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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

日本油彩画200年 西欧への挑戦

静岡県立美術館へ行った。
「日本油彩画200年 西欧への挑戦」という展覧会である。
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その日、わたしは新幹線内で、たまたま小出楢重の随筆「油絵新技法」を読んでいた。
小出は主に1920年代に活躍した洋画家である。
ひとり絵を描くだけでなく、信濃橋洋画研究所で多くの人々に洋画を指導していた。
彼の「油絵新技法」は洋画のテクニックについて語ったものではなく、洋画を描こうとするものたちの心構えや、描く前にどのような心の準備をすべきかを説いたものである。
文の達者な人だから、ところどころに笑ってしまう形容も多いが、しかしわたしのように「絵を描くことの全くないもの」にとっても、納得のゆく・胸を衝かれる内容なのだ。
特に多くの様々な勉強をすべきである、ということについては深く頷ける。
心の下準備と言うものは何をするにせよ、不可欠である。
小出の説く言葉を思いながら、展覧会を見た。

明治初期にチャールズ・ワーグマンが来てそこで東海道の風景を描いていたことは、非常に重要な意味合いを持つように思われる。
東海道こそが江戸時代の大動脈だからである。
浮世絵に数多く描かれたと同じ風景を油彩で描く。
技法は当然ながら全く違う。しかし描かれた対象は同じものである。
そのことが日本人の心に与えた感慨について、想像する。
「自分も油絵で描けるのではないか」
そう思ったものたちは決して少なくはないはずである。

とはいえ実際には、浅井忠、黒田清輝のフランス留学から先が、「本格的な洋画の始まり」と考えるべきなのだろう。
それ以前の油彩画はとにかく日本でも「油絵で描こう」という意識が強かったから、題材も色々と不思議なものが多い。
歴史のブームということも背景にあって、歴史画の需要も多く、「油絵師」たちは懸命に横長の画面に、油彩画で日本画の範疇にあるものを描いていったのだ。

今回の展示の多くはこの静岡県立美術館の所蔵品と、東京の府中市美術館のものが多い。
所蔵品を見せるための企画展、という側面だけでなく、この企画が成り立ったのはやはり静岡が「富士山」を拝むことのできる地である、という事情が活きているように思う。
明治初期の「洋画家たち」、もっと言えば「油絵師」たちは競って東海道を、富士を描いた。
その時代の作品を「静岡県立美術館」がせっせと収集したのは当然なことととしても、やはりえらい。
また、府中市美術館は特異なセンスを煌かせる美術館である。
特に江戸時代の絵画作品を集めた春の企画展は、毎年毎年本当に素晴らしい。
その点においては、板橋区立美術館と並んで、期待が押し戻されてしまうほど、圧倒的な内容を見せてくれる公立美術館である。
そこが力を入れて集めたコレクションがこうして出てきている以上、「日本の油彩画200年」の重みがずっしりと生きてくるのを感じている。

最初に「2.油彩画の開拓 明治期の洋画家たち」から始まる。
ワーグマン、ビゴーの富士山がある。少しばかり時代の推移を感じる。
そして面白いことに、ちゃんとこの構図から画家がどの位置から見たかを断言している。
わたしのような静岡と無縁なものには決してわからない位置関係だが、そのこともまた興味深く思える。

ワーグマンの二枚。「富士遠望図」 明治九年以降の作品。
「街道風景」土砂の煙が立ちそうだ。

最後の将軍・徳川慶喜の絵もある。かれは「幕末」の頃から写真にハマりあちこちを写していたそうだが、それで眼を養われたようだ。
ここには「風景」と題された絵があるが、これは現実の風景ではなく、理想の風景だと解説にある。どこかシュールな雰囲気のある風景。山、木々、民家、川、夕日。
牧歌的な風景ではなく、「日暮れてなお道遠し」と思いつつ、そこに立ち尽くすしかない、そんなようにも見える。

ラファエル・コランの美しい絵が現れた。
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「想い」と言う。林の中、一人の女性が木にもたれるようにしながら、何かしら物思いにふけっている。
その美しい横顔がいい。
コランから日本人が正式に洋画を学び始めたことは、やはり良かったと思う。
前述の小出の意見に従うだけでなく、最初はやはり正統的な勉強から学ばなければならない。そこから次へ向うためにも。

コランに学んだ黒田の絵が並ぶ。
黒田の裸体画を見る。白人の肢体がそこにある。
チラシ表に選ばれた「赤髪の少女」の後姿を見る。
そして肌の上に光を(きちんと)場所を割り振って描いた「昼寝」を見る。
それまでとは違う「洋画」を見たことを感じる。
やがて「大磯風景」にわびしさを、ある種の叙情性を感じ取った。
洋画にもこうした和の感情がにじむようになったのは、作者の心の流れがそれを求めたからか、とも思いつつ。

吉田博 川のある風景 彼の故郷・八女の星野川を描いたという。横長の画面に彼の故郷の空気が凝縮されている。
吉田の洋画は「精華」が最愛で、あとは風景版画にばかり関心がある。洋画で風景を描いたのを見ても。案外面白みがうすいように思った。

川村清雄の絵が数点ある。
川村は今度江戸博と目黒区美で回顧展があるからそれでまた復活するかもしれない。
彼は最後の徳川宗家を継いだ家達公についてこの静岡に来たヒトなのだった。
彼の描いた勝海舟像などは実にいい。海舟が男前なのは写真からもわかるが、絵には更にその知性や気概が出ている。回顧展が楽しみだ。

巨岩海浜図 この実景では岩ではなく崖だということだった。しかしそれを岩にした。
絵としてそれが面白い、というだけでなく、この「岩」に徳川家を仮託しているのだ。人々の集まる岩。
そのことを思いながら絵を見ると、大正期になってなお、幕臣の心持というものが判るような気もする。
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海底に遺る日清勇士の髑髏 油彩に漆を混ぜた絵。独特のぬめりが生まれる。闇が深くなる。そしてその闇の底に、白いものが形を崩れさせつつ、身を置いている。
これは日清戦争の日清どちらもの犠牲者への鎮魂を描いた絵なのだ。死んでしまえばみな斉しく仏となる。
海軍少佐本多氏の依頼を受けて描き、勝海舟に家持の古歌を書いてもらい、それを挙げている。

鹿子木孟郎もアカデミックな技法でいい絵を色々残した。リアルな肖像画と、物語性の濃いもの・幻想的なものなどを。
日本だけでなく、本家の西洋でもアカデミックな技法のヒトのほうが、幻想的な作品を多く残している。
その意味では印象派の傾向を受けたヒトの絵には幻想性は向かないのかもしれない。

日本髪の裸婦 背中を向けた女。足裏が見える。昔の日本の女の足の裏。平べったいが、よく歩いた足なのだ。

ショールをまとう女 イタリアの農婦のような女。留学していたのはいつだったか思い出せない。
鹿子木だけでなく、こうした雰囲気の女を描いた絵は多い。

五姓田義松 富士 日本平の東麓から三保の松原、駿河湾を通した構図。静岡県民でないわたしには全くわからないのだが、さすが静岡。こういう細かい説明も嬉しい。

和田英作 富士 ばら色の富士。光が綺麗。和田は美少女もいいが、その美少女を彩るのと同じ美しさがここにもある。
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日本平望嶽台 グレーの富士山。雲が湧き立つ。その下には民家もある。駿河湾もある。富士の下には人々の暮らしがある。

本多錦吉郎 景色 初冬か、葉の落ちた木々の並ぶ道を行く農婦たち。この大木はケヤキらしい。

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ここで<1.油彩画前史>として司馬江漢の絵が現れる。
駿河湾富士遠望図 遠く富士が見え、湾内を白帆がゆく。不思議な時間のなさ。沖の暗いのに白帆が見える~のは「かっぽれ」だが、白い沖に白い帆、白い富士ではなにもかもが停止している。

馬入川富士遠望図 遠近の面白さがある。手前にセキレイがとまり、奥に富士がある。大小で遠近が生まれるが、しかしこれもまた動きはない。

駿州薩陀山富士遠望図 文化四年の富士。同時代に抱一がいることを思い出す。この絵が油彩で富士を描いた最後のものらしい。
テンペラ画を思わせる不思議な静けさがある。
波はこうして寄せているのに。
わたしはこの絵を風呂屋さんで見てみたいと思う。
それも関東のペンキ絵ではなく、タイルで表現してほしいのだった。
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ほかに筆者不詳のバラが籠からあふれる絵があった。

3.油彩画の隆盛 大正から昭和へ
個人的には、この時代から昭和の半ばまでが、日本洋画の黄金期だと思っている。
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・光を求めて
太田喜二郎 帰り路(樵婦帰路) 大原女二人。光の表現が細かい。色いっぱいで点描。太田は光の中で少年たちがくつろぐ絵を見ている。ベルギーのある時期の表現を思い出す。

中澤弘光 風景(秋の湖畔) 大きな絵で、手前に木がある、中禅寺湖の様子。たいへん明るい。

児島虎次郎 酒津の庭(水蓮) 四角いプールに花が咲く。その周囲を囲むケイトウたち。ややえぐみを感じる。

・欧州に学ぶ
都鳥英喜 モンティニーの秋 教会と民家が見える、その空き地にはわんこがいる。

田中保 セーヌの宵 SH3B120600010001.jpg
青がきれいな夜だった。田中の回顧展は少し前に埼玉の方で開かれたが行けなかった。
今度是非かれの憂愁に満ちた、しかし官能的な世界を味わいたいと思っている。

清水登之 セーヌ河畔 1924年のパリ。トボケたような味わいがいい。人々はそれぞれ自分の赴く方へ。妙にのどかな雰囲気がいい。なにもドラマティックであること、緊迫感があること、それが名画の条件ではないのだ。
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原勝郎という画家は初めて知った。数点の作品があり、中でも「バガテル公園、パリ」が大変よかった。
白い道、パリジェンヌがゆく、緑がモアッと広がり、とてもおしゃれなムードが画面に漂う。
ところがほかの絵は年数がゆくにつれ、おしゃれさが消えていってしまい、最初の絵の魅力が大きいだけにややわびしくなる。

佐伯祐三 ラ・クロッシュ 考えればパリの広告文字というものにもそれぞれの個性があるはずだが、佐伯の絵では全てが佐伯の文字である。当然なことだが、佐伯の書体の面白さを知ることも、その魅力をより深く知る手がかりになるのだった。

・静物画を描く
小出楢重 静物 青白磁の器がいくつもある。その水色の光を放つ美しさを小出は捉える。器には果実や白、赤の花が載る。壁紙は赤い。りんごも洋なしもリアルな重みがある。
彼の書いた「油絵新技法」を踏まえながらその作品と対峙すると、評論にも絵にも、深い理解といっそうの親しみが湧きだしてくる・・・

岸田劉生 静物(リーチの茶碗と果物) 果物が傷んでいるのを感じるようなのはいいのか。
絵としてはそこまで描けるのがいいのかもしれないが、見る私は楽しくはない。

曽宮一念 種子静物 種子類が集まっている・・・ これを見たとき、彼の友人でもある画家・鈴木信太郎の言葉が思い出されてきた。曽宮にはややグロテスクなものを好む傾向がある、という趣旨である。
その通りだと思う。わたしも少し身を引いた。

・写実を求めて
安井曽太郎 森の中 明治末~大正始めの重さがあった。

柏木俊一 三枚の絵がある。時代が少しずつ違う絵。自画像は北方リアリズムぽい。
劉生風だった画風も変化を遂げて、「海と畑と森」は別人の趣があった。
こちらはしっかりした形と、静かな強さがあった。

曽宮一念が随分並んでいた。この人は長命だったが、絵はある時期から描けなくなったのだった。

工部大学 1911年の、赤煉瓦。いい建物。建築学部の前身。資料としても興味深い一枚。

麦秋 30年後の絵。妙なもやが出ている。不穏な空気がある。

スペインの野 1968年の絵。赤い!なんなのだろう、これは。

曽宮のわけのわからない味わいを楽しめるようになるには、まだわたしでは無理らしい・・・

三岸好太郎 海 短い人生の最後の年に描かれた黒い「海」。蝶や貝のいる明るい海ではない。

島戸繁 社頭残雪 久能山の神社。朱色が目立つ神社。巫女が去る姿。派手。面白い。
こういう構図の絵は洋画ではなく木版画で見てみたい。

・具象から抽象へ
レジェの弟子筋はやはりレジェ風な絵を描き、わからないものはわからないままで終わってしまった。
それが抽象表現なのかもしれない。

・個性の発露
萬鉄五郎 日傘の裸婦 例のがきていた。どうも萬はニガテである。

児島善三郎 箱根 明るくていい!平明で大きな筆致、善三郎らしいカラフルな芦ノ湖。かわいいホテルもある。
児島善三郎のこの分かりやすい明るさこそが、日本洋画の一方の極地のように思うのだ。

北川民次 雑草の如く3(裸婦) 若い元気そうな裸婦の下に押さえつけられた民衆の姿がある。
上と下の違いの激しさ。

小糸源太郎 春雪 雪の道。並ぶ木々にも雪。ずっと道の奥に可愛らしい駅舎がある。田園調布の駅が。
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高畠達四郎 漁師の家 倉のある家。平明な絵。しかしどこかジオラマの一部、ドールハウスのような趣がある。
こういうのも面白い。
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・絵肌(マティエール)の魅力
鳥海青児 張家口 重い。セピアとベージュの美しさ。

岡鹿之助 観測所 丘の上に可愛い観測所。切り株もあり、なごやか。
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田村一男 北越大雪 ・・・マティエールに全てがある。

西洋の技法を懸命に身につけ、咀嚼し、ついに融和する。その流れを見せてもらえた。
7/22まで。
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