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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

近代の京焼と京都ゆかりの絵画

泉屋分館に「近代の京焼と京都ゆかりの絵画」展を見に行く。
「受け継がれるみやこの美」という副題がいかにもいかにも。

柳橋柴舟図屏風 17世紀。なんとも素敵な、しかもシュールな。
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柳は芽を吹いている。風に揺らぐ柳。そしてモコモコな柴舟が川を行く。青緑と茶紫の柴の塊。船頭の姿はない。しかし舵はあり舟は揺らぐ。この色は京焼のそれと同じ。
左は水禽が現れる。やはりここにも柴舟は行く。詰まれたモコモコ柴たちの意思で舟が行く。どこまで行くのだろうか。蛇の目籠が水際に浮かぶ。ヒトのいない世界は静か。
秋冬の水もやさしく、柴舟は行く。

唐児遊図屏風 18世紀。可愛いのなんのって全く「食べてしまいたいほど」な唐子たち。
子どもはいないが鬼子母神になって、このちびっこたちを齧ってみたいくらいだ。
ふくよかな二頭身の唐子たちが縦横無尽に遊んでいる。
一応書画に勤しむ、というようなのもいないでもないが、やっぱりそんなカシコい子どもより、ふざけまわるほうが可愛い。
じゃれあったり、転げまわったり、蝶々を捕まえようとしたり、花車を引いたりして遊ぶ子らもあれば、それを見て喜ぶ子らもいる。
花車を引く子のうち、蒙古帽をかぶった子もいたり、なかなかファッションも凝っている。白梅紅梅も咲いていたが、そこからだんだん花ショウブの時期に来て、左隻の始まりでは鮎取りに夢中な子もいる。おしりが可愛い。水遊びも舟に乗ったりという大掛かりなものになり、岸辺にこぎつけるのも子ども。
わんこもいれば、あっかんべーなのもいる。お習字をする子もいれば、葉っぱに字を書いて穴を開けてお面にして、小さい子に「お化けだぞ~」もいる。
可愛くて可愛くてならない。永遠に時間をとめていたい、だから唐子遊図屏風。
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仁清の作品が並ぶが、面白いことにそのトイメンには、仁清写しのやきものが配置されている。こういう配列も楽しい。

白鶴香合は本歌も写しの永楽正全のも共に可愛い。ちょっとずつ白鳥の顔が違うのもいい。

他に仁清の唐物写19種茶入が出ていた。久しぶりに見る。そのうち茄子、文琳、南瓜(阿古陀)、大海が特に好ましい。
大海だけ蓋に蝶番が付いている。可愛い。一点一点で見るより、こうして形の違うたくさんの茶入が集まってるほうが、可愛くて楽しい。

木島桜谷の燕子花図屏風が最奥壁いっぱいに開いていた。
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これは非常に清冽な屏風だった。金屏に紺の花と緑の剣のような葉と。
それだけの構成だということが非常にモダン。
つい先月、根津美術館で光琳の燕子花図を見たときに感じた叙情性はここにはなく、パーッと心が明るくなるような、そんな清冽さがある。
木島桜谷はこの泉屋や京都市美術館などにいい絵があるが、これだけモダンな作品は初めて見た。
没骨というより線を存在させない空間。

近代の陶工の作品を見る。
名前の伝わる作品には、それぞれの個性がある。たとえ写しものであっても。

宮川香山の作品も少なくはない。
常々乾山写しの鉢や皿がほしいほしいと思っているが、実際に住友春翠さんも「いいなあ~」と思っていたのだろう、乾山写しの百合形向付がある。
本歌よりちょっと大きめで、おかずがけっこう入りそうである。釉薬の色別れもそれぞれ違っている。
忠実な写しではなく、雰囲気が似ている、という掴み方がいい。
そこにさらにその当時の現代性も活きていて、いい感じ。

芥子画鉢もいい。内外に白い芥子が咲いている。
可愛いのは、色絵金彩犬張子香合。小さくて可愛い犬張子。
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この宮川香山(眞葛香山)は、十年ほど前に裏千家の茶道資料館で回顧展があり、そのときに大いに感銘を受けている。

五代目清水六兵衛の作品も色々ある。湯木美術館にある仁清の写しも面白いが、草花絵替蓋物向付が特にいい。
紅椿、紅梅、白梅、木蓮、菊、山百合などが蓋と一体化して咲き誇っている。

特に独立して陳列されているのが伊東陶山。住友家との関係が深いらしい。
明治後期の作品が色々並んでいて、非常に装飾性が高い。京焼というよりそこから影響を受けた薩摩焼の絵柄のような細かさがある。

京焼も時代に即したものを取り入れてゆく。
その辺りを見ていると、先人らの努力というものをひしひしと感じる。洋皿風なものもあり、オリエンタルな絵柄もある。
イッチン描き(法花)風なのも面白い。
釉薬も綺麗に出ているが、やはりわたしは古いものは古いほうが好ましく、新しいものは新しい技法で生まれてくれば、と思いもする。

特別展示として板谷波山の葆光彩磁珍果文花瓶とその文様の展開図などが出ていた。
資料のほうは出光美術館の「大作花瓶類図集」から。葡萄、桃、枇杷などの果物が薄いヴェールの向こうに息づいている。
そんな様相を呈した花瓶。

2室へ行く。
絵を見る。
田能村直入 松閣高隠 大きな絵。お客さんが訪ねてくる。山の中にも人間関係は続く。

中村竹洞 赤壁図 これは非常に面白かった。対照の妙を味わう。
水面に浮かぶ舟や人は文人画風な筆致で描かれている。
舟や月はしっとりしているが、それに反して、幾何学的な岩や木がある。
その形は文様的な面白ささえ醸し出している。
そしてその二つの差異が意外なくらいマッチしているのだった。
木や岩も、そして舟に乗る人もまた「こちら側」にとっては共に「見るもの」である。
しかし絵の中の人物にとっては、木も岩も「見るもの」である。
だからこそ、筆致が違うのが楽しいのだった。

永楽保全の交趾写巾筒が可愛い。派手で可愛い。鳥の周囲に花があふれている。色もいい。

多くの陶工らが拵えた小さい茶碗が集まっているのを見るのも楽しい。実際に使ったのかどうかは知らないが、こういうものはやはり並べたくなる。

京の食文化と中国吉祥画題、というくくりの中に集められた絵を見る。

呉春 蔬菜図巻 呉春と言えば京の絵師、というより私のような北摂の者からすれば、池田の絵師という感覚がある。むろん京での活躍の方が多いことはわかっているが。
その呉春の蔬菜図を見るのは楽しい。
淡彩で野菜の数々を実においしそうに描いている。
呉春は関西弁で言う「イヤシ」だったようで、だからこそこんなにもおいしそうに描いたに違いない。
文字の流れは逆だが、ちょっと野菜の名前を列挙してみる。文字面から呉春の描いた蔬菜を想像してほしい。
シソ、ズイキ、タケノコ、キュウリ、ササゲ、白瓜、賀茂ナス、ナス、トウガラシ、葉生姜、エンドウ、ナタマメ、南瓜、里芋、大豆、茗荷、コウタケ、シイタケ、シメジ、ヒラタケ、大根、ユリネ、ミズナ、チョロギ、カブ、ニンジン、フキノトウ、ウド、クワイ。
ああ、ヨダレが湧いてくる・・・

浦上春琴の蔬果虫魚帖は三頁目が出ていた。仏手柑と葡萄の絵。なんだかつつましい。

椿椿山の三幅対。玉堂富貴・遊蝶・藻魚図。左右の蝶や魚もいい。鮎まみれの水中、ひらひら舞う蝶。そして真ん中は牡丹だけでなく、その花籠から藤や木蓮がこぼれている。

春花図 原在中・在明 大きい絵、華やか、冷泉為泰の賛も楽しい。これは受注制作品。まことにめでたい。

近代の京焼にみる中国古器学習
青銅器から採り入れたデザインや文様などをやきもので表現している。

葱翠磁彫刻転枝豆文花瓶 大正時代の三浦竹泉の作。葱翠色がとても綺麗。枝豆がふっくらして可愛い。

ハマ焼の本家というか元祖の宮川香山の特集がここに現れる。いずれも初代の作品。神奈川歴史博物館でみたハマ焼を思い出す。先の眞葛焼といいハマ焼といい、長く埋もれていたが、近年になり評価が高まっているのはいいことだ。

三代清風与平の特集もある。
いずれも綺麗な肌の色を見せる。青灰色のもの、練乳のような白、そしてバイキングの船に描かれるような目つきの饕餮君もいる。妙に可愛い。寝てる顔と目をむいている顔と。

最後に20世紀初頭の面白い絵が出た。
村田香友 青緑西園雅集図 中国の文人らが機嫌よく集まる図。華やかなガーデンパーティ図。この絵をして、住友家の須磨や天王寺のそのにぎわいに匹敵するものだと言うたそうだ。

かなり楽しく眺めた。やっぱりみやこの雅な楽しみはいい。6/17まで。 


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