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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

アンリ・ル・シダネル 

アンリ・ル・シダネルの展覧会を待っていた。
以前からその、静寂で、しかし穏和な世界に惹かれていたが、今回までその機会に恵まれなかった。何故かはわからない。
ル・シダネルの回顧展はこれが日本初なのだった。

メルシャン軽井沢美術館がその閉館の際に「アンリ・ル・シダネル」展を開催した。
わたしは美術館の入り口にまで来たが、時間がなく、見ることはなかった。
巡回があるからここではあきらめるしかなかった。
この記憶はたぶんずっと後にも続く。
ル・シダネル展とメルシャン軽井沢の閉館と夕暮れと。
わびしさと共に不思議な懐かしさがこれからもわたしの中で生きるのだ。

ル・シダネル展は埼玉近代美術館、えき美術館でも見る機会があったが、損保ジャパンまで待った。
この美術館は新宿の超高層ビルの上にある。
公園の中の埼玉近美でも環境はよかったが、この下界から少し離れた場でル・シダネルの世界を堪能する、その喜びを味わいたかった。
なんという贅沢な選択だろうか。

この展覧会は数カ所を巡回したが、手元にあるチラシを見ると、それぞれの個性があることに気づく。
(4カ所の副題がそれぞれ違うのが面白い)
「薔薇と光のフランス人画家アンリ・ル・シダネル 小さな幸せ」メルシャン軽井沢美術館
「薔薇と月夜を愛した画家アンリ・ル・シダネル」埼玉県立近代美術館
「薔薇と静寂な風景アンリ・ル・シダネル」えき美術館
「薔薇と光の画家アンリ・ル・シダネル フランス ジェルブロワの風」損保ジャパン

いずれにせよ「薔薇」はル・シダネルの世界から消えることはない。

最初に若い頃の肖像画が出た。
写実な絵だった。北川健次の写真を思い出す。
これは鉛筆で描かれているのだった。

2.エタプル
北フランスの漁村。

サン=ミッシェル教会 エタプルの青空の下で。
農家の庭 ミレー風な情景。
孤児たちの散策 大きい少女たちもいる。海岸の丘。わびしいような眺めだが、それでも荒涼感はない。
帰りくる羊の群 羊飼いの少女と、少年の親しい空気。

3.人物像 
主にブリュージュにいた時代に。

月明かりのなかの輪舞 象徴主義的な一枚。若い女たちの静かな輪舞。同じく若い女たちの輪舞を描いたものといえば青木繁のそれを思い出すが、あの激しさとは全く異なる。
青灰色の静かな世界は音すら存在しない。しかし厳しさのない、やさしい空間ではある。
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朝(モントルイユ=ベレー) 花嫁のヴェールをかぶった女性が両手を結んでボートに座している。対岸の木々には優しい光が射しかけている。これから幸せの旅に出るのだろうか。
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家族それぞれの肖像画がある。
妻カミーユの1904年の肖像、同じく1907年のヴェネツィアでのそれ、息子ルイ1900年の肖像、孫イヴォンヌの1930年の肖像がある。
油彩画と鉛筆画の違い、30年近い歳月の流れ、そうした差異はあってもいずれもやさしい愛情が画面に生きている。

座る女性 ミルクブラウンの女性。この色を見るといつもカリエールを想う。

4.オワーズ県の小さな町々
派手さのない、静かな佇まい。

月明かりのなかの教会(ビュイクール) 夜の静けさが好ましい・・・荘厳な神の家という趣はなく、その小さな町の人々の愛する、小さなよりどころ。

1904年に「運河(ムイ)」と題された2枚の作品が生まれている。
板絵のそれもカンヴァスに描かれたものも、どちらも共に静か。特に後者は「死都ブリュージュ」を思い起こさせる。それは灯りのせいかもしれない。
同じく「運河」であってもアミアンのそれは、ぼんやりして形をはっきりとさせない。
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夕日の当たる大聖堂(ボーヴェ) バラの家はもう薄暗い。欧州の田舎の夕暮れはきっとほかの地よりも早いのだろう、季節にかかわらず。
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5.取材旅行
旅をして光の表現を深くする。

コンコルド広場 1909年のパリ。夜、にぎやかな通りはずっと向こうに見える。そのにぎやかな中に入らず、それをにじませるように描き、遠くに眺める画家。

月明かり(ベルヌーヴァル) オスカー・ワイルド幽閉の地、だと説明があった。ああそうなのか。ワイルドはあの事件の後、とうとう表に戻ることはなかったのだ。
19世紀末の主役の一人、そして被害者の一人。

噴水(パリ) 1905年の噴水。与謝野晶子もこの噴水を描いていたように思う。噴水の水は今も変わらずあふれているのだろうか。にぎやかな時間帯なのに、どこか和やかに静か。

曇り空の夕暮れ(リジウー) モネの世界に似ている。はっきりとした夜はまだ遠く、しかし明るい昼間も既に過ぎている。色の混ざり合う空気、それが描かれている。

月明かりのテラス(ヴィユフランシュ) 青緑の、サファイアの、綺麗な画面。月明かりは決して白くはないのだ。

欄干(ヴィユフランシュ) 面白い構造。塀の上に欄干がある。

窓辺(モントルイユ=ベレー) 点描風な風景。世界の色は決して一色ではなくさまざまな色の集合体で形作られている。

サン・マルコ広場(ヴェネツィア) さすがに静かな風景を描くル・シダネルと雖もヴェネツィアの賑わいを消すことはできなかったのだ。そのことを少しばかり面白く思う。

広場(ブリュッセル) 夜の帳が降りた街。中庭を持つであろう建物が隙間なくみっしりと立ち並ぶ。
何組か歩く人がある。シルエットだけの姿。奥の光と手前の影と。
これは小林清親の絵にもある構図。
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6.ブルターニュ地方
青緑の美、サファイア、薄碧が多く使われている。

月下の川沿いの家(カンペルレ) 白い壁が浮かぶ。青灰色の夜。家の灯りは優しい金色だが、人の気配はない。

朝日の当たる道沿いの川(ブルターニュ) 細い並木が立ち並ぶ。柔らかな日がある。モネの細い並木とつながる道。
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この絵は原題を“Le Ruisseau au soleil levant,Bretagne”というのだが、別な美術館では「夕日」と紹介されていた。フランスのこの地方の日差しについてはわたしにはわからない。
朝日にも見えるし、夕日だといわれればそんな気にもなる。

月明かりの中の家々(ランデルノー) 明るく温暖な色調。水もまた柔らかい。
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7.ジェルブロワ
ここが「フランスで最も美しい村」になったのは、ル・シダネルの提案からだったそうだ。
薔薇に包まれた中世の面影を残すこの村は、ル・シダネルと村人たちの努力で活きたのだ。
1901年に移住し、1909年には「ジェルブロワ友の会会長」になり、1913年には「薔薇の会」の会長にも選ばれたのだ。家の前に立つ写真はカラーだった。これは手彩色ではなく何かしら工夫しているのか。

雪(ジェルブロワ) 椅子がぽつんぽつんと置かれる風景。
閉じられた鎧戸(ジェルブロワ) しかし灯りがぽつりぽつりと洩れている。
階段(ジェルブロワ) 1907年。静かな階段。庭に四段ほどの。モノクロに似た静けさ。
階段(ジェルブロワ) 1902年。雪の夜に。

離れ屋(ジェルブロワ) zen530.jpg
最初にこの絵を見たのは「えき」美術館でのひろしま美術館の名品展でだったと思う。一目見て「大原美術館で見た無人のテーブルの人だ」と思った。
名を失念していた。絵葉書を買い、帰宅して大原のそれと並べてみる。随分前に買った大原の絵葉書は少しばかり色褪せていたが、やはり美しかった。
このル・シダネルの自邸の離れを描いた作品は、大きかった。
建屋の周囲に咲くピンクの花は夜目にも柔らかく、その花が薔薇だと気づいたとき、甘い香りが鼻先をかすめていったように思った。

月明かりの庭 薔薇にあふれた庭園の中心に女性の胸像のついたモニュメントが立つ。柔らかな芝生と薔薇と。アーチをくぐってここへ来る。月明かりに照らされた像は顔立ちも判然とはしないが、楽しそうに思われた。

時間の推移を感じさせる二枚の絵がある。
「教会下の家、黄昏」と同じく「月明かり」である。先の絵は1934年、後のは1933年だった。月明かりの下ではそこは緑灰色で覆われていた。

8.食卓
人のいない、食卓。椅子にはきっと誰かの体温が残ったまま・・・

テーブルと家 zen529-3.jpg
遊びに行きたい・・・

薔薇色のテーブルクロスzen529.jpg
黄色い薔薇とテーブルクロスの愛らしさに惹かれる。

夕暮れの小卓(ヌムール) この絵を大原美術館で見たのだった。'80年代半ばから後半のある日に。
そして長くこの一枚しか知らなかったのだ。
だが、それでも満足していた。ル・シダネルに関心がないからではなく、この一枚の絵で幸せだったからだ。
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室内(ジェルブロワ) 絵と見るものの距離感がない作品。花瓶の赤い花は印象的だが、そんなにも存在感が強いわけではない。つつましく静かな夕食の折に、飾られた花。
窓の向こうは青と緑の薄闇が広がっている。
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自分もこの一室へ入れそうな気がする。

青いテーブル(ジェルブロワ) 背後の白い建物には可愛らしくバラが植えられている。
明るい昼間の1シーンのような。zen528-3.jpg


9.ヴェルサイユ
ヴェルサイユのばら、はここにもあった。

先般西洋美術館で見たロベールの愛したヴェルサイユの庭。そこかしこに見受けられる彫刻。150年後にル・シダネルはそれを優しい筆致で描き、80数年後の今、わたしたちはその喜びを味わう。

ランビネ美術館(ヴェルサイユ) 暖色系のやさしい絵は最晩年のもの。
和やかな気持ちになる、優しい絵。
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薔薇の花に覆われた家(ヴェルサイユ) 自分が実際に行くよりも、この絵の方が多分、本当に見たい風景のような気がする。
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月夜(ヴェルサイユ) 噴水の上に、ずっと上に、雲の切れ間に光る円い月。
月夜を執拗に描いた高島野十郎にも似た絵がある。
しかしル・シダネルの月夜には決して狂気も不吉さもない。
静かな温和な夜、それを照らす月。
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閉じられた鎧戸(ヴェルサイユ) 最後に現れたこの絵を見たとき、昨秋のメルシャン軽井沢美術館の様子を思い出した。もうこの展覧会で終わってしまう美術館。
閉ざされた建物が帰り際のわたしの眼に映った。
そしてその日わたしは同じ軽井沢のタリアセンにも出向いたが、夕暮れが深まっていたその時間、建物を見に行ったわたしを待つ妹と小さな甥っ子が、池の向こうにいるのが見えた。侘しさと懐かしさが不意に胸を噛んだ。
・・・・・そのときの心持が、この絵を見たときに、蘇ってきた。
7/1まで。
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コメント
とてもよかったですね
いつもとても楽しく読ませて頂いています。
私も大原であの絵はがきを買って、ずっと大事にしまっていたのです!1988年の春でした。もしかして憧れの遊行さんと同じ版のはがきを持っているのかな?と、どきどきしました。こんなこともあるんですね。
以前ここで見たセガンティーニの絵には、生い立ちが影響しているのか、厳しいまでの孤独の影が見えて仕方なかった私ですが、シダネルには、そんな孤独を癒す大切なものを手に入れた安らぎが表れているように見えました。それだからでしょうか、彼の絵を見ていると、親密な誰かに抱きしめてもらっているように、胸がキュンとします。
2012/06/27(水) 23:45 | URL | みけ #-[ 編集]
ほんとに素敵でした!
☆みけさん こんにちは

ありがとうございます。

> 私も大原であの絵はがきを買って、ずっと大事にしまっていたのです!1988年の春でした。

もしかすると全く同じ版かもしれません!わたしは'87年3月と'88年1月に大原でたくさん絵葉書を購入したのです。あのときの嬉しさは今も残ってます。
基本的に絵葉書は分類してファイリングしてるので、今もそのやさしい情景を手元においてあるのでした。


セガンティーニはアルプスの昼間は明るさも熱気もありますが、おっしゃるとおりの厳しい孤独の影が濃いですね。かれの象徴主義的な作品はみなそうした傾向がとても強いなと思います。
しかしル・シダネルのこの暖かさは本当に得がたいですね。
厳しい冬の後には暖かな春がある、そんな風にヨーロッパの方は彼の絵からぬくもりを感じ取ってるのかも、と思ったりしました。
2012/06/28(木) 12:41 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
お返事ありがとうございます
あ、なるほど!
そうかも知れませんね、ヨーロッパの人たちは。そこまで思いを巡らせられる
なんて、さすが遊行さん。
それぞれの人に、その人なりの物語をくれる絵たちですよね。

遊行さんの軽井沢での思い出を読ませて頂いて、その時間と空間を想像しました。そこに重なるのに、ル・シダネルの世界はなんて似つかわしいんでしょうね。しかも、20年以上前の出会いからの時間の流れ。。

素敵なレビューを、どうもありがとうございました。
2012/06/29(金) 00:05 | URL | みけ #-[ 編集]
No title
いつも私が行きたい場所、見たい絵を紹介してくれてありがとう。
今回は特に心にしみました。
こんな世界が大好きだったのに、毎日封印してせいかつしているのだと
しみじみしてしまいました。
現実の生活は重いです。忙しすぎます・・・。あれこれ起こりすぎです。
絵の前に佇む時間が欲しいです・・・。
2012/06/29(金) 05:40 | URL | 寧夢 #SiaNZQo6[ 編集]
こちらこそどうも
☆みけさん こんにちは
ル・シダネルの世界観はとてもやさしく、気持ちのよいもののように感じますよね。
生活者としての彼がどんなヒトだったかは知りませんが、
住んだ町を「フランスで一番綺麗な町」にしようと提案し、やがてその通りにした。
そのことを思うと、彼の作品の心地よさ・居心地のよさも納得できますね。

今の日本ではそうした場所はなかなか見つかりませんが、絵画の世界ではまだこうして活きている。
そこへ入り込めた喜びを味わえて、嬉しいですねえ。
2012/06/29(金) 12:48 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
心の旅
☆寧夢さん こんにちは
ファンタジーの世界を描いているわけでもないのに、なんという幻想的な美しさだろうと思いました。
この美しい世界は彼が実際に見たものを丸写ししたわけではなく、彼の望んだ世界をそこに融合させた、そしていつしか絵のほうが現実に追いついていった・・・
そんな風に考えています。

実社会で時々暴れてるわたしが言うのもなんですが、望み続ければやはりその世界は自分のうちに活きるものだ、と実感してます。
2012/06/29(金) 12:57 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
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