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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

雅美と超俗

逸翁美術館で琳派と文人画の展覧会を見る。
基本的に私は琳派が好きで文人画や南画は好まないが、コンセプトを変えるとこんなに面白いのかと感心した。
宗達・光悦ら始祖から光琳、乾山、抱一辺りまでの逸品が揃っていたが、蕪村、玉堂らの渋い絵にも感心した。彼等が書くのは中国の高士らとその人々が憧れる田園漁村の働く人間である。田舎きらいの私は、だからこれらの文人画に関心が持てず、浮世絵や風俗画にときめくのだ。とはいえ今回巧い取り合わせのため、感じよく見ることが出来た。
それにしても高士は何故酔っぱらいばかりなのだろうか。下戸では高士になれぬのか。
蕪村の『奥の細道』絵巻を四期に亙って順々に展示している。今日は南部から酒田までなのだろうか。飄逸な絵と比較的わかりやすそうな文字。
終いが女二人いて、一人は袂を目に押し当て、もう一人は何やら文を手渡そうとしている。相手は芭蕉だろうか。
『一ツ家に 遊女も寝たり 萩と月』
曽良これをかきとめ侍る、で後期前半分を〆ている。
わたしはこの句は知っている。『獄門島』の殺しに使われて、覚えたのだ。だから小学生のときから知っていたが、この句がここで読まれているということのほうを初めて知ったのだ。ははははは。

逸翁美術館は元々小林一三の別荘・雅俗山荘なので、建物を有益に使っている。入ってすぐ脇の小部屋に琳派を飾り、奥に進んだ広間に文人画を、そして階段を上がった小部屋に茶室の再現と、琳派を並ばせる。
巧いと思う。
二階の琳派に話を進める。

光琳と乾山が目を引く。
以前から度々あらわれていた竜田川文向付が流水のように並ぶ。その隣にはそれらの春バージョンのような、牡丹文向付が。こちらは初見だが、とても可愛い。いつも思う。乾山写しの器を常遣いにしてみたいと。扇子で菊柄があり、胡粉で盛り上げている。リアルで可愛い。
光琳の白楽『大堰川』のエピソードが面白い。鼻につくようでつかないのは、キンキラリンな人だからだろう。
わたしは光琳より弟乾山のファンだが、乾山の白梅図がこれまたいい。
皇州逸民とサインしている。江戸に在っても京都人だぞという気概が見える。尤も、ショーバイ人だからよけいそんなサインをしたのかもしれない。京都ブランドの価値は、この時代にも高かったはずだ。
そういえば菅楯彦は浪速御民と書いていたような気がするが・・・

見るべきものは数多い。乾山の弟子が書いた春秋花卉図の藤と山吹がたまらなくいい。茶室のしつらいも素敵だ。
イギリス製の水差しがきれいにきらめいている。逸翁は洋物も巧く取り入れる人だったので、こうしたときにそのセンスが光るのだ。
だからか、宝塚歌劇は洋物も王朝物もアジアや現代物も見事に演じられるのかもしれない。すてきだなあ。
・・・すてきでないのは、阪急梅田の改悪くらいか(現行)。

雁金屋兄弟の従弟で楽家に養子に入った宗入の黒楽『養老』がいい。
滝が落ちている感じに見える。
わたしはノンコウのファンだが、たまにはこういうのにも心が惹かれるものだ。
さて、階下の奥へ進み、サンルーム前の部屋に行くと、ここでは文人画が並ぶ。浦上玉堂、青木木米、田能村竹田、谷文晁・・・
どれがどうというのでなく、のんびりいい気持ち。

神官へ向かうと、抱一の水仙図屏風が広がっていた。銀地に白水仙が咲き乱れている。並び方は根津にある光琳の八つ橋図屏風とちょっと似ているが、抱一は彼の精神的子孫を任じているからパクリなどではない。
何より、この屏風は可愛らしい。
抱一はその芸術自体が素敵なのは当然ながら、先人光琳へのオマージュにあふれたファンなのが、まず楽しい。
だから抱一のどの作品も、みんななんだか愛しく思う。
其一は抱一の弟子であり、家来でもあるが、なんだか殿さまの弟君に振り回され、困りながらも機嫌よく一緒に絵を描いていたイメージがある。無論、わたしの妄想だが。

ああ、良い展覧会だった。
昨日湯木で鈍翁と耳庵を見たので、逸翁にも行きたくなったのだ。
近所にこうした古美術のすばらしい美術館があるのは、本当に幸せだと思う。

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