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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

生誕百年 松本竣介

神奈川県立近代美術館・葉山館まで松本竣介の展覧会を見に行った。
松本が夭折したのは36歳で、本人にとっても突然の死だったらしい。
少年の頃、唐突に聴力を失い、そして終焉も結核が原因とはいえ突然世を去ってしまう。
老年期を迎えることなく、新たな画境を知ることもなくに。
しかしながら、残された絵はすべてキラキラ輝いてみえる。
人物画も都市風景も何もかも。

わたしは松本竣介の風貌を知る前に彼の人物画を知った。
「立てる人」である。
教科書で見たのかチラシで見たのかはもう思い出せない。
ただそのとき、青年(少年がようやくその殻を脱いだような)の美しさを感じた。
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真正面ではなく、斜めを向いた青年の風貌は優しいが、決して甘いものではなかった。
なによりその立ち姿に彼の意思が現れている。
わたしはその絵を最初に見たとき、てっきり学生服姿だと思い、いよいよときめいたのだが、数年後本当の絵の前に立って、自分の勘違いを知った。
青年はなにやら変わった服装をしていたのだった。
しかしそれでがっくりすることはなく、相変わらず松本竣介に対して、勝手な恋心を募らせていた。

葉山館は行くのにとても疲れる。ほかの人は知らないが、わたしはそこへたどり着くまでの過程がニガテなのだ。
しかしそれでも葉山へ行った。巡回があることは知っていたが、しかし彼の回顧展は葉山で見たいように思った。

ほぼ時系列に沿った展示である。かれの長くはない生涯を二つに分けて、それぞれの区分が立てられている。

初期の風景画には盛岡の町が描かれていた。松本はその町で聴力を失い、絵と出会い、やがて東京へ向かった。

18歳の彼が描いた「少女」はりんごのような頬をした愛らしい少女だった。
地域性のものなのか、時代性のものなのか、羞じらいからなのかわからない、りんごの頬。

・都会 黒い線
このくくりの中にはルオー風な絵がいくつも見受けられた。

建物 ‘35年。存在感がある建物。外国の町にあるかのような。それは現実の風景として外国風に見えるものなのか、それともそこに佇むことになった松本の眼がそう捉えたものなのかはわからない。絵は存在感のある建物を描いているが、決してリアルな風景ではないから。

いくつかの婦人像をみる。
母と子 赤ちゃんとその母。とても美人の若い女。藍色で彩られた美母とその子。
少女 青い少女。明るい華やかな青ではなく、沈んだ青で。
婦人像 都会の美人。眼は藍色で塗りつぶしている。ルオーのような線。
いずれもとてもモダンな女たち。そして誰も個人の特質を持たない。

少年像 ‘36年。とても可愛い。モダンでシャープな、そしてやさしく。
この少年の眼を見ると、左右の焦点があっていないのだが、それすらも美しさの一因に見える。ふとルノワールの「少年と猫」を思い出す。少年の美しさを堪能する。

・郊外 蒼い面
こちらのコーナーに入りかけたとき、その一隅が真っ青に見えた。
空の青でも海の青でもない、都会の青。
一瞬の深いときめきがある。

郊外 ‘38年。海の底のよう。木はワカメにみえる。

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青の風景 抽象的な画面に何かが描かれているが、それが何なのかはわからない。
盛岡風景 シャガールを思い出した。

・街と人 モンタージュ
‘36~'41年の都会。

街 人も飲み込まれてゆく。街そのものが広がり行く過程の中で。
立ち話 錆びた赤色で包まれた世界。
黒い花 二枚の絵があり共に同じタイトル。それぞれの違いは赤に咲くか青に咲くかということか。造形感覚もすてきだった。

街にて 白い女のモダンさ。着物の女もいるがみなとても可愛い。
そしてこの絵を見ていて同時代の挿絵画家・竹中英太郎のモダンなセンスを思い出した。
細い輪郭がそのシャープさを支える。

おもちゃ箱のような街だと思った。
青年の見た・描いた街はおもちゃ箱のようだった。
現実感はなく、しかし理想郷などではない、生活・活動・遊戯のある街。
その中に青年は立ち場所を見出し、街とそこを行過ぎる人々を描く。

構図ばかりを集めたコーナーがある。
クレーにも似た世界。
どんな意図があるのかはわたしにはわからない。

1940年から1948年を松本竣介の「後期」として捉えた展示が始まる。

・自画像
顔(自画像) '40年12月。自画像 '41年10月。板に油彩で描かれた少年。
二枚ともとても可愛い。
友人たちから「フルポン(=フルーツポンチ)」とあだ名された、と解説にある。
可愛い少年だと思っていたのはわたしばかりではなく、むしろ当時身近に接していた人々はより確かにそう思っていたのだ。

ただしこの可愛いフルポンさんは自分の変な表情をも「自画像」に残している。
しかしやはり30になる前の自画像はとても美少年で、配色は川口軌外のそれを思わせるが、見ていて嬉しくなる絵なのだった。

・画家の像
「自画像」とは区分されている。リストの字の連なりを見るだけではわからない違いがある。このことばかりは実際に展覧会に行かねばわからない。

画家の像 '41年8月。かっこいい、と思った。立ち尽くす青年。その背後には座る女と子供がいる。背景には街がある。都市に生きる。

松本竣介と奥さんの歩く写真が出ていた。とてもシックな奥さん。彼女は出版社に勤務し、竣介はその間幼いわが子の世話をみた。イクメン。イケメンでイクメン。なんて素敵な旦那さんだろう。しかもとても家族に優しく、友人関係も暖かい。才能もある。本当に惹かれるひと。

そして「立てる像」がある。30歳の画家の像。やはりとてもいい。布の質感を感じる。
新しさを感じる作風。過去を持たない絵。とても素晴らしい。

五人 ファミリーを描いたものなのか、子供や妻や少女たちがいる。戦時中の製作とは思えないほどの和やかさがある。その雰囲気もまた重い時代から遠く離れている。

「立てる像」の下絵を見ながら、やはりときめく。
青年の風貌に惹かれつつ、そのまなざしの向かう先を想う。

・女性像
皆とてもきれい。
特定の女性を描いたらしき作品がある。
しかし彼女らに個性はない。

A夫人、K夫人と名付けられた作品を見ても、それぞれ美人だと思いつつも、際だった違いと言うものはあまり見分けられない。
やはり彼女らは松本竣介の「個性」に引きずられて描かれる。

松本はさまざまな女性を描くが、皆やはり松本の描く顔立ちになる。そしてそれは松本本人にも似ているのかも知れない。

・顔習作
ここでは羅漢などもあり、イメージが違うのを面白く思った。

・少年像
幼い子供がメインである。

「りんご」と題された油彩画と鉛筆画とがある。前者は板に後者はハトロン紙に描かれる。
丸顔に丸いリンゴ。愛らしい男児。
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「コップを持つこども」はすべて鉛筆で描かれている。
いずれも愛らしい男児。
これは松本の幼い息子を描いたものなのだろうか。
イクメンの彼は息子の書いた絵を全て保存していた。
やさしい人なのだ。

・童画
息子の描いた絵を基にして、プロの画家たる松本竣介が新たに描き起こしている。

象、牛、電気機関車、汽車、せみ・・・
「人」と名付けられた絵は大将を描いたものらしい。
やはり巧いと思う。

風景に移る。

・市街風景
もうあの青はないのだろうか。
そんなことを思いながら市街風景の中に入る。

丸の内風景 暗い色調である。しかし決して重くはない。丸いドーム屋根が見えるのは、今復元中の東京駅。

大崎陸橋 大崎もかつてはこんな風景だったのか。開戦前の街にあった陸橋。こうして眺めたら版画にしたいような気持ちになる。

・建物

横浜風景 青い風景。青に囲まれた工場島。別な国の横浜、そんなイメージがわく。

駅 シュールなたたずまいを見せる。小杉小二郎のメトロを描いたものもこのようにシュールである。
そしてどちらもとても静かなのだった。

市内風景 どこかの工場の角を画の真ん中に置く。不思議な立体感が生まれる。林忠彦の晩年の風景写真にもこんな構図があった。この構図は魚眼レンズのそれを思う。

・街路

並木道 青いシュールな風景
議事堂のある風景 '42年1月。リアカーを引く人がいる
議事堂のある風景 '41年12月。こちらは鉛筆。下絵のようでもあるがそうでないようにも思える。朝ぼらけの中。
霞ヶ関風景 ジャパンタイムスの印刷所がある。建物も変だが、偏愛を感じる。

・運河
解説に面白いことが書いてあった。
「東京は運河の街だった」・・・そうなのか。
しかし言われてみれば村山知義の関係したグラフ誌にも東京の運河があった。
創作版画家らの作品にも。

・鉄橋付近
先の「運河」こちらの「鉄橋」も共に画家の偏愛する対象だった。

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これらを眺めていると、画家の興味の向かう先が見えてくるようで楽しい。
そして一つ一つのドローイングがやがて完成品へ向かってゆくのを感じる。

次の「工場」もまた。こうして見ていると、松本竣介の工場萌え~がよくわかる。
わたしは松本の風貌に惹かれつつ、もっと本質的に好きなものは何だろうと考えてみた。
彼の愛した都市の建物・運河・鉄橋・工場、そんなもの全てがわたしも好きだということに思い当たった。
村より町、町より街、都会でないと関心がわかない。
松本竣介はわたしの好きなものを描く画家なのだった。

はっきりと対象を絞った風景がある。
「Y市の橋」と「ニコライ堂」である。
月見橋という横浜の橋を何枚も描いている。
鉄萌えクン本領発揮という感じがある。
そしてその絵の中に帽子をかぶった人物がいる。
かれは松本ではないだろうが、松本に何かを託された人物かも知れない。

ニコライ堂の絵はいろんな角度から描かれていた。今はない小聖堂も描かれている。
わたしはニコライ堂をこの人の絵から知ったように思う。
そして東京に出るようになって、本物を見たとき「ああ、松本竣介のニコライ堂だ」と実感したのだった。
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赤暗いニコライ堂の絵がある。この赤さには何か見覚えがある。ロシア料理のボルシチの赤、つまり赤大根の赤なのだった。
ロシア正教の教会にロシア料理を思い起こしたのは偶然だろうか。

・焼け跡
敗戦後の風景。
よく聞く台詞がある。敗戦後の空は真っ青だということを。久世光彦もそのことを書いていたし、敗戦後の明るい流行歌もそれを歌っていた。

焼跡風景 '46年。それでも空は青かった。そのことを絵に見る。

「展開期」として最後の三年間の作品が出てきた。

キュビズムに影響を受けた人物像には関心が向かなかった。むしろこのあたりでは資料を読むのが面白かった。
一人の画家の心象風景が見えてきて面白い。

建物 背面を塗りつぶすようにした上から線描で教会の窓や装飾を描く。平面的だが、探せばもっと広い空間があるかもしれない。いい線描だからこそ、この「建物」は活きている。
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彫刻と女 部屋の中央にあるように思った。大きな絵のように思った。しかし実際には1Mほどの作品などなのだった。
女が彫刻の頭部をみつめている。この構図を見てわたしはサロメのようだと思った。
女のまなざしが深い。一心に彫刻をみつめる。
ほかは何も存在しない心。

ときめきながら眺め、やがてわたしはそれが彼の絶筆だと知る。
しかし力の衰えもない、いい絵だった。


最後に彼の関わった仕事などをみる。
難波田龍起、麻生三郎、妻子への書簡、読んでいた本、表紙絵を担当したらしき雑誌、そして「雑記帳」という一年ばかり続いた雑誌の仕事が面白かった。
中条百合子の文や長谷川利行の表紙原画などなど。

写真をいくつも見る。
集合写真がある。一人だけ少女がいると思ったら、彼だった。彼の描いた少年少女と同じ顔をしている。
二十代の青年がこんなにも美しく甘い顔をしている。

少し疲れた写真もあった。
敗戦の翌年の秋、舟越保武・麻生三郎との三人展のときのものである。すでに結核に蝕まれつつあったのかもしれない。

そして出口近くのその一室には、叔母を描いた作品が展示されていた。とても繊細な美人だった。

7/22まで。
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