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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

7/16までに終わった展覧会の感想

7/16までに終わった展覧会についてそれぞれ小さい感想を挙げたいと思う。
・ 野間記念館「川合玉堂と東京の画家たち」
・ 八王子夢美術館「たむらしげるの世界2 空想旅行」
・ 同上「収蔵品 佐田勝」
・ 横浜都市発展記念館「横浜の海 七面相 大正・昭和編」
・ 横浜開港資料館「横浜の海 七面相 幕末・明治編」
・ 東京国立近代美術館工芸館「越境する日本人 工芸家が夢みたアジア」
ただし、国立新美術館「エルミタージュ美術館展 世紀の顔 西欧絵画の400年」は後日関西にも巡回するので、ここでは挙げない。
また野間は別記事として挙げている。

「横浜 海の七面相」は二つの館で時代を分けあう合同展示で、これもとても面白かった。
先に都市発展に行った。つまり大正・昭和。
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非常に面白い時代だと思っているので、展示を見るのも楽しい。
またこういう企画は地元の人々が喜んで見に来て、自分の思い出話をその場でしゃべりだすので、それもヨソモノまた後世の者たるわたしには面白い資料となる。
ふむふむと聴いていた。

吉田初三郎の鳥瞰図がある。それを見ただけでも来た甲斐がある。その一方、いよいよ大日本帝国がだめだめになる時代の案内図が出てきた。
昭和15年の東京湾汽船の航路案内図である。
左端は表紙で、紺地に赤い火山、白銀の碇、黄色の細い文字というモダンな作りだが、肝心の地図にこわいことが書かれている。「守れ要塞 防げよスパイ」・・・ううむ。
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昔は横浜も海水浴ができたり、千葉の富津と定期航路もあったそうだが、埋め立てでなくなってしまった。誠に残念な話だが、それも時の流れというものか。

山下公園で昭和10年に復興記念横浜大博覧会が行われ、そのときの場内案内図をみた。
これがとても面白い。
いろんなパビリオンがあって、それがとても楽しそうなのだ。またあちこちに憲兵の詰め所などがあるのも時代の姿を示している。

戦後、ベトナム戦争の頃、九条を守り、米軍の運送を止めたという話があった。飛鳥田市長と言われてもわからなかったが、後の社会党の飛鳥田委員長だと聞いて納得した。
結局は通られてしまうが、それでもこの決断は尊い。

さまざまな資料を見てから、次に開港資料館の幕末・明治編へ向かう。
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ところが申し訳ないことに、ここへ行くまでの間に神奈川県庁の一般公開に参加し、資料館に来たら来たで先に「アンナ・パブロワ」の写真資料を夢中で見ていたものだから、幕末・明治の印象そして記憶が薄いのだ。

古写真と絵はがきがよかったことは確かだが、具体的な記憶がないのだった。
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ほかにちりめん本があったくらいしか思い出せない。
全く申し訳ない状況になっている。


次は八王子のたむらしげるの原画展。zen582.jpg

長らくJALの機内誌で連載していたシリーズで初めて知った作家なのだが、シンプルな線と明るい色彩が印象的な作風だと思った。
今回原画展を見て、その色彩が単純な作りのものではなく、非常に複雑な制作過程を経て誕生していることを初めて知った。
その時代時代の最先端の技術を駆使して色彩設計をし、構成する。線字体はアナログだから、色彩のその技術力の高さをあまり感じなかったのだが、それだけに本当に驚いた。
しかも作者のコメントを読んでゆくと、きっちり計算し尽くしての作成だと知って、テクノロジーは人間の手によって進化したのだ、ということを改めて思い知らされた。
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むろん作者の予想を超える事態というのもたまに起こる。
それがまた美しい偶然となり、奇跡の作品が生まれる。
しかしその作品は自分の誕生にそんな壮大なドラマがあることなどに知らん顔で、いつもの「たむらしげる作品」ですよ~とファンの前に現れるのだ。
ただただ感心するばかりだった。
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これからもどんどん新時代のテクノロジーを駆使して、しかしこの暖かくもおっとっとっな世界を構築し続けていってほしい。
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美術館の奥の一室では収蔵品展示があるが、今回は佐田勝という作家の作品が集められていた。この作家はガラス絵も得意とした人だということで、なるほどと思った。
色彩感覚は今でいうと、わたせせいぞうのそれに近い。

水芭蕉の群生図がある。広いキャンバスに白い花が可愛く群生している。
油彩画ではあるが平板な塗りもとてもよく、尾瀬かどこか湿地帯にいて、その情景を楽しんでいるような気持ちになる。

野の花を描いたものもよかった。そして「花々」と題された絵はヘンリー・ダーガーの描く花にも似ているようにも思った。

最後にガラス絵の「月見草と月」を見た。
黒く塗られたガラスは面白い効果を見せていた。闇は漆黒ではなく、半月も煌々と空を照らさない。しかしその下の黄色い月見草は可愛く揺れていて、魅力的な作品だった。

シンプルさが魅力的な作風だった。


最後に工芸館。zen586.jpg

このチラシに強く惹かれたのだが、展覧会の存在を知ったのが随分遅かった。それでこんな終わった後に感想を書くしか出来なくなったのは、痛恨の極みという感じがする。
今年はどうも年初から素敵な展覧会、魅力的なチラシをたくさん見てきたが、このチラシも本当にすばらしい。

わたしが好きなものばかりが集められている。
この展覧会は個々の作品の良さを云々するよりも、その展示の配置にこそ強い魅力があったことを言いたい。
この建物の中で展開される「越境する日本人」工芸家たちの作品を見て歩く、それだけでも非常に大きな喜びがあった。
大アジア主義を標榜した時代と言うこともあるが、そのアジアの片隅で生まれた人々が、作品の新たな可能性を求め、あるいは円熟を願い、海を渡った。
脱亜の時代から理想郷としてのアジアへの回帰は、素晴らしい作品を生みだしていったのだ。

むろんそうした時代の中でいいことばかりがあったわけではない。政治的には日本は自ら「アジアの盟主」たらんとして他国への侵略を繰り返した。
そのことは決して忘れてはならない。
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最初に、北京を愛した梅原龍三郎の「北京秋天」と藤島武二「アルチショ」が並んで展示されている。
北京の前には明代の赤絵や五彩の可愛いやきものが置かれ、アザミを描いた武二の前には朝鮮の青花鉄彩牡丹文壷がある。
それぞれの個性の違いが際だっていて、それをみるだけでも楽しい。
武二は当初はイタリアの美しい女や風景を描いてもいたが、年経るほどにアジアの美に惹かれたか、アジアの深い美しさをたたえる絵を描くようになった。
その絵の前に朝鮮時代の静かに美しい絵柄の壷をおく。
なんというしつらえの見事さだろうか。
本当に嬉しい取り合わせとなっている。

高句麗時代の丸瓦や条塼がある。
そして龍村平蔵の織物がある。zen579-1.jpg
漢羅「楽浪」と名付けられた織物。
数十年前の作品と1500年前の作品とが同じ空間に息づく。

チラシの山鹿清華の織物は「熱河壁掛」という。熱河省の承徳ラマ廟を背景に駱駝の親子がいる図。
残念ながらこれは展示換えで現実には見れなかった。
しかし同じ作者の「手織錦壁掛清晏ボウ図」がそこにある。
こちらも熱河省の承徳ラマ廟が描かれている。石で出来た船が置かれ、その影が写る。
水色の目立つ壁掛けで、一枚だけで見るよりは、この空間で眺めることで、いよいよ深い喜びが増すのを感じる。

そして津田信夫の鋳造された駱駝がいる。
塞外漫歩というタイトルから、この駱駝はどこかに主人を持つものだとわかる。
津田はいつもタイトルを古風な漢語で決めている。
こちらもとても素敵だ。

駱駝はほかにもいる。
沼田一雅の木彫の駱駝はその場で憩うている。
「胡砂の旅」というタイトルはこの駱駝がタクラマカン砂漠をゆくものだと知れる。
隊商の駱駝なのだろうが、もしかすると大谷探検隊で働いた駱駝かも知れない・・・

夢はこうしてどんどん広がってゆく。

海野清の双鳥文箱は何製なのかがわからなかった。
この文様も何を典拠にしているのかもわからない。
しかし欧州の美とは異なる美が活きるのは感じる。

綺麗な青のアラバスターのようにも見える花瓶がある。
板谷波山の霙青磁牡丹彫文花瓶である。
チラシの下部にある。この美しさを永遠に閉じこめた、その板谷の力業を思う。

香取秀真の瑞鳥文食籠もみみづく香炉もみな古代中国にその範を求めている。
みみづくは殷のそれ同様とても可愛い。

柳宗悦をはじめとした、朝鮮文化に惹かれたヒトビトの仕事を見る。
淺川兄弟の遺した仕事の大事さは近年になり広く世に知られるようになった。それを思いながら彼の拵えたやきものを見ると、アジアは一つなのかもしれない、と思いもする。
そして吉田初三郎の朝鮮大図会をたどり、やがて満州へと向う。

川島織物の満州国宮殿正殿のための仕事を見る。
素晴らしい作品である。国家として成立するためには、これほどの美麗さが必要なのだ。
壁二面に美麗な世界が広がる。
ただただときめくばかりだった。

偽国家だとしても、しかしこの時代その国はあったのだ、としか言いようがない。
その満州の野を行くのはアジア号だったか。表記は漢字なのか仮名なのか忘れた。
そして南満州鉄道のポスターが並ぶ。非常に神秘的な美しさと、アールデコ風味の乗ったいい感じのポスターである。
これらは伊藤順三の作品で、近くに杉浦非水のそれもあり、また京城三越のポスターもあった。形は日本橋本館のそれと同じである。
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最後に和田三造の「興亜曼荼羅」にアッとなった。インドである。象も参加する祭を画家は描いている。
これはちょっと考えていなかった。そう、インドは南アジアなのだった。

出来得ることならば、この空間そのものを再現してほしい、と希っている。
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