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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

俳画の美 蕪村と月渓

柿衛文庫が創設者・岡田柿衛(かきもり)の没後30年を記念した展覧会「俳画の美 蕪村と月渓」展を開いている。
この十年の間に、主に逸翁美術館で蕪村や月渓(呉春)の作品に触れ、その良さが年降るごとにシミジミとわかるようになってきたので、喜んで出かけた。
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「俳画の美」を近代において見出したのがこの柿衛だということだが、この人は長きに渡って逸翁美術館の館長を勤めていたそうで、そうしたことからわたしも知らず知らず教化され、こうして蕪村や呉春の魅力に溺れるようになったのだろう。
実際2008年に、逸翁美術館の「雅俗山荘」時代最後の展覧会は「蕪村と呉春」で、そのときわたしは、前後期にわたって感想を挙げている。
こちらは前期。
後期はこちら
最初に蕪村の俳画から。

闇夜漁舟図 この絵に関する感想は、以前「雅俗山荘」時代の逸翁美術館でも書いている。
働く父と子。そこから少し離れた小さな家から大きな灯りが。母親が二人の帰りを待ってご飯をこしらえているのだ。幸せな情景。

狩場床自画賛 鷹狩りの人が使うドーナツ型のイスが草中にぽんっと捨てられている。
「翦鷹も 拳に戻れ 狩場床」ソレダカと読むそうな。狩の際、鳥(獲物)を見失ってあらぬ方へそれた鷹のことを言うらしい。

「学問は」自画賛 気持ちよさげ~に居眠りしてますなw

太祇馬提灯自画賛 傘がお猪口になってる、たいへんな風雨。必死で進む二人。困った情景だが、妙に楽しそうにも見える。そこが俳画の味わいか。

若竹自画賛 「若竹や 橋本の遊女 ありやなしや」 昔は八幡の橋本の遊女は有名だった。戯れ歌もあるくらいだ。しかしこの歌の意味はわたしにはわからない。安永中期の作。

澱河歌自画賛 扇面 こちらも「若竹や」が書かれている。ただし他にも句がある。
小舟に一人乗る。「澱河」は淀川。この表記は初めて見た。

雨中船頭図 蓑笠の船頭がいる。静かな味わいがいい。

徒然草・宇治拾遺物語図屏風 まず右には芥川の「鼻」の元ネタになった禅智内供の絵がある。
丁度「第一飯を食う時にも独りでは食えない。独りで食えば、鼻の先が鋺(かなまり)の中の飯へとどいてしまう。そこで内供は弟子の一人を膳の向うへ坐らせて、飯を食う間中、広さ一寸長さ二尺ばかりの板で、鼻を持上げていて貰う事にした。しかしこうして飯を食うと云う事は、持上げている弟子にとっても、持上げられている内供にとっても、決して容易な事ではない。」のシーン。
うむ、忘れていたが思い出すと面白い。他にこぶとり爺さんと三人の鬼たち。鬼もまるまる鬼スタイルの者ばかりではなく、官吏のようなのもいた。
徒然草は西大寺の静然上人の話
思えばどちらもこっけいな話だが、それが俳画になるとまた楽しい。
それから扇面の自画賛にもやはり静然上人の絵がある。

天狗自画賛 堂々たる大天狗。鞍馬居住の僧正房。
「せみ啼くや 僧正房の ゆあみ時」zen785-2.jpg

そういえば天狗で湯浴みといえば「是害坊」の話を思い出す。

盆踊り自画賛扇面 三人の男女が楽しそうに踊っている。東北の風習「錦木」についての句もある。錦木は男女の求婚の風習の一つ。
「錦木の 門をめぐりて おどりかな」

「もみぢ見や」句自画賛扇面 唐傘を閉じて高尾のもみじを楽しむ。
「もみぢ見や 用意かしこき 傘二本」
句の意味を知るといよいよ楽しい。

ここからしばらく逸翁の所蔵品が続く。
「雪月花」句自画賛 牛若丸図 逸翁美でも好きな一枚。
「雪月花 ついに三世の ちぎりかな」zen785.jpg

夫婦は二世、主従は三世のちぎり。牛若と弁慶のいた時代は「しゅウじゅう」と発音した。
いつから「しゅじゅう」になったのかは知らないが、これも面白い話だ。

「又平に」句自画賛 赤の頭巾かぶって千鳥足の浮世又平。
他の美術館でも同じようなのがあるが、それぞれの美術館は「うちの又平の方が可愛いでしょ♪」と楽しいジマンをしている。

展示替えでこの日は見れなかったのだが、「海の見える杜美術館」所蔵の「ぢいもばばも」は可愛い絵なのだ。猫としゃもじの絵。見たかったなあ。惜しいことをした。

その「海の見える杜美術館」所蔵のほうの「奥の細道」絵巻が出ていた。
冒頭シーンである。「月日は百代の過客にして行き交う・・・」から曾良と共に旅立つところ。

「有明の」付合自画賛 角屋保存会所蔵。「梨打ち烏帽子」とやらをかぶる人が体傾けて、今にも動き出しそうな気配を見せる。

角力自画賛 チカラギッシュな絵。行司も気合みなぎる。五人の句がある。
角力は相撲のこと。江戸時代にはこの文字表記のものが色々ある。
「双蝶々」の「角力場」などなど。

「けさ見れば」句自画賛 「けさ見れば 煙ののこる やけのかな」ううむ。

皃見せ自画賛 顔見世のこと。衾かぶって肘立ててぼーっとする。先斗町に泊まって顔見世に行く支度をしているのだが、まだのたのたしている。芝居の始まりを告げる太鼓も鳴っているのに。

紫陽花にホトトギス自画賛 下に紫陽花の花、上に鋭く跳ぶホトトギス。この空間の配置がいい。
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「岩くらの 狂女恋せよ ほととぎす」
岩倉は、松園さんの「花筐」の照日の前を描くために通った精神病院のある地。
岩倉・大雲寺の不動堂は狂人たちの治療場として当時から有名だったそうだ。
安永2年(1773)4/4に描かれた。

蕪村の娘に出戻りがいて、蕪村亡き後その娘の再婚資金を稼ごうと奮闘する弟子たちがこしらえた作品を「嫁入り手」という。
そのうちの「桐火桶」陶淵明図は逸翁で見たもので、真正面の顔図。この鼻の様子を見ると、私はいつも「天牌」の入星という男を思い出すのだった。
「遊女図」は月渓の絵。袂で口元を隠しながら笑う女。
呉春の描く遊女は珍しいように思う。

安永三年春興帖 月渓の句がある。
「筧から 流れ出たる つばきかな」
この挿絵には、瓶割りの絵がある。司馬温公の説話のように子供が瓶の割れたところから流れ出す。しかしここには日本の鎧兜をつけた人物が日の丸の扇子を広げて「あっぱれ」な絵があった。

次には月渓(呉春)。

百老図 山中に集う老人たちの図。楢山節考ではない。と思う。うむ。

網引き自画賛 働く人々がいる。
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「いわし引く 網をはじめて 敏馬かな」
敏馬はミヌメと読む。そんな海岸があるらしい。
私は知らない。

蕪村が弟子の月渓をほめている手紙があった。
紹介文のその中に月渓の長所や得意技を挙げているのだが、横笛が上手だとも書いてある。
そうかそうか。

天明六年の月渓の句集もある。天明年間は京の人々にとってどんな意味を持つのだろう、と時々考える。

句会なのか「一菜会」という会があり、その会合の食事内容が書かれている。
汁:結び湯葉、大根。茶碗蒸し。酒肴:松茸、鱧、しじみ、蒲鉾、コウタケ、焼き栗、厚焼き、梅巻き、シメジ卵とじ。吸い物:コチ、シメジ。浸しもの:湯葉、サゴシ。そば。
なかなかおいしそうである。

暁台賛「壁破れて」 侘びしい門前が描かれている。
几董賛「去来屋敷図」こちらは薄い朱壁の。
どちらもとても侘びしい門前である。

遊子行 箕面ツアーした話もある。吟行本。神無月に出かけたことを記している。
もうこの頃月渓は池田に来て「呉春」になっていたのか。
池田と箕面はそんなに遠い地ではない。
今の人でも歩く人は歩くだろう。わたしは電車で移動したいけど。

急須に燭台図 煎茶が流行っていたことを裏付ける。
「ほととぎす いかに若衆の 声変わり」
これが芭蕉なら妖しいムードが漂うところだが、この時代ではそうはならない。

几董の賛とのコラボが続く。
五月雨図、梶の葉図、冬籠もり図、などがある。

「煮びやしや」画賛 
「煮びやしや つもりの外の 客二人」
予想外のお客のために「煮びやし」をこしらえて運ぶ爺さんの絵がある。

山伏画賛 後ろ向きの山伏が描かれている。

幻住庵記画賛、烏帽子屋図賛、茄子画賛などは逸翁所蔵。
牛若丸図賛 後ろ向きの天狗と少年牛若丸。
こちらも逸翁所蔵だが、あまり見覚えがない。

逸翁の所蔵品がたくさん集まっているのも柿衛が逸翁美術館館長だからだということを改めて感じる。

徒然草画賛 琵琶法師の図。
内裏鹿図賛 向こう向きのバンビ。これは大原御幸の前段階の話をもとにしている。

三十六歌仙偃息図巻 試し描きらしい。リアルさもある。けっこう細かい図。のぞきめがねを持つ女もいる。
別にまじめに座しているわけでもなく。

十二ヶ月風物句巻 これは前述の「蕪村と呉春」展でも見たがとても可愛くて楽しい絵巻
「初午や 竹の伏見は 二日月」
「石山や くれぬ先から 秋の月」
ウサギの杵つきもあり、楽しい月渓の絵だった。

本当に蕪村と月渓の良さがわかる年頃になってよかったと思っている。 
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