FC2ブログ

美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

中山太陽堂の大正時代

毎年春秋に大阪阿波座のクラブコスメチックスの文化資料室で、素敵な展覧会が開かれている。
今春は「中山太陽堂の大正時代」として、その頃の商品や資料が展示されている。
zen447.jpg

サイトを見る。
第8回企画展のテーマは「中山太陽堂の大正時代」。
大正100年にちなみ、大正モダニズムの世界を化粧品・文具・雑誌などでご紹介します。
主な展示史料:大正期の中山太陽堂製品・プラトン文具(インキ・万年筆、シャープペンシル等)・雑誌(プラトン社発行「女性」「苦楽」等)

今回もまた大いに興味を惹かれた。
zen448-1.jpg

中国大陸に日本が進出していた時代である。
中国でも中山太陽堂の化粧品を広めようと、宣伝活動がされた。
そのポスターが二枚ある。
アーモンド形の目をした、チャイナ服の似合う姑娘が微笑む図柄。
これらを見ていると、2004年の「チャイナ・ドリーム展」を思い出す。

中山太陽堂から出た出版社プラトン社の仕事は「苦楽」「女性」「演劇・映画」誌などである。
関東大震災で関西に逃げてきた現役バリバリの文士たちがこぞってプラトン社で仕事を残している。
里見弴「四葉のクローバー」の装丁は山名文夫だった。この本は大正12年の年末に出ている。「多情仏心」の少し前の本で、東京ではまだ出版事情が悪かった頃。
優美な装丁である。

雑誌「女性」誌は主に山名文夫・山 六郎の二人が表紙を担当したが、これらはフランスのファッション誌からの転用(あるいは引用)だった。大正~戦前はそうしたことがまだ許されていたので、誰も何も言わない。
夢二の「婦人グラフ」表紙絵もそうだったが、こちらもそう。
文化的成熟度の低かった当時の婦人たちにこうした刺激を与える役目を担っていた、そう考えれると一概にこの問題をわるいことだとは、言えない状況にあったのだ。
表紙を見ていくと、岡田三郎助の絵もあり、それはオリジナル作品だったろう。
着物に毛皮の婦人を描いている。

山名と山の二人はプラトン社が解散したあと、山名は資生堂で大活躍し、山は「婦人公論」表紙や編集で名を挙げた。
プラトン社が存続していれば、二人の仕事はまた違った形になっていたろう。
二人は共著「女性のカット」を昭和三年に刊行している。

その場に閲覧用の「女性」が一冊あった。宇野浩二の小説が載っている。読んでみる・・・
どうしようもない男とどうにもならない女の話だった。
他にルポで、中央公会堂を寄贈して完成直前に自殺した「今太閤」岩井栄之助の遺族を訪ねるものがあった。
端々に見受けられるカットはいいのだが、読むものにイライラしたのは、時代の違いのせいか、わたしがそういう話がニガテだからなのか、自分でもわからない。

zen448.jpg


壁面には都新聞などに連載されていた「いそっぷクラブ」が拡大再現されていた。
寓話に教訓と宣伝を織り交ぜたもので、なかなか面白いコントもある。
わたしが気に入ったのは黒猫の話。
自分の黒さがいやな黒猫はせめて斑か三毛になりたいと思い、お嬢さんの化粧台に乗り、クラブ化粧品をじーっと見る。
お嬢さんは黒猫がせめてお化粧をして白く見せたいと思う心を察知する。
ケナゲな黒猫にお嬢さんはその黒さの美をほめ、心根をいつくしむ。
個人的なことを言えば、わたしは白猫より黒猫の方が好ましい。気が合うのも黒猫の方が多い・・・・・。

プラトン社の文具を見る。シャーペンもある。早川電気(シャープ)が出してから何年後のことだったろう。万年筆もある。
これらは全く知らなかった。

知らなかった、と書いたがこの後この感想を書くに当たって調べたところ、わたしは十年前にこの「プラトン文具」を見ていた。
芦屋市立美術博物館「モダニズムを生きる女性」展で見ていた。反省。

毎回楽しい展示を企画してくれて、本当に嬉しい。
今期も興味深く見て回った。5/31まで平日のみ。
次の秋の企画はなんだろう、と今からとても楽しみである。
関連記事
スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア