない。
花道より現れた編笠の上等な武家により、凄まじく斬り殺される。
「下郎の口封じ」と、なんの躊躇いもない巨悪の登場である。
左枝大学之助。彼は家来・関口多九郎に中間を斬った刀を差し出し、ぬぐわせながら、白い顔を動かしもしない。
多九郎に多賀家の重宝・霊亀の香炉を持たせて落ち延びさせようとするが、そこへ本家の家老・高橋瀬左衛門が来かかる。
灯りのない時代、足元に違和感を感じてそこに死骸を見出す高橋主従。
小柄を投げ打ち闇の中へ消えてゆく大学之助。
瀬左衛門はその小柄を闇の中、過たず掴み取る。一瞬のきらめきが闇に残る。
花道で編笠を取り、一瞬の笑いを浮かべる大学之助の傲然たる顔貌に胸を衝かれる。
仁左衛門の美貌の真髄はこうしたところにある。

「多賀領高橋瀬左衛門支配」と書かれた札がある。大きな松が見える。庚申の碑もある。地元の人々がくつろぐところへ、京から来たカップルが声をかける。
しかしその和やかさはすぐに失われる。
大学之助の鷹が逃げ出したのだった。
武家が来たというので平伏するカップル。
鷹が見つからぬということで不機嫌な大学之助だが、その女・お亀に食指を動かされ、ニマニマと笑う。だが女はこの与兵衛の許婚。
大学之助は無理強いしようとするが、そこへ瀬左衛門の助けが入る。
ところでお亀は大学之助に「密夫」と罵るが、それくらいハッキリと怒る女のほうがいい。「エェ」と泣いてばかりでは面白くもなんともない。
また、そのあたりがいかにも南北の女たちだと思うのだ。

大学之助の不機嫌が頂点に達するのは、すぐその後だった。
女を奪えず苛立つところへ、鷹が姿を見せる。
だが、地の百姓の子供が鷹を掴んで離さない。
家来と子供が引き合ううちに鷹が死んでしまう。
大学之助は有無も言わせず子供を手討ちにする。
子供も「子供」とはいえ、当時の身分制を弁えていた筈なのだが、それでもこうして抗って、あたら命を無駄にする。
このあたりの描写は南北だけのものではないか。
南北の芝居では子供は生き延びることはない。

子供を無残に斬り殺したことで大学之助の不機嫌は多少治まる。
明らかな性格破綻者であることがこのことからも知れる。
しかしその悪の笑いのなんと魅力的なことか。
善人な素顔を見せる片岡仁左衛門という役者は、悪を演じるときほど輝くときはないのではないか、と思いもする。

暗転し、多賀家陣屋の座敷。瀬左衛門と与兵衛が兄弟だと知れる。お亀も近郷の地主の総領娘だったことがこの会話でわかる。
小さいクスグリが入る。店に出入りの太平次と大学之助がそっくりで憎たらしいとか、お亀が孝太郎に似ているとか。
しかし、他人のはずの仁左衛門丈と愛之助丈が舞台に立つと、そっくりなのにはいつも感心させられる。
とはいえ、今回善人の役を演じる愛之助丈は、声の出し方がやや染五郎に似ている気がした。

弟に霊亀の香炉の探索をたのみ、もう一つの重宝「菅家の軸」を取り出して一人嘆息する瀬左衛門。
左団次はまだ「病後」なのかと思ったが、これはもしかすると今の芸風なのか?
(後に感じたことだが、彼も今回二役なので、瀬左衛門のときはどうも抑えていたようだ)
カンカンカンと半鐘の音がし、狼藉もの登場。難癖をつけに来た大学之助とその一味。
子供の無礼を言い立て、その責は領主にあると言い募る。
しかも子供の悲報を聞いて飛んできた夫婦をも手討ちしようとする。
「土民」という台詞、久しぶりに聞く。
その土民の嘆きと怒りは収まらない。
ついにその大学之助を打ち据える瀬左衛門。菅家の軸で打ち続ける。
ご先祖の怒りとかなんとか言いながら。
それに対しいきりたつ大学之助の家来たち。しかし大学之助はそれを押しとどめ、さらには家来たちを下がらせるや、殊勝げな言葉を吐き出しつつ、両手で顔を覆いもする。
土民夫婦は金も与えられ、しかしわが子の死が大学之助の善智識になったことを思おうとしつつ、泣き泣き帰る。
土民夫婦の夫は片岡市蔵だった。長らく芝居を観ていないと、自分の目も衰えるものだと思った。彼だとわからなかったのだ。

予想通りというよりも当然ながら大学之助は改心などしない。計略を進めるためにわざわざそんな回りくどい手を使っているのだ。
あの百日鬘で泣きを見せると、松王丸を思い出させるが、この大学之助はスッキリと悪一本で生きている。
瀬左衛門を殺したときの嬉しそうな顔。観ていて惚れ惚れとする。
槍を使う仁左衛門丈の手つきは、水野のとき(幡随院長兵衛)と同じかもしれない。

二役目・瀬左衛門の弟・弥十郎が現れるが、殺されるまでの瀬左衛門の動きにヒヤヒヤしていたので、左団次が走り出てきたときには、ほっとした。
兄よりずっと元気そうではある。

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二幕目があがる。
河原の様子が見える。橋の下では見世物小屋があり、かまぼこ小屋もある。
そこへ落ちぶれた太九郎が乞食仲間に入れてくれと申し出て、あたりの姐御・うんざりお松が許可をするが、時蔵のお松には悪婆の面影は薄い。
悪いことにも長けていると言いながら、どこかに品のよさを感じすぎてしまう。
実際、蛇遣いのお松は頼まれれば毒蛇の皮もはぐし血も抜くが、なんとなくその前段階で蛇を可愛がる様子がひどく優しい。
はすっぱな感じも薄い。時蔵の芸風がそうさせるのか。
このお松は親切なのだ。尤もそうでなければここらのカシラにはなれないのかもしれないが、それにしても時蔵のお松は品が良すぎるし、優しい感じが強い。

太平次登場。こちらからも悪の匂いがするが、大学之助のような性格破綻者ではなく、場当たり的な悪人だということを感じる。
仁左衛門丈の若さに驚く。
太平次が三十そこそこの男にしか見えない。
台詞の端々、手の動き、表情、それらに太平次の若さがあふれる。
道具屋・与兵衛のもとから例の霊亀の香炉を騙り取るための計略を立てる人々。
時蔵のお松は運の悪い女に見える。

今出川の店。なんだかんだと騙りにきたが、お松はまさかのもしかで姉婿に正体を見破られ、騙りは失敗する。
ここで京の地名を交えた言葉遊びが出て、関西人のわたしは楽しかった。
毒酒も与兵衛の母に飲ませることは出来た太平次だが、与兵衛に飲ませるのは失敗する。このあたりのドタバタはいかにも南北という動きで面白い。

金が手に入って嬉しそうな太平次。お松がすりよってくるが、それがウザい。
寺の裏には井戸がある。暗い中での殺意。手を洗いたがる太平次。釣瓶を懸命に上下させては手に水をかけてやるお松。
そのお松の首を釣瓶の縄で絞める。息絶えたお松を井戸に捨て、草履も着物もボチャン。
そこで一瞬、太平次は思い入れを見せる。
静止する横顔と手。強い印象が残った。
指を打ち振り汚れを払うような様子を見ていて、太平次という男は実はカンショウなのではないか、と思った。カンショウ病み(病的な潔癖症状を表す古い関西弁)の手つきはこんな感じだ。

暗闘。だんまり。弥十郎と妻皐月(時蔵二役)、与兵衛とお亀。五人の暗闘。
南北の芝居には暗闘は不可欠なのかもしれない。

第三幕。
くらがり峠。今も奈良にある。そこで立場(今で言うSA)を営む太平次夫婦。
ここでやっと「タテバノタヘイジ」の通り名の意味がわかる。
偶然ながら(南北の芝居にはそれがまた多い)お亀の妹・お米がここにいる。太平次に救われたのだが、夫・孫七と離れ離れになり心細い。
家は古臭い。梁だけは二本大きいのが通っている。祈祷師のようなのもいるが、彼は親切。太平次の女房お道も親切。太平次のは親切ごかし。
夏のことだから蚊もよくでる。
お米を二階に上げておいたところへ、お道に導かれて病身の与兵衛とお亀がくる。
太平次に養母を殺されたと知らない夫婦は、太平次の親切ごかしに騙される。
いまだに大学之助のお亀への執着は尽きない。お亀を妾に差し出せは50両という話を聞いて、夫婦は泣く泣く別れる。敵の妾になるのは口惜しいが仇討のため、と無理に納得するが、その無残さを南北は喜んで書いていたろう、と思いながら観る。

悪はあくまでも輝き続ける。
四谷怪談での「首が飛んでも動いて見せるわ」は役者の入れごとだが、この台詞が南北劇で生まれたことの意味を思う。
南北の描く悪はとどまるようなことはしない。疾走し続ける。行く先がどこであろうと彼らは走り続ける。
その魅力に深く惹きつけられている。

太平次の計略で、与兵衛は足を大怪我する。むろん太平次は親切ごかしの態度を取る。
与兵衛は家を出て古宮に向かうが、それを聞いていたお米は惨く縛られる。
そこへ現れたお米の夫・孫七だが、彼もまたお米ともども太平次の手にかかる。
入相の鐘の音がゴーンッと響くたびに命が一つ奪われてゆく。

仁左衛門丈のモモの内っぺらが見えた。しなやかな足は以前に変わらず綺麗だった。
そして悪事をなすときのその美貌の輝き。
太平次の独特の手の動き。
なにもかもが若い。若すぎる。太平次はまだ三十代の男なのだと感じる。そんな実感がある、肉体。

夫婦そろって太平次に殺されてしまう。軽快に殺人を犯す太平次。
男女二人を同時にザクザクに切り殺すといえば「三人吉三」のおとせと十三郎を思い出すが、ここにはそんな因果譚はない。
殺す側にも躊躇いはない。
彼は機嫌よく走って古宮に行く。だがそこにいたのは女房だけ。
亭主の悪事を邪魔しようとしたお道も安易に殺される。
与兵衛を殺し損ねて「あーあ」な太平次。その笑顔にときめく。
与兵衛を殺させてやりたかったような気がする。

大詰。
弥十郎も今では「合法」と名乗って天王寺にいる。
まず合法庵室の場から。
合法または合邦とも表記されるが、どちらにしろ合法は天王寺の閻魔堂のそばの庵室にいなくてはならない。
「摂州合邦辻」の通しなどでわかるが、彼の前身は武士だったが、父祖に及ばず、更に多くの柵にまけて、ここにいる。

この高橋弥十郎は兄の敵を求めてここにいる。
左団次は瀬左衛門の時よりも弥十郎、それよりも合法がいい。
庵主の姿をしてはいるが、武士の気概に満ちている。

庵室には病身の与兵衛が身を休めている。
二人は互いに兄弟だとは知らないまま、お互いの事情(敵持ち)から、相手に加勢してやれない状況だと言う。
コミュニケーション不足なのではなく、敵討ちの場合極力それを隠すのが普通だったと言う事情がある。つまり返り討ちの警戒や敵の逃亡を恐れてのことから。
そのために素性は知れないままだということがある。
その辺りのもどかしさに、いつもイライラする。
しかしそのもどかしさこそが、芝居の面白味なのだ。

季節は夏である。庵室の池に蓮が咲いている。
合法は与兵衛に月など眺めて心を安らげと勧める。
いずれにしても「がっぽう」はその庵室に必ず病人を養わねばならない。
そのとき楽の音が聞こえる。
天王寺の楽所の篳篥の音色だと言う。
与兵衛は竹杖をついて立つ。月を楽しむゆとりはない。
愛之助の町人姿はよいのだが、病人の憐れさ・せつなさというものが少ないように見える。
彼のしっかりした体つきが見えてしまうからか。

ドロドロが鳴る。幽霊の出である。
舞台は非常に暗くなる。南北の芝居には殺し場と幽霊の出は欠かせないから、灯の暗いことが多い。それがまた非常に魅力的である。
この暗さの中に小奇麗になったお亀がいる。
応挙の絵ではないので足も見える。さかさまでもない、普通に佇む幽霊である。
夫婦の会話は今の感覚では多少わかりにくいところがあるが、互いに心が通じあったところで、お亀が消え、世兵衛もはっとなる。
死霊だと言うことを与兵衛が悟るのはもう少し後である。

立派な駕籠が来る。
悪の権化・大学之助登場。
彼は与兵衛の行方を知り、返り討ちに来たのである。
最前現れたお亀が亡霊だったことを知る与兵衛。
妾として弄んだものの、自分に刃向かうお亀を返り討ったと笑う大学之助。
悪もここまで来ると、ただただ美しい。
更には与兵衛を斬り苛む。

ここで愛之助丈の憐れさのなさがネックになる。
巨悪に返り討たれる善人はあくまでも憐れに美しくなければならない。
敵味方それぞれが被虐の美と嗜虐的な美を見せねばならない。
たとえば「敵討天下茶屋聚」での「かまぼこ小屋」の伊織もまた敵・当麻とその家来たちに散々弄りぬかれ、無惨に斬殺されるのだが、それは何故か。
観客は「可哀想な善人」を見たいのではなく、虐げられ無惨の美を見せる役者をこそ、見たいのだ。
そうでなければ、こうした返り討ちの場が、延々と愛されるはずもない。
南北の芝居は特に、そうした嗜虐と被虐のあわいを楽しめる趣向に満ちている。

「あの世から、身どもが栄華を見物いたせ~~」
この酷さこそが魅力なのだ。
仁左衛門丈の非常に気持ち良さそうな演じぶりにはゾクゾクさせられる。
この陶酔がなければ、芝居は面白さを失うのだ。

敵の手に掛かるよりは、と思ったか、または絶望からか、与兵衛は自らの腹に刀を刺す。
そこで大学之助は与兵衛のもう一人の敵・立場の太平次の死について語る。
与兵衛らを討ちもらしたかどで成敗した、と。
そのまま笑って去ってゆく大学之助とその一味たち。
悪の大笑である。

立場の太平次は大学之助の影のような男ではあるが、その死の処理をこうした語りだけで納めてしまうのは、ちょっともったいなさ過ぎる。
仁左衛門丈の太平次が魅力的だっただけに、構成の都合とはいえ、惜しい。
また、観客への説明としてタイミングはここになったのだろうが、<あの>サディスティックな大学之助が、苛む相手の与兵衛にそれを伝えることで、与兵衛の抱える重荷が太平次の分だけ軽減してしまうではないか。
むしろ与兵衛を討ち捨ててから、そのことを口にした方が、もっと効果的だったように思う。

仁左衛門丈の大笑は非常によかった。
姿が消えても残響があるようで、そこが非常にいい。
その様子を見たとき、武智鉄二と八世三津五郎の対談集「芸十夜」の第七夜にある話を思い出した。
昔の文楽の名人が「八陣守護城」の「御座舟」の場で、楽屋まで笑い声を上げ続けた話である。
毒を飲まされた清正公が、秀頼を守り抜いて後、帰還する。もう命は永らえることはない。満足感がある清正公は最後に大笑いをするのだが、大隈大夫は盆が回っても笑いをやめようとせず、楽屋まで笑い続けた。素晴らしい効果があったろう。
清正公と大学之助とでは笑いの意味は違うのだが、やはりその大笑いの効力は等しい。

合法が帰ってきたときには、もう与兵衛は虫の息である。
ついに二人は自分らが兄弟であり、敵が同じ大学之助だと知る。
残念至極と言われてもなぁ、と今のわたしなどは思ってしまうのだが、そこはスルーする。
「河堀口より云々」と与兵衛が大学之助の行く先を告げる。
リアルな地名である。
今も天王寺に残る閻魔堂と河堀口(こぼれぐち、と読む)の道筋が見えてくるようだ。

合法の妻皐月は時蔵である。これも二役だが、先のうんざりお松より元は武家の妻女という姿がニンに合っている。
やがて夫婦は瀕死の弟を置いて、敵を追いかけてゆく。

いよいよ合法衢の仇討である。
ところで「衢」と書いてツジと読ませているが、この字は「チマタ」という読みがある。
チマタでツジという読みを充てたところが、興味深くもある。
そしてここには巨大な閻魔像がある。真っ赤で恐ろしい顔つきの閻魔像である。
松もある。この松は昔の名所絵にも出ている。
頭痛止めで有名な閻魔堂の絵には必ず松がある。

仇討のための白装束に身を包んだ夫婦が大学之助一行を追ってくる。助太刀はない。
彼らだけで大学之助の家来たちと切り結ぶ。
ついに駕篭に切迫するが、中に大学之助の姿はなく、鎧兜が一領あるだけ。
ある意味、それもまた不気味に感じる。
だまされたことを知り、夫婦はその場で自害する。
ゆっくりと巨大な閻魔像の背後から、大学之助が現れる。
明らかな性格破綻者ではあるが、その巨悪さが快い。なんという悪の魅力だろうか。
笑う大学之助。白塗りに水色の剃り跡と黒い眉とが残酷な美貌をいよいよ大きく見せる。
あまりにかっこよすぎて、悲鳴を上げそうになる。

しかしそこで夫婦が起き上がり、大学之助に切りかかる。
夫婦もまた策略を練っていたのだ。
三人の切りあいの果て、ついに大学之助が果てる。
果てて、そこで大学之助から片岡仁左衛門丈になる。
合法も皐月も左団次と時蔵になる。
三人は威儀を正して平伏し、われわれ観客に礼を述べる。
――芝居は終わったのだった。

悪の魅力に強く拘束されたようだった。
わたしは役者の表情がはっきりと見通せる、なかなかよい席にいたのだが、時折彼らと目が合った錯覚を持っている。
それがいよいよわたしを縛り付ける。
全身に心地よい波打ちを感じながら劇場を出る。
波が凪ぐことはまだなかった。

少しばかり時間が経ってから、久しぶりの番付を見る。
表紙に綺麗な香炉の写真がある。
瑠璃釉金銀彩藤文角香炉。多賀家の重宝・霊亀の香炉とはまた種類は違うが、これもたいへん美しく、いわれのあるものに見える。
この香炉の解説を、出光美術館学芸員で詩人の柏木麻里さんが書かれている。
ああ、と声をあげそうになる。
芝居を見ていたときの暗い歓びが蘇ってくるのを感じる。
詩人の言葉にはそんな力があった。
短い文ではあるが、これからこの芝居を愉しむ人々には、ぜひこの一文を味わっていただきたいと思う。
出来るなら、芝居を見終えた後にこそ。
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