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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

近世絵画にみる 中国文化への憧憬・後期

頴川美術館の「近世絵画にみる 中国文化への憧憬・後期」展にいった。
前期感想はこちら

ここは展示数は多くはないが、どの展覧会にも必ずなにかしら心に残る作品が出てくる。
それを見るだけでも来た甲斐があるように思う。

重山雲樹図 中林竹洞 一見して拓本のような絵だと思った。これは宋代の技法に倣ったそうだ。「米法山水」というらしい。南宮に倣う、と説明にある。
大小の米点で表現することで、遠近法も活きる。
この絵は時代もはっきりしている。1835年。天保年間か。

秋景人家図 貫名海屋 こちらは1847年。貫名海屋は「幕末の三筆」の一人と称えられている。わたしも海屋の書は見ているが、絵はあまり知らない。
賛はむろん自賛。深秋只聴寒窓外 胡孫剥栗皺
淡彩で静かな情景が描かれている。確かに賛の通り手前の一軒は窓を開け、中の青カーテンが見える。胡孫はサルのことか。解説には「幕末の騒がしい中にあって孤高を」とあるが、まだ黒船は来ていずとも、世情騒然タル、という実感があるのかもしれない。

秋路訪友図 岡田半江 薄墨に朱が所々に。小橋を渡ろうとしている。「あっち」とばかりに目を向ける。彼らだけでなく、地の人がそこかしこにいる。

柳に白鷺図 渡辺玄対 南蘋風で南画。柳の下の白鷺が振り向けば、そこには白牡丹。こうした取り合わせは確かに「中国文化への憧憬」という雰囲気がある。

秋林閑座図 立原杏所 カラフルな山がある。崖下には一軒家。そこへお茶を持ってくる人あり。のんびりしているが、本当に暇そう。

枯木竹石図 椿椿山 白描風に描かれている。竹や水仙が強い風に揺れている。太湖石は薄暗い。しかし切迫するものはない。

芙蓉麝香猫図 山田宮常 毛長の大きな猫が二匹いる。どちらも鼻の大きい猫。手前は白地に黒まじりで奥は白地に茶まじり。白牡丹の下でくつろぐ二匹。手前の黒まじりはすっかり眠っているが、奥の茶まじりは顔を上げて大きな目を中空に向けている。なにかしでかしそうなツラツキがいい。

長春錦鶏鳥図 中林竹洞 長春花はバラ系の花らしい。その花の下にカラフルな鳥カップルがいる。石や竹と共に。

柳桃黄鳥図 山本梅逸 この絵は本当に好きだ。華やかな色彩でありながらも濃くはなく、あっさりきれいな絵。
柳の緑、桃のピンク、黄色い鳥。楽しそうな色彩感覚。
この色彩の取り合わせを見ると、「少年行」を思う。配色が等しい、というだけだが。
しかし春にこの絵を見るのは心楽しい。

笠置山図 中林竹洞 この絵は頼山陽の詩「笠置山懐古詩」から生まれたもの。絵は詩の四年後、山陽の死後に描かれた。詩自体はなかなか過激ではある。
この絵を見ると、久しぶりに笠置山に行きたくなってきた。案内猫・二代目カサヤンに会いたい・・・

蓮図 浦上春琴・頼山陽 賛 春琴・山陽・田能村竹田の三人が料亭(沙河)で遊んだときの記憶を元にした絵。
幕末の上方文人画家たちの交友のありようが偲ばれる。

対のような絵がある。表装も対になっている。絵はどちらも優しいが、賛は厳しい。
柳下遊魚図 中林竹洞 梁川星巌 賛 
 一川春月帯亭台 游蕩何人酔未回 
 風巻余声落愁枕 当爐女唱墨夷来
 *川を隔てて盛り場の女が唱う。「米人が来た」という流行歌が、外夷を愁う枕元に聞こえるとは

陶家遺愛図 山本梅逸 頼山陽 賛
 植援慇懃扶葡萄 無如秋雨打柔條
 随扶随倒花狼藉 不似先生愧折腰
 *陶淵明は権威に屈することを愧じたのに、彼の愛した菊は秋雨に腰を折って乱れ咲く

それぞれの賛を見て、「・・・いやぁ幕末だね~」という、ほりのぶあきの時代劇ギャグマンガの台詞が思い浮かんでいる。
竹洞、梅逸の絵がしっとりしているのに騙されてはいけないのだった。

5/20まで。
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