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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

江戸の旅情/江戸の判じ絵/明治美人風俗・楊州周延

東京で見た浮世絵をあと少しまとめる。
太田の月岡芳年展は後期を見てから一括で感想を挙げる。

・ 江戸の旅情 五街道と旅
・ 江戸の判じ絵 これを判じてごろうじろ
・ 明治美人風俗 楊州周延
このあたりについて。

まず江戸の旅情 五街道と旅
ていぱーくでこの展覧会を見たのだが、浮世絵や江戸時代の旅道具のほかに各地の元の宿場や街道の現在の写真などが展示されていて、それがまたいよいよ旅心を刺激する。
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江戸時代、各地に関所はあったが、それでも日本人は旅を愛し、実際に歩いた。
往来手形などを手に入れてから旅立つわけだが、思えば「世直し・漫遊」の旅を続ける水戸黄門とご一行様は本物の身分証明書も持ってはいたが、大抵は嘘のを出していたわけだ。
それで地元のごろつきやそれらと結託した権力者に向けて、「控えおろう」とこればかりは本物の印籠を見せるのだが、あれは別に印籠と言う物体に力があるのではなくて、紋所に意味があるわけだから、紋所さえあれば文机でも耳盥でもかまわないかもしれない。
尤も旅にそんなもん持って歩けないから、やっぱりこの印籠がベターか。

印籠は薬入れでピル・ケースなどと訳されたら侘しいなあ。
しかしそのピル・ケースを持ってなくては旅の途中でいきなり「持病の癪が」となっても誰も助けられまへんがな。相互扶助の念は今よりずっと強かった江戸時代だが、一方で自己責任の重さを旅する者は知っていたわけだ。

旅に目的を持たなくてもいいが、江戸時代の旅のうち、寺社詣でというのはいつでも人気があった。お伊勢参りは抜け参りで、ということで勤労契約が締結されてる商店の小僧なんかも、「お伊勢参り」だと言えば、雇用側はあかんとは言えないのだった。
たまに引き戻されるのもいたが、まぁ大概は出かけてしまったらしい。

展示品を見ながらそんなことを思っていると、だんだん自分も旅に出たくなってくる。
とはいえ、これを見ている私自身じつは旅の途中なのだが。

広重の東海道五十三次はたいへんな人気を今日まで保っている。
いろんな種類のを拵えて、連作の中でも白眉といわれるものや、滑稽な明るさが目立つのもある。摺りや絵として面白みのないものでも、その土地の風情がうまく切り取られているものも多く、江戸時代から今日にかけての愛され度が高いのも納得する。
わたしも子どもの頃から五十三次はよくよく見慣れていて、昔の宿場の地名を見ると、すぐにそれが思い浮かんだり、膝栗毛のシーンが蘇ったりする。

狂歌東海道五十三次、保栄堂版五十三次、行書五十三次、そして木曾海道六十九次などからピックアップされたものが並ぶ。
なかでも御嶽は面白かった。木賃宿の景色が描かれている。なにもいい宿屋や飯盛り女のいる宿ばかりが描かれるのではなく、こうした貧しい宿が描かれているのも興味深い。

そういえば木賃宿の描写でいちばん面白かったのは実は夢野久作「犬神博士」だったりする。あれは北九州が舞台ではあるが、明治の風俗がよく出ているようにも思う。

初代ではなく三代目の広重は明治の風景を多く描いた。永代橋や江戸橋、駿河町界隈の明治だからの新風景をよく描いている。
「江戸から東京へ」という矢田挿雲の読み物をふと思い出した。

ところで今回はじめて知ったが、往来手形には行路死の場合の処理の方法まで書いていたそうな。旅が命がけであったことをも示す資料。

浮世絵自体はそんなに数も多くはなかったが、面白みのある展覧会だった。10/28まで。

次に「江戸の判じ絵」たばこと塩の博物館。
だいぶ前にPART.1が開催されての第二弾。随分お客さんが入っていた。
単に「観る」だけではもう集客も見込めないだろうが、こうした「体験型」展覧会はとても人気が高くなってきた。
皆さんガラスケースにはりついて「うーんうーん」とうなったり笑ったり、アタマの上に突然100Wの電球が点いたりしている。
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チラシ表に5枚の判じ絵があるが、そのうちのひとつでも一目で「!」となるかと言えば、これがあかん。連戦連敗である。
やっとわかったのはこの右上のベロを矢で貫かれたおじさん。舌に矢で「シタヤ=下谷」なのだった。
鈴に目がついてるから「雀」とか、蝦蟇が茶をたててるから「茶釜」とか、もう江戸時代の地口にもてあそばれっぱなしである。

チラシ裏には答えを少しばかり載せてくれてるが、頭を完全に切り替えてもなかなか回答できない。
歯の下にひっくり返った猫がいる→は・こね=箱根に至っては、「おいおいおいおい」である。
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しかしひっくり返ったで思い出したが「犬神家の一族」であの有名なポーズ、湖から足が逆さに出てるあれこそ、昭和の判じ絵だった。
佐清(すけきよ)が逆さだからヨキケスで、ヨキ・コト・キクの三つの呪詛が完成したのだった。
作者が横溝正史だから出たネタだと思うこともしばしばである。
それでまた関係ないが、わたしはシンクロナイズドスイミングを見るたび必ず「…スケキヨ~~」と口走るのだった。

簡単なのはたとえばサルの絵に「゛」がついて「ザル」だったり、ヒトの頬に「六」でほぉろく=俸禄…は・は・は…

これらは単独だが、もっと難しい組み合わせものもある。
芝居の外題や役者名は逆にそれ自体がヒントになるので「!」となるが、他が池内。
あっわたしまで「いけない=池内」だなんて書いてる。
よわったな。

とりあえず大いに楽しめる展覧会は11/4まで続く。

たばこと塩の博物館の3階には小さいコーナーがあり、今回は「文化文政期の謎染」。
豊国ゑがく団十郎の着物には「かまわぬ」の文字と絵の意匠が染め抜かれている。
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鎌の絵と輪と「ぬ」でかまわぬ=構わぬ。
これと別バージョンが「鎌い枡」のかまいます=構います。どこの家のかは忘れたが。
他にも菊五郎だと「キ」「呂」を巧く組み込んだキ95呂格子を拵えている。「キ9・5呂」9と5は線の数。それで菊五郎。
同工異曲で「中村格子」もある。
ほかにはマッシュルールの断面図を交互に数珠繋ぎしたような「芝翫縞」などなど。
先の「かまわぬ」を最初に知ったのは、石森章太郎(当時)の「さんだらぼっち」のエピソードから。
吉原の始末屋(吉原の見世にツケをした客のところへカネをとりに行く商売)とんぼを中心にした人情話だが、その中に騙されて「かまわぬ」染を作らされた染物屋の窮状を見かねて、とんぼが知恵を絞る話がある。
(このエピソードは連載終了寸前のもので、とうとう単行本に収録されないままである)
それでわたしは「鎌○ぬ」を知ったのだった。
小学校の終わり頃に見たきりだが、忘れられない話。1~18巻まで手元にあるが、最後の巻だけ何故出なかったのだろう…

こちらの展示も11/4までか。

最後はukiyoeTOKYOの「明治美人風俗 楊州周延」後期の感想。
惜しくも前期は見そこねている。
周延は「最後の浮世絵師」の一人。彼が死んでほんとうに浮世絵師は稼業として成り立たなくなった。
今年は没後百年、明治45年か。

旧幕時代は師匠の豊原国周と合作したのが展示されているが、ここは国芳系統ではなく、国貞系統。
師匠の国周は役者や美人画の大首絵で、明治の世に最後の光芒を見せた。

三世澤村田之助の児雷也ノおゆき・四世市村家橘の大蛇丸のたつ 慶応三年(1867) 鯔背な二人!!役者絵はやはりこうして観る者をゾワゾワさせなければならない。
三世田之助には以前随分ハマッた。杉本苑子「女形の歯」、皆川博子「花闇」、南條範夫「三世田之助 小よし聞書」、舟橋聖一「田之助紅」や、矢田挿雲の田之助について書いたものも読んだりした。
これを観ながら当時の田之助への熱狂ぶりを想う。

明治十年の西南の役に取材した作品は他の絵師にも多く見られる。
鹿児島暴徒追討記 三枚続。村田の血塗れの赤がナマナマしい。
奇星之実説西郷隆盛 いわゆる「西郷星」が描かれている。これは実は火星大接近だったとか。
他にも西郷と妾の別れの場や、戦場の絵がある。
言えば十年ぶりの内乱なのである。
当時の人々の関心の高さが伝わる。

上野の不忍池の周囲を巡る競馬が明治17年開催された。
その競馬図。景気づけに打ち上げ花火がバッと開いて、上からいろんなものが降ってくる。たこ、鶴、牛、福助、虎、だるま、傘を差した西洋婦人(メアリ・ポピンズのようだ)などなど。周り方は絵と実際とは逆。見る前に描いたそうだ。

チャリネ/大曲馬御遊覧ノ図 サーカス天覧。洋装の女官たち。高貴な人々もこうして明治の浮世絵に現れる。

周延は明治天皇と皇后そして女官たち高貴な階級をよく描いた。

高貴納涼図 洋装と洋館、そして和の秋草と。面白い。描かれているのは明治天皇なのだが、どこか田舎源氏を思わせる華やかさがある。
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明治美人図を色々眺める。このあたりはわたしが浮世絵にのめりこみ始めた頃に比較的たくさん見ている。懐かしい再会である。
また、2009年には「帰って来た浮世絵CHIKANOBU スクリップス大学コレクション展」を国際基督教大学湯浅記念館で見ているが、あのとき以来のものも多い。

幻燈写心競シリーズ、真美人しりーずなどなど。
この中でも「女学生」を見ると、男装して世に出た女学生が後に盗賊になる、という明治の芝居を思い出す。
名勝美人図はビラのようで面白い。
また「美人囲碁之図」は摺が非常に凝っていた。銀摺りが残っているのがきれい。

ここに出ている中では一番終盤の明治38年の「幼稚苑」1~12月の連作はたいへん可愛くてよかった。「はつ午」「ひなまつり」「廻り灯篭」「えびす鯛」などは元からの和の風俗だが、「わんわん」と遊ぶ子はセーラー服の男児なのだった。
西洋の幼稚園が日本にも広がっていた時代。

明治は遠くなりにけり、どころか昭和も遠くなりにけりだが、百年後の今こうして眺めることが出来るのは喜ばしい。
10/28まで。
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コメント
No title
印籠ならぬ、葵の御紋の札が前のナンバープレートの上についた
黒いロールスロイスと自宅付近の道で遭遇したことあります。
ビックリしてこっちの車を止めて離合を待ったのですが、
すれ違いざまに穏やかなおぢさんの運転手がこちらに頭を下げて丁寧なので
おやっ!?と思っていると、後ろには高齢のお坊さんが乗っていました。
あ、ヤクザじゃなかったんだ、知恩院か?と苦笑しました。

サントリー美術館の「お伽草子」展といい、これら浮世絵の展覧会といい、
いいですね!
蝦蟇が茶を点てているのは、茶釜ですか?
2012/10/24(水) 19:09 | URL | とんぼ #uaIRrcRw[ 編集]
No title
あ、本文中に茶釜とありました。失礼しました。
2012/10/24(水) 19:13 | URL | とんぼ #uaIRrcRw[ 編集]
☆とんぼさん こんばんは

江戸のヒトの感性にはびっくりさせられます。
いや~~面白かったです。
2012/10/24(水) 23:41 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
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