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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

久米邦武と能楽

「久米邦武と能楽」展の開催を知ったのは、日比谷図書文化館で「名取洋之助」展を見たからだった。
そこのリーフレットにこの宣伝が載っていた。
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久米美術館には数年に一度出かけるが、普段はあまり情報もないのでついついスルーしてしまう。
しかしこの企画はかなり私好みなので、早速出かけた。

「岩倉具視の能楽再興を支えた人物」という副題がある。
明治になり能狂言の諸流派がブラックアウト状態になった。そのために廃絶した流派もあるほどだ。
しかし六百年もの伝統があるものをそのまま廃れさせてはならない。
明治初期に岩倉使節団が各国でオペラやコンサートの饗応を受けた。
これが基になり、わが国でオペラに当たるものは、と「能」の保護が始まったそうだ。
そして明治13年、それまで「猿楽」と呼ばれていた能が、九条道孝の発案で「能楽」と改称された。

岩倉が「能楽」再興に邁進したときのブレーンが、使節団の随員で岩倉に近かった久米邦武だった。
久米は能の愛好者ということで、いろいろと尽力した。
彼自身にそうした基盤があったことが能狂言界に幸いした、と思う。
やはり久留米藩の上級武士の子だということが、その眼と心を養う力になったのだ。

当時、英照皇太后が能の造詣が深く、明治14年には芝公園に作られた紅葉館の能舞台に行啓されたが、それもまた皇太后の下賜金と華族や実業家らの協力で始まったものだった。
まず能舞台がなくてはどうにもならない。面と衣装と小道具も欠けてはならない。
そして、初日は皇太后の行啓があり、二日目は華族と関係者らの観賞があり、三日目からは一般公開されたそうだ。
そのときの様子を周延が得意の赤色を使って、錦絵にしている。
zen533.jpg

展覧会ではそのあたりの資料がたくさん出ていた。
こういう企画は地味ながらとても楽しめる。
わたしはもらったリーフレットを手にしながら、喜んで眺めた。
またそのリーフレットがなかなかいいもので、これも嬉しい。

梅若実日記がある。字は読めないが、「これがそうか」という感慨がある。
苦難の中で生き抜いた能役者のナマナマしい日記なのである。
そして同時期の能狂言に携わる人々の悲しい「転身」の資料がある。
能狂言界で生きていられないために、生活するために、仕事を求めたのである。
周旋屋(不動産業者)、電気工事人、車夫、銀行員・・・芸が荒れることを、芸が廃れることを思って胸が痛くなる。
この明治維新後の危機の後に来た危機は、戦中戦後のそれだが、そのときは武智財閥の御曹司である武智鉄二と、鴻池財閥の次男・鴻池幸武らが協力して、なんとか伝統芸能を守ろうと私財をなげうっている。

特に武智鉄二は「断弦会」を主催し、多くの能狂言関係者や文楽の人々を庇護した。
戦後武智財閥が崩壊したのはそれでしょう、と盟友・八世坂東三津五郎にからかわれて、苦笑し負け惜しみを言う武智の姿がある。(武智・三津五郎共著「芸十夜」など)

能狂言は確かにアンシャンレジームの夢の欠片のようなものだったかもしれない。
しかしそれを滅ぼすことは、文化の放擲・破壊になる。 
同じことは現代の文楽にも言える。
文化を解さない権力者のためにそれを消失させては、後世までの悔いになる。
なんとしても守らねばならぬものがある。

さて展示品のうち、久米家に伝わる小鼓とその箱や扇を見る。
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箱も綺麗な秋草文様で飾られている。
久米家には仮設ながら能舞台もあり、その前に一族らが集まる写真も出ていた。
久米邦武の息子で画家の桂一郎はやはり能楽愛好者だったそうで、フランス留学中にも手元に数点能面を日本から取り寄せて置いていたという。
展覧会のリーフレットには、桂一郎の師ラファエル・コラン旧蔵の能面についてのコラムがある。
また桂一郎のお能の先生は川崎九淵だったそうだ。

雑誌「能楽」が並んでいた。表紙もなかなか凝っている。
「能楽」の「楽」の字が糸の「樂」ではなく、鼓の形をしているのが面白い。
こうした昔の雑誌の表紙絵を見るだけでも楽しめる。
zen535.jpg

期待以上に面白い展覧会だった。7/22まで。

最後に、おまけをつけておく。
「久米邦武と能楽」展では色々と面白い資料を見た。
そのうちの一つ「大正3年美術新報美術家道楽一覧」が面白いの何の。
これは興味のないヒトはスルーしてください。
わたしは覚書にここにメモります。

・ 久米桂一郎  謡曲 ・ 右田年英 義太夫
・ 寺崎廣業  義太夫 ・ 鳥居清忠 芝居
・ 香取秀真  和歌 ・ 武内桂舟 木目込み人形・木登り(大酒後しばしば)
・ 和田英作 将棋 ・ 川合玉堂 聞く義太夫
・ 鰭崎英朋 将棋 ・ 山村耕花 製陶・玩具コレクション
・ 岡田三郎助 玉突き ・ 杉浦非水 活人画・酒・浄瑠璃
・ 竹内栖鳳 謡曲(観世) ・ 上村松園 小鳥飼い
・ 中村不折 法帖 ・ 池田蕉園 猫好き(清方夫人の出産祝いに駆けつけた際「赤ん坊より猫のほうが可愛いでせう」
・ 小堀鞆音 催馬楽 ・ 富本憲吉 マンドリン
・ 津田信夫 煎茶 ・ 尾竹竹坡 酒
・ 鏑木清方 観劇 ・ 尾竹国観 酒
・ 朝倉文夫 観劇 ・ 渡辺省亭 河東節
・ 岡田信一郎 観劇 ・ 谷崎香嶠 骨董品
・ 石井柏亭 読書 ・ 高島北海 碁
・ 山元春挙 酒・着物 ・ 白滝幾之助 義太夫
・ 都路華香 禅 ・ 木下杢太郎 絵・詩・シナリオ
・ 下村観山 酒・ゴンベの種まき ・ 南薫造 マンドリン・茶の湯
・ 横山大観 酒 ・ 小杉未醒 相撲・つり・野球
・ 田辺至 マンドリン ・ 橋本邦助 家相
・ 有島生馬 古武器コレクション ・ 板谷波山 尺八
・ 平福百穂 漫旅・散策 ・          今尾景年  造庭・浪花節を聞く

想像すると面白くて仕方ない。
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コメント
No title
「能楽」が明治以降の呼称とは知りませんでした。
鏡花の小説でも、縁者の関係もあってか、酷い境遇に苦しめられている
能楽師たちがたびたびでてきますね。

「雅楽」も明治以降の呼び名で、その対象となるものはもともとの
狭義の支那語と合致しておらず、それまでは「楽」と呼ばれていたようです。
明治になって大変な危機を迎えました。大規模な統合・廃止、整理・改変
もそうですし、待遇改善を訴えて、明治中期には宮内省の楽師が一人を除いて
全員辞表提出というような騒ぎもあったようです。

昭和の敗戦のインパクトは凄まじかったようですが、
明治という時代も、大変な世界だったようです。
2012/06/29(金) 15:01 | URL | とんぼ #uaIRrcRw[ 編集]
☆とんぼさん こんばんは

> 鏡花の小説でも、縁者の関係もあってか、酷い境遇に苦しめられている
> 能楽師たちがたびたびでてきますね。

鏡花は可哀想なヒトビトを実感させる力がある、といつも思います。
それでいて非常に美しい・・・

> 「雅楽」も明治以降の呼び名で、
> 全員辞表提出というような騒ぎもあったようです。

やはりそうでしたか。何かで読みました。
体制が変わるとき、真っ先に文化が壊されますからねえ・・・
口惜しくて仕方ないですが、それでも復興できているのが嬉しい。


現在では教養・文化と無縁なヤカラが権力を握って、日本の美しい伝統芸能を壊そうとしてますから、非常な憤りを覚えています。
2012/06/30(土) 00:01 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
No title
>鏡花は可哀想なヒトビトを実感させる力がある、といつも思います。
月並み、冗長、陳腐を超える何かを持った人でしたね。
三島が絶賛した「神秘の世界に素手で分け入った」のとは別の顔、ほんとうに
苦境を乗り越えて来た苦労人の顔がよくでた最後の作品、
薄紅梅と縷紅新草を読んだときは、ほんとうに涙がとまりませんでした。
また鏡花のような人が、時局が煮詰まり日本が敗戦を迎えることを
知らずに亡くなったことは、よかった、と心から思います
(夫人は大変だったでしょう)。

>現在では教養・文化と無縁なヤカラが権力を握って
鵜殿の淀川河川敷の架橋計画が再開することになりました...
2012/06/30(土) 03:33 | URL | とんぼ #uaIRrcRw[ 編集]
 のんびり見ていただけですが 火鉢であたためている?姿を 覚えています。
 また 鼓をうっていた というおばあさんに 姑が入院していた病院で 
 とてもかわいがってもらい 人生の何たるかを 教えられました。
 買い物を頼むときの姿勢 旅行とは 等々 なくなった今 
 もっと月謝を払ってもよかったなと 思います。
2012/07/01(日) 04:10 | URL | 小紋 #-[ 編集]
☆とんぼさん こんばんは
鏡花の幻想的な作品にかなり好きなものが多いのですが、
一方でしみじみしたものを感じさせる作品もとても好きです。
晩年の作品にはそのしみじみした味わい、それ自体が珠の欠片となって、
作中全般に鏤められていたように思います。

鏡花を囲む九九九会のヒトビトのうち、鏡花を含む数人が近しく世を去っていった、
そのことにも深い所縁を感じます。
2012/07/03(火) 00:04 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
謡曲
☆小紋さん こんばんは
うちは母が若い頃に謡曲の稽古をしていたそうです。
でも「旅の衣は鈴懸けの~」で終わってしまったそうです・・・

わたしは謡曲を聴いたりその文章を眺めたり、また能装束・能面などを見るのは大好きなのですが、実際のお能を見るのができない人なんです。
現物を見て楽しめるのは歌舞伎と文楽ばかりです。

しかしそんな凛としていてこまごまと色んなことを教えてくださる方とは貴重な出会いでしたね。
わたしも多くの方々に日々色んなことを教わりながら生きています。
ありがたいことです。
2012/07/03(火) 00:27 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
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