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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

やなぎみわ 

少女は残酷だ。長く細い未成熟な手足をまるでクモのように操って、遊戯をする(ようにみせかける)。
あたしの足も手もこんな風にいくらでも開くのよ、あなたはどう?
そんなからかいを平気で大人に向けて笑いながら無邪気に言う。
いつかお前も皮膚がこわばりたるみ、他人にどう話せば受け入れてもらえるか考えなくてはならぬようになるよ。老女になる前の女が心の中で負けおしみを言う。

そんな感想を抱いた展覧会だった。
無垢な老女と無慈悲な少女の信じられない物語という副題をもつこの展覧会に母娘で来れる人は凄いと思う。
やなぎみわさんはわたしとほぼ同世代つまり老女の娘であり、少女の母の年なのだ。だからこの視線が可能なのか。

エレンディラがベッドに横たわるその隣にいまや遣手婆になった祖母が足を組んでいる。それはまるでバラバラにされた少女の手足に見えた。赤ずきんがおばあさんといる。狼はもしかすると誘惑者かも。だからその口車に乗って…。

残酷さが薄布一枚かぶせられた向こうに覗いている。 こわい写真だ。
カール・ラガーフェルトが昔話や童話を自分の眼差しで再構築した作品と比較してみたくなった。

ふと品川駅前に広がる開東閣をみあげた。
森のようである。夕暮れの中、少女の髪や細い足がのぞいた気がした。
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コメント
こんばんは。
コメントとTBをありがとうございます。

女性としての視点から少女と老女の関係を見るのは、
私にとって興味深いです。
私が感じた二者の関係における違和感が、
そのまま痛みというレベルにまで達すること。
そこまでは受け止められませんでした。
2006/02/19(日) 00:18 | URL | はろるど #-[ 編集]
おはようございます。

これはたぶん、永遠に融和できない何かがそこにある、という証明のようなものではないかなあ、と思います。

しかし個人的経験として、少女と「祖母」とは母と娘より深いものだと思うのです。
間の一世代を無視して。
2006/02/19(日) 08:19 | URL | 遊行 #-[ 編集]
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