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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

蕭白ショック!! 曾我蕭白と京の画家たち

蕭白ショック!!とは巧いタイトルだ。
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若冲ショック、芦雪ショックでは合わないし、応挙ショックはないだろうし、あとは北斎ショックか国芳ショックくらいしか合いそうにない。
随分前の千葉市美術館でやはり蕭白展があった。
そのときのチラシはこの赤と青の鬼と童子の絵。コピーがまた面白かった。
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ところがどういうことか、物持ちのいいわたしとしたことが、そのチラシをなくしてしまったのだ。だからコピーの言葉は完全には思い出せない。無念である。
それから数年後、今度は京博で「無頼という愉悦」として蕭白展が開催された。
そのときのコピーは無論フィクションだろうが、いかにも蕭白なら言いそうな「応挙がなんぢゃい」だった。
今回の「蕭白ショック!!」はだから奇をてらったものではない。
やっぱり蕭白の展覧会は「無頼という愉悦」であり「蕭白ショック!!」でなければならない。
なお、わたしは前期の、5/4に見たものの感想をあげる。
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最初に蕭白前史として、彼が師事したと思われる絵師たちの絵があった。
副題の「曾我蕭白と京の画家たち」のまず最初の登場である。

五十嵐浚明 山水図 薄藍の水が広がっている。これをみて思い出す唐詩がある。
孤帆遠影碧空尽 唯見長江天際流
ここがどこであるかはどうでもいいことだ。ただ、この詩のような情景が広がっている。

高田敬輔 敬輔画譜 文化四年刊行。小ぎれいなショウキらしき人物が小鬼たちを追いかけている。逃げる小鬼たちがまたとても可愛らしい。眼も口も大きくてバランスがわるくて、それが可愛くてならなかった。

大西酔月 花鳥人物図押絵貼屏風 特に6扇目がいい。落ちてゆく葡萄を捕らえようと、リスが共に落ちてゆく様子が描かれている。動きのある絵。

そしていよいよ蕭白の<時代>が始まる。
まずは蕭白出現である。
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草子洗小町図屏風 几帳の蝶柄はきれいだし、枝垂れもきれいなのだが、やっぱり何か「ヘン」である。どうヘンなのかは言うに言えないヘンさである。
「大丈夫ですか」と声を掛けたくなる一方で、そぉっとその場から去りたくなる、そんなヘンさ。

鷲図屏風 鷲がサルを組み敷いていて、猿は本当に必死でそこから逃げようとしている。
生命の終わりが近づいているサルの、決死の抵抗だが、鷲は力強くそれを押さえつけている。更にもう一羽の鷲はその様子をじっと見ている。
「連れ立つ友なる二羽の鷲は」というナゾナゾが思い出されるが、この鷲の力強さと、サルの必死さに目が行く。

蹴鞠寿老図 あごを上げ頭頂部が下っているが、だまし絵のようなものだ。妙に可愛い。

唐獅子図屏風 大きな親獅子がどーんっと立って、崖下をみつめる。必死で登りつつある奴もいれば、歌舞伎の四天のように巧いトンボをきっての落ち方を見せる獅子もいる。
ところがそれは右半分の様子で、左には岩にしがみついたままの奴もいる。
面白い構図だった。
パーク・コレクションにも獅子の這い上がり図があり、わたしはそれを新聞で見て非常に惹かれたのに、その記事をなくしてしまい、ずっと後悔していた。
蕭白が好きだと思ったのは、実はその獅子図からだから、後年パーク・コレクションを見たときは本当に嬉しかった。
この獅子たちもよかった。ファイトー!いっぱーつ!な獅子たちが愛しい。

牧童群牛図屏風 これもまだおとなしい絵。左ではコッテ牛の角突き合い。右は子どもらと牛。

獅子虎図屏風 出た!「に゛ゃーーーーーっっっ」な獅子と、「・・・そないに吠えんでもエエやん・・・別にそんな・・・」な虎と。
どっちもとても好きだ。オビエ?て叫ぶ獅子と弱気そうな虎。ヘンな組み合わせ。
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次からは色の派手な作品が現れる。
蕭白高揚、なるほどカラフルなのは高揚期だからなのだ、ね。

定家・寂蓮・西行図屏風 庵の外でわらじを直す、笠で顔を隠した西行と、それをニヤニヤしながら見る二人。どう見ても「浮かれ坊主」にしか見えない寂蓮と、目がロンパリな定家と。

群仙図屏風の前に来ると、キャプションが凄かった。
「これが蕭白ショックだ!」うむ。
「無頼と言う愉悦」のときだったか、狩野先生がこの絵について非常に面白いことを言われていて、わたしは大ウケしたが、やっぱり今この絵を見て同じように笑ってしまった。
幼児嗜好にしか見えない仙人や、薄ら気持ちわるいジャリ共、ばっちい親父よりも、それに乗る白蝦蟇の妙な伊達振り、女仙も綺麗なのかそうでないのか判別がつかないし、龍に乗る仙人は衣装が青いからと言うて、爪までブルーのフレンチネイルをせずともいいでしょう、咲き零れる赤いツタも鮮やかな分だけ不穏だし。
35歳でこれを描いたと言うのがまたなんとも。しかしやっぱり「高揚期」だからこその作品なのだと思う。他の絵師はこんなここまで描きませんわ。
奇想は活きててもグロテスクすれすれなのは蕭白だけかもしれない・・・

前述の雪山童子図が出た。ジャータカ絵なのだが、赤い腰巻童子と青鬼の、奇妙な恋物語にも見えてしまう。悲劇も感動もなく、妙に楽しそうな結末がありそうな。

旧永島家の襖絵を大量に見る。
チラシになっているのはそこから。
・・・・・ここから逃げ出したくなるの、わかるような気がする。しかし彼を待つ人も手をハーハーしてて、妙に幼女っぽい仕草がコワイ。
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松鷹図襖 隠し絵のようにして、眺めるのも楽しい。
鷲の目からウサギやサルが隠れようとしている。塗り残しが面白い。探すのも楽しいが、サルもウサギも必死なのである。

禽獣図襖 森の中の対話。目のやたら大きなフクロウ、飛び回るコウモリ、座り込んだ狸は不平たらたらの酔っ払いのようである。
こんなところに座っていると、こいつらに噛まれるかもしれない。

そしてカラフルな世界から静かな山水画へと移る、蕭白円熟の時代が来る。

虎渓三笑図 随分多くこの題材を絵にしているが、ここにあるのは表情のわからない、遠景図である。背景の山々などは中国絵画から影響を受けたようにも見えるが、湧き立つ雲はやっぱりまだ蕭白らしさがあるようにも思える。

円熟期の「基準作」と看做される山水図は、たいへん大人しくなった絵だと思う。
石橋はうろこ状だが、ゾワゾワするものがなくなっている。
なんとなくわたしは寂しくなる。侘しい、と言うほうが正しいか。

山水図押絵貼屏風 5扇目が妙に好ましい。雪山。静かな雪山。全ての音も汚れも消し去る雪山。

同時代の京の絵師たちの絵が現れる。

若冲 月夜白梅図 梅花で夜空が埋もれてしまうような。匂いもきっと濃く漂う。
金色の月の位置がとてもいい。

池大雅と奥さんの玉瀾の対の絵は、少しはなれたところから見るのがよかった。間近によって細部をじろじろ見るより、ちょっと離れて二つを同時に見ると、そこにある空気を感じ取ることが出来る。のんびりしたいい空気を。

蕭白は池大雅とはおつきあいがあったようで、なんとなくほっとする。

応挙 秋月雪峡図屏風 雪の積もる玄関を掃除する坊や。月は低い。左手に浮かぶ月に気づく少年。なんとも言えずよい風情がある。

芦雪・曾道恰 花鳥虫獣図巻 墨竹を曾道恰が描き、文鳥や雀らを芦雪が楽しげに描く。
この絵を完成させるためにどれくらいの酒量がいったのだろう。飲み倒して完成した作品だそうだ。こういう逸話がとても楽しい。

後期もよいものがたくさん出るだろうが、わたしはちょっと見に行けないので、ほかに行かれた方々の感想をとても楽しみにしている。
本当に面白く眺めた。
5/20まで。
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