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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

頼朝と重源 東大寺再興を支えた鎌倉と奈良の絆

奈良国立博物館の「頼朝と重源 東大寺再興を支えた鎌倉と奈良の絆」展は、奈良の大仏と言うものがいかに古代から中世の人々の心の支えになっていたかを、改めて知る展覧会だった。
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平重衡が治承4年(1180)に南都焼き討ちし、東大寺・興福寺が大災害を蒙った後、重源が勧請してまわった、というのは数年前の「重源」展で学んだことだが、今回はそれを支えた後白河法皇と、法王亡き後の「大檀越」頼朝らの関連資料が多く出ていた。

第一章 大仏再興 仏法・王法の再生
同時代の資料の写しや読み物のその表現が又凄まじい。
首は落ち、体は焼け溶け、それらが大山になっている、とか・・・
710年の大仏開眼の栄光を知るものはいないにしても、それでも500年近く日本仏教の拠り所だったものが鉄溶岩崩れみたいになったのは、本当に衝撃だったろう。

日本語の形容はこうしたときに非常な力を発揮する、と思う。
字面を追うだけで、大仏の崩れた様子がありありと浮かんでくる。

東大寺大仏縁起のそのシーンを見る。室町時代の絵巻で、可愛らしい絵である。
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しかし炎上して僧や稚児らが逃げ惑うのは無残極まりない。炎上、焼亡。
このあたりの行動こそが清盛の業となり、「心もことばも及ばれね」と表現され、やがて前の世にもなく後の世にも聞かぬ死を迎えることになるのだ。
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慌てる人々

室町字代の大仏螺髪が展示されていた。一粒でこんなにも大きいのかと驚く。
盆庭の蓬莱山のようではないか。
こんなものがどろどろに溶けて落下したら・・・ああ、怖い。

西行物語絵巻がある。山野を歩く西行がいる。出家と遁世の違いを考える。
近世近代になると、出家はあっても遁世はない。なぜ中世の人は遁世をしたのだろうか。


第二章 大勧進重源
重源の坐像だけでなく、彼が使った脇息や杖もあった。
長生きをして、懸命に働いた上人である。

久しぶりに善導大師像を見た。昨秋東博でみたもの
可愛い萌えなお坊さん。美坊主、美貌ズ。
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文覚上人像もあるが、こちらはやっぱり何かしでかしそうなアクティブな感じがある。
ほかには菩薩面がずらずらあり、さすがにそれはニガテ・・・

しかしそれにしてもあの(!)後白河法皇まで大仏再興に懸命だったというのは、なにやら不思議な感じがある。


第三章 大仏殿再建 大檀越・源頼朝の登場
神護寺にある頼朝の似せ絵を久しぶりに見る。これを最初にナマでみたのは昭和60年頃の、昭和天皇在位60年記念展でだった。学生料金で京博に入り、この絵が予想よりずっと大きいことに驚いた。

二月堂の過去帖がある。丁度重源の手前に「青衣の女人」がいるが、重源は「南無阿弥陀仏」と尊号で記されている。

やや小さめの四天王立像がある。邪鬼の上でポーズをキメる四天王もかっこいいが、踏み拉かれる邪鬼たちの可愛さがいい。表情豊かで楽しい。
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東大寺縁起には金の鳥もいた。
ほかに伎楽面がいろいろ。


第四章 栄西そして行勇へ 大勧進の継承
栄西はエイサイではなくヨウサイ表記だった。呉音か漢音か忘れたな。
栄西禅師は重源から後を受け継ぎ、こちらも懸命に東大寺再建に走り回ったそうだ。
ここでは喫茶を齎した人としての面は殆ど出ていない。

鉄槌があった。そう大きくはない。何にどう使ったのかはわからない。

第五章 頼朝の信仰世界 鎌倉三大寺社の創建と二所詣
鎌倉に寺社が多い理由をここで知ったように思う。

帝釈天像 フルカラードレス。非常に綺麗に彩色が残っているが、これは修復したものなのか。鎌倉時代。あまりに綺麗なので何度もぐるぐると見歩いた。811年前の像。

鶴岡八幡宮の扁額がある。今のものではなく旧いもの。寛永六年。既に「八幡」の「八」の字が鳩で表現されている。

文殊菩薩立像 五髻(ごけい)の髪型だが、二つばかり捥げて、三つのお団子になっている。可愛い髪型。


第六章 八幡神への崇敬
源氏が八幡神を信仰するのは当たり前だと思っているので、今となっては逆に「何故八幡神が氏神なのか」という思いも湧いてくる。

八幡廻御影 一番手前の右の神だけが少年である。みづらに結うている美少年。

籬菊螺鈿蒔絵硯箱 これは鶴岡八幡宮の境内にある「鎌倉国宝館」でしばしば見かける名品。きらきらしていてとても綺麗。
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他にも綺麗な拵えの太刀や舞楽面がたくさんあった。
源氏の八幡神への崇敬の念は伝わってくる。

色々と見るべきものの多い内容だった。9/17まで。

なお、続いて常設の名品展でひっくり返った。
地獄絵特集である。これはまた非常に面白い作品が集められていた。
冷泉為恭の模写した餓鬼草紙もある。
地獄草紙も六道絵もあるが、どうもなにやらその責め苦が、ある種の嗜好のヒトを歓ばせるものにしか見えなかったりで、不埒な考えばかりがわいてくる。

矢田地蔵縁起がある。ホネがパラパラ~っとあちこちに散乱している。しかし怖いという感じはない。
北野天神縁起(津田天満宮所蔵)は丁度僧の地獄廻りガイド付きツアーのシーンが出ていた。
十王図では虎がいたり、「地蔵十王図」では閻魔のときと違って、随分色白な美貌のヒトだったりで、見ていて楽しい。
他に考古学では埴輪のわんこが可愛い。

「頼朝と重源」だけでない面白さが詰め込まれていて、さすが奈良博だと感心しながら帰った。
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コメント
たまたま
 昨年 清衣の女人 と読み上げるところを 聴いたような気がする。
 あまりにも有名な話なので 聞いたような気 だけかもしれない。
 あれは 誰の本だったか 出雲の方から徴発されて 大仏つくりに行く男の話 
あの頃 あの大きさのものを作った力 資金 命令系統
 大仏は 東大寺は ひきつけてやまない力を 持っています。 
2012/07/31(火) 20:07 | URL | 小紋 #-[ 編集]
お芝居にもなってたり
☆小紋さん こんにちは
歌舞伎の舞踊劇で「達陀」だったん、というのがありますが、
それが僧と青衣の女人の悲恋ものでした。
最後に大勢のボーズ・ダンサーズが群舞するのが最高でした。

わたしは昔、楳図かずお「イアラ」で大仏作りの話を読みました。
大仏鋳造のために熱した銅の中へ溶ける女人を追う男の話です。
やはり大仏事業は凄いと思いました。
2012/08/01(水) 09:51 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
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