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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

バルビエxラブルール

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練馬区立美術館で鹿島茂コレクションの「バルビエxラブルール」展が開催されている。
初日にのこのこ出かけたところ、めめさんとばったりお会いしたので、機嫌よく二人で見て歩く。
最初にバルビエの初期の絵が現れる。
シノワズリーとアールヌーヴォーとロシアの世紀末な感性が融合したような、優美で奥深い作品群。
後期のモダンでアールデコな世界もいいが、わたしは初期の作品群に強く惹かれる。

今回リストが作成されてないので、細かい作品名をはっきり思い出せないが、記憶に残っているのは、「ニジンスキー」「ビリティスの歌」、他にギリシャ神話を背景にしたもの、物語を抽出して描いたものなどがあった。

「ニジンスキー」はこれはジョルジュ・バルビエという作者を知る前から、作品だけは知っていた。
中学の頃からニジンスキーに熱狂していたわたしは、その資料を熱心に探していて、しばしばこれら「綺麗な絵」を目にしていたのだ。
今回改めてニジンスキーを描いた作品群を見て、決して見ることのかなわぬバレエ・リュスの舞台を目の当たりにしたような心持になった。
そういえば今では「バレエ・リュス」表記だが、わたしが中学生だった'80年代は「バレエ・リュッス」だった。

「バラの精」「牧神の午後」「ペトルーシュカ」「シェヘラザード」・・・
音楽が頭の裡を流れてゆく。それを聴きながら絵を見ていると、描かれたキャラクターたちが動き始める。なんという美しさだろうか。
この幸せな幻覚はバルビエの絵が見せてくれたものなのだ。
わたしは繊細に描きこまれた絵をみつめながら、優美な歓びに打ち震えていた。

「ビリティスの歌」の豪華本を見ることが出来たのも嬉しい。
これも中学の頃に知った物語だが、画集を見るのは今回が初めてだった。
'77年の映画「ビリティス」のいくつかのシーンが蘇る。
映画全編を見てはいないが、友人の持っていた資料を見ていた頃が懐かしい。
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どれを見ても酷く繊細で美麗だった。画面全体の美麗さは、細部の繊細な描き込みによって支えられている。部分拡大して眺めれば、全体の様相はわからなくなるが、しかしそこに美しい夢と妖しい色彩とが息づいていることを、知ることになる。
眺めるのが本当に楽しい作品が集まっていた。

シノワーズの影響を受けた絵は、青色の使い方が特徴的だった。

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バルビエのファッションイラストを見る。
これらを最初に見たのは大丸でのアールデコ展でだった。
そのときかなりたくさんの絵葉書を見たり複製を買ったりしたが、今回はそれを上回る質量だった。
さすが鹿島茂コレクションだと改めて感心する。
ファッションイラストの変遷を見せる展覧会が、以前九段の方の大学で開催されたが、そのとき見たものも多く出ていた。
どちらも鹿島コレクションだったのかもしれない。

美麗さに幻惑されたまま、次の展示室へ向うと、そこにはラブルールの作品があった。
同時代の作家でありながら、全く様式も方向性も異なる作品群を目の当たりにしたとき、強い違和感にぶたれた。
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昆虫の絵がある。遠近法が浮世絵風な、森の情景である。
ファーブル昆虫記や魚類図鑑を見ている気がした。
ところが眼と意識がラブルールの作品に慣れ始めると、このそっけないようなシャープさが、非常にモダンに感じられるから、そこがまた面白かった。
キュビズムの影響があると解説にもあるが、形のとり方には確かにその線はあった。
だが無論それだけで構成されているわけではない。
同時代の先端を行く。
日本でも同じ時代に非常にシャープなセンスが生まれている。
「時代」がそのまま絵になったような、そんな作画スタイルだと思った。

木版画と銅版画の面白味の違いが顕著に出ていた。
どちらも非常にシャープだった。日本の探偵小説雑誌「新青年」に登場してほしい、そんな趣がある。
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「ドリアン・グレイの肖像」の挿絵があった。
このイラストを見ていて、今まで考えたこともなかった発想が湧いてきた。
「ドリアン・グレイの肖像」を探偵小説に書き換えてみたい。
そしてそのときの挿絵にラブルールの絵を使いたい。
ワイルドの原本の挿絵には、むしろバルビエを推したい。

こういう展示にはそんな夢想が許される隙間がある。
非常に気に入った展覧会だった。
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