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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

石村亭(潺湲亭) 谷崎潤一郎の愛した家。

谷崎潤一郎記念館で、かつて谷崎が住まうた家へ行くツアーと言う企画が立てられていた。
友人に教えられ、わたしは彼女らと共に参加した。
谷崎は東京・日本橋の生まれで、生涯に亙り何度も引越しをしている。
関東大震災を契機に関西へ移り住んでからもよく動いたが、下鴨神社のそばの家での暮らしは殊に楽しかったようである。
しかしながら京の冬の寒さに耐えかね、谷崎は暖かな熱海へ移住した。
それでもここの素晴らしさを愛した谷崎は、松子夫人のお友達の伝手をたのんで、日新電機さんにここをそのままで保ってくれるようねがって、移住していった。
日新電機さんは半世紀以上に亙って、ここを大切に保ち続けている。
今では石村亭と呼ばれるこの空間が美しいままなのは、ひとえに日新電機さんのたゆまぬ努力と熱意のおかげである。
非公開のこの邸宅に入ることがかなったのは、記念館のお力である。
日新電機さん、谷崎記念館さん、共に深い感謝を捧ぐ。

谷崎の小説「夢の浮橋」はこの空間なくして成り立たぬ作品である。
小説の随所随所に「五位庵(=潺湲亭)」の美が筆を尽くして表現されている。
ここに住まうていた乙訓糺(おとくに・ただす)青年の一人称小説と言う形を取り、五位庵の美と、継母とのインセストな関係とを綴っている。
継母は生母とよく似ており、その死後に父の後妻となったが、父は幼いわが子に生母と継母の差異を感じさせないように仕向ける。
彼自身は父と酷似しており、後に父の死の間際に、父から継母を託される。そのための結婚も用意されている。彼はそのことに背くことはなく、進んでそこへ向かう。

この関係もまたここでしか成り立たないものである。
それ以外の場と言えば本当に味気なく、そっけなく書かれている。
物語の最後に継母の唐突な死があり、彼はそのためにこの五位庵を去る。
去って彼は妻を離別し、母の面影を濃く宿す弟を里親から取り戻すと、別な地でかつての父(彼は父に酷似している)・継母(異母弟)との生活を始める。里に帰っていた乳母をも呼び戻し。彼は生涯をその楽しい暮らしに埋没させようと決意していることを書いて、筆をおく。

谷崎の母恋ものの中でも殊に美しい作品である。
そしてその美はこの石村亭(潺湲亭)なくしては、決して生まれ得なかったのである。

建物を眺める。
玄関 竹を使ったところがやはり見事。実際足裏の気持ちよさがある。

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扁額 IMGP0079.jpg

廊下も見事である。その天井と工夫のある雨戸と。
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床の間など。
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葵らしい。IMGP0092.jpg

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衣文掛け一つ見ても素敵だ・・・IMGP0084.jpg

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台所へ行く。ここでは井戸がある。
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水屋。IMGP0096.jpg

「台所太平記」を思い出す。

浴室へ。
明り取りもいい。IMGP0098.jpg

深い浴槽。関西では珍しい気がする。
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ここを出て谷崎の仕事場だった離れへ向かう。
廊下から玄関のほうへ眼を向ける。
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松竹梅のモティーフが素晴らしい。
特に可愛いのはこの梅。
ちょっばかりバケラッタ風味。IMGP0153.jpg

扁額。IMGP0144.jpg

置かれていた本など。
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洋間は応接セットがある。
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谷崎はどの椅子に座ったのだろう。IMGP0147.jpg

龍村製のと思われるテーブルクロス。獅子狩文錦♪
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網代の天井IMGP0145.jpg

火鉢いろいろIMGP0146.jpg

仕事場は和室である。そこの欄間が可愛らしい。今はもうこんな細工も少なくなった。
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和の粋。

ここをモティーフにした版画があった。IMGP0157.jpg

茶室を少しばかりのぞく。
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何を見てもどこを見てもときめきが止まらなくなる。
ここにいると小説の世界に溺れてゆく。

明日は庭園だけの写真を挙げます。
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コメント
No title
「夢の浮橋」、読んでませんでしたが、すごいですね。

最近は加藤一雄と、それから笹部新太郎の「桜馬鹿行状記」にハマっていましたが、
菅楯彦に興味を持ち、検索するとこのブログが出てきますね(^ ^)v

菅さんは浪速にどっぷり浸かった人らしかったですが、四天王寺で舞楽をやっていた
ということを知ってビックリしました。

浄土真宗とも不思議な縁をもち、母方祖父は浪速の商人、知らなかったのですが、
菅さんの絵とも間接的に縁があり、ほんとうにビックリしてばかりいます。
ちなみに私の亡母は叔母たちから「おきねえちゃん」と呼ばれていて、
谷崎の細雪を読んではじめて意味を知りました。

すばらしいブログ、ありがとうございます。
2012/05/30(水) 03:46 | URL | とんぼ #mQop/nM.[ 編集]
☆とんぼさん こんにちは

> 菅さんは浪速にどっぷり浸かった人らしかったですが、四天王寺で舞楽をやっていた
> ということを知ってビックリしました。

菅さんの舞楽については色々と面白いお話もあります。何よりそれを素材にした作品が素晴らしいです。
弟子の生田花朝女も可愛らしい子どもの舞楽の絵を描いてます。
ご縁があるとはけっこうなことですね♪

母の従姉妹たちの一番年上の方がやはり「おっきねえ」と呼ばれてました。
「細雪」は市内(船場)の住人の暮らしぶりがナマナマしいなとよく思いますが、北摂のわたしらの辺りも似通ったところがあり、「Bが足らへんBが足らへん~」は特にリアルでしたww
2012/05/30(水) 09:42 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
No title
こちらを拝見していなかったので、新しい記事から
飛んでこれて幸いでした。 ありがとうございます。

義母が八人姉妹の末っ子で、まぁ上から下まで
それはそれは雪のように白く玉のように美しくて
(昔の写真でですけど・笑)
リアル細雪の世界を垣間見たように思ったものです。

バケラッタ風味の梅文様を「笑い梅」と呼ぶことを知った時、
私たちのご先祖様のセンスに喝采をあげました!
2012/10/30(火) 17:59 | URL | 山桜 #-[ 編集]
☆山桜さん こんにちは

おお~~優美な。
こないだ物語の四人姉妹は「細雪」か「若草物語」だが、
実際の四姉妹は「シシマイ」やと笑わせたところでしたが、
そうしたすっきり綺麗な方がおられた、というのはええですね。

> バケラッタ風味の梅文様を「笑い梅」と呼ぶことを知った時、
> 私たちのご先祖様のセンスに喝采をあげました!

あっそれは初めて知りました!なるほど!いいことを教わりました、ありがとうございます。
2012/10/31(水) 09:15 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
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