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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

大正・昭和のグラフィックデザイン 小村雪岱

ニューオータニ美術館で小村雪岱の展覧会が開かれている。
近年はしばしば雪岱の展覧会も開かれるようになり、資料もよく集まるようになったが、'90年代初頭は本当に見たくとも見れない絵師だった。
わたしがブログを書くようになってからだけでも4つ5つの展覧会が開かれているのだから、本当に随分世に広まってきた。

以前、「鏡花本」について書いたことがある。そのときに当然雪岱のことも挙げた。
あそこにわたしの「鏡花本とその周辺」への酷愛と遍歴を書いているので、よろしければお読みください。
こちらから

さて「大正・昭和のグラフィックデザイン」という副題があるとおり、最初に出てくるのは本の装丁。
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第一章 泉鏡花との出会い 花開く才能
雪岱の随筆集「日本橋檜物町」に「泉鏡花先生のこと」がある。
そこに鏡花との出会いや交流について書かれている。
その部分だけは青空文庫で読める。

独立したガラスケースが整然と立ち並んでいる中に、美麗な本が置かれていた。
一つ一つ独立したボックスの中の本、そのガラス自体がひとつの宇宙となり、非常に華やかな広がりをみせている。

日本橋、遊里集、愛染集、由縁文庫、紅梅集、芍薬の歌…
濃やかな美貌を見せる本たち。シャープな線描と独特の配色で拵えられた、文章の着物。

雪岱の美意識を高く評価したのは同じ画家の鏑木清方だった。
かれは自分の随筆集「銀砂子」の装丁を雪岱に依頼する。
「銀砂子」は文章と装丁の沿う、流麗な美しい本だった。

鏡花を愛する人々で構成された「九九九会」のメンバーには三人の作家がいた。
二人は小説家、一人は随筆と評論を専らにした。

久保田万太郎の「駒形より」は薄ぼんやりと蔵並びが映るのがいい。
久保田は下町育ちの江戸っ子だが、案外ハイカラこのみなところがある人で、ベタな和風は大嫌いだったらしいが、その一方で雪岱のシャープな和風には深く心惹かれていたそうだ。俳人でもある久保田は句集もあるが、そちらはどうだったか。

里見弴との関係も深い。雪岱最初の挿絵の仕事は里見弴の「多情仏心」だった。
ただし後のシャープな線描のそれではなく、コンテで描いたもので、ここから大きく画風が変るのだった。
ぼあ~としたもので、やっぱり後の作風がいい。
とはいえ、これはこれで悪くはない。
わたしは泉鏡花への酷愛からその周囲への偏愛が始まり、20歳そこそこの頃から里見弴の本も古書店で集められるだけ集め続けている。
ただ残念なことに戦前の本は「若き日の旅」以外は手に入れられず、雪岱の美しさ装丁とは無縁なままきている。

「多情仏心」「縁談窶」「大道無門」「山手暮色」などなど。
ああ、手元にある本をもう一度開いて文章を追いながら、雪岱の手を想いたい…。

水上瀧太郎の本も多い。かれは明治生命の創業者の息子で、鏡花を物心ともども支えた。
名前も「風流線」の水上規矩夫と「黒百合」の瀧太郎から採っている。
どちらも明治の鏡花の傑作である。
かれは慶応の出で「三田文学」に長く文芸評論を書き続けた。また随筆も多い。
わたしは文庫版の「貝殻追放」を持っているが、やはりそれには雪岱の名残もない。
ここにある「海上日記」「貝殻追放」「月光集」の美しい装丁を見てはため息をつく。

九九九会には法曹界の人・三宅正太郎もいた。かれは判事として活躍し、幾冊かの随筆を残している。「法官夜話」「嘘の行方」(いいタイトルだ…)これらの装丁も雪岱。

雪岱の意匠による紅梅図着物と帯があった。
黒に裾だけが鶯色で梅が描かれている。帯には鏡花の賛もある。
「鴛鴦や 雪に柳を すらすらと」
鏡花と雪岱のコラボは他にもある。「日本橋」の芝居を記念して、かれらと花柳章太郎とで絵馬があるそうだが、実物はおろか写真も見ていない…もうないのだろうか。

金子國義の所蔵品がでている。
金子自身へのときめきも大きい。その彼が蒐集した雪岱の絵…
二重のときめきがある。
「星祭」と「茄子」 どちらも静かに優美。

第二章 舞台とのかかわり 戯曲本と舞台装置原画
雪岱は六代目菊五郎の要請を受け、多くの舞台装置を拵えた。映画のセットも拵えている。
たとえば谷崎「春琴抄」を映画化したときは、大阪の商家の佇まいがわからないということで、船場道修町の商家を訪ねてもいる。
彼は小江戸・川越に育ち、日本橋檜物町で人になったのである。
たしかに大阪と東京とでは建物は全く拵えが違う。
台所ひとつにしても違う。
「忙しいがでかけた」と雪岱は随筆に書いている。

真山青果、松居松翁、長谷川伸、木村富子ら劇作家たちの本がある。
中でも長谷川伸の戯曲は六代目が好んで上演したので、型も出来た。
岡本綺堂全集の12巻もある。
いずれも繊細な美しさに満ちている。

今なお長谷川伸・岡本綺堂の作品はしばしば上演され続けているが、大正から昭和初期の劇界は非常に豊饒だ。

彼らの戯曲の舞台化のための装置原画がある。
雪岱の仕事は丁寧で、今なおその装置を基にした舞台が繰り返されている。
いちばん人気なのはやはり長谷川伸「一本刀土俵入」である。序幕第一場「取手の宿 安孫子屋の前」はその原画を見ただけであのざわざわ感がよみがえってくる。
菊の鉢が置かれ、二階の雨戸の絵は日に波。
わたしは吉右衛門丈、前進座の梅之助丈らの駒形茂兵衛をみている。
そういえば今現在、小林まことが長谷川伸劇場としてこの「一本刀」を連載しているが、あの背景はもしかすると雪岱のこしらえた舞台装置を使っているかもしれない・・・

「半七捕物帳 人形づかひ」の舞台装置原画もある。
半七も六代目はしばしば舞台に乗せた。
わたしは原作をよく読むが、江戸への郷愁に満ちたいい作品である。

前述の「春琴抄」の映画「お琴と佐助」の脚本集もある。
モノクロ映画だからこそ陰影をたいせつにしなくてはならない。雪岱は大阪でそれを見出したのだろう。

なお、唯一の弟子・山本武夫の展覧会を以前目黒区美術館でみたが、師匠の衣鉢をよく継いだ仕事をしていて、そこでもやはりみごとな舞台装置原画があった。

第三章 挿絵 共鳴する画文
ここではモノクロの美を堪能する。

なんと言うてもやはり、邦枝完二の文に雪岱の画のコンビがいちばん光っている。
「おせん」「お傳地獄」、この二つは挿絵界の金字塔である。

二年前わたしは名古屋市博物館の展覧会をみた後、グランドフロアで開催されていた古書市をのぞいたとき、昭和37年に二版を出した「小村雪岱画譜」をみつけた。
中には雪岱の挿絵が非常に大量に納められていた。
偶然な入手だったが、心臓が躍った。
もうこんな凄い偶然は滅多にないので、本当に嬉しかった。
開くと、ここにある挿絵がいくつも納められている。

田中屋コレクションから「おせん」が出ているが、田中屋は川越にあり、一度訪ねたことがある。
そのとき川越市美術館「小村雪岱展」で見たのがそれ。
見事なコレクションだった。


「お傳地獄」の挿絵のうち、耽美の極みとも言うべきは、お傳が背に彫り物を入れているシーンと、真っ黒な川の中に女の太股が流れて行くシーンである。
一目見ただけで永遠に記憶に刻まれる、たぐいまれな情景である。

下母澤寛「突っかけ侍」がある。この挿絵は以前雑誌「サライ」で紹介されているが、ここにあるのはまた別シーン。
「突っかけ侍」は父の蔵書だが、昭和40年版なので当然挿絵はない。長らく読まないままだったが、「サライ」で挿絵を見て読む気になり、読み始めたらあまりに面白すぎて一気読みした。かなり長かったが、本当に面白い。
これで雪岱の挿絵があれば面白さが倍増するだろうに・・・本の前に立つ度そう思う。

挿絵はやはり「どんな話なのだろう」とそそらせる力がなくてはならない。
現に私は「突っかけ侍」の挿絵を見て、それで本を読む気になったのだ。
ときめかせる力がなくては挿絵ではない。
同時代の他の挿絵画家たちの作品のいずれもが、そうした魅力を持っている。
それは何十年経とうと変わらない。風俗や流行が変移したとしても。
だからわたしはいつまでも大正から昭和戦前の挿絵を深く深く愛してしまうのだ。

追記:とらさんが「突っかけ侍」の挿絵についての詳細な記事を挙げられた
それを紹介したい。

特集 装幀の妙
ほかの作家の作品や先の鏡花、久保田らの集めきれなかった作品を列べている。

長田幹彦「祇園夜話」 長田幹彦の祇園ものや情話ものといえば竹久夢二の装幀を思い出すが、雪岱も携わっていたのは知らなかった。「夜の鳥」「続雪の夜がたり」などなど・・・

ほかにも吉井勇「麻の葉集」、村松梢風「情話集」などなど夢二がやりそうな本の装幀をしている。

大佛次郎「怪談その他」「鼠小僧次郎吉」、なんだかときめきが沸き立ってくる。

内田誠「水中亭雑記」 これは戸板康二の随筆によく現れる明治製菓の戦前の広報雑誌「スヰーツ」編集長でカバとあだ名のあった人の随筆。カバだから水中亭のシャレ。
なんだか嬉しくなる。

びっくりしたのは村松の「残菊物語」と城昌幸「若様侍捕物帳」の装幀。え゛っと思った。
こちらも担当していたとは・・・!!

あとはわかもと本舗の販促のうちわや木版の「見立寒山拾得」などなど。

いいものを見たあとショップをのぞくと、便利堂さんから出た素敵なブックカバーが見えた。すでにツイッターで見ていた鏡花の「龍蜂集」装丁からデザインしたもの。
そして凄い物をみた。
黄色いTシャツなのたが、それは金子プロデュースで、絵柄は「お傳地獄」。
息が止まりそうになった。

展覧会は11/25まで。
また見にゆこうと思っている。
ところで他で見た展覧会の感想を以下にあげる。

小村雪岱の世界 清水三年坂美術館

小村雪岱とその時代 埼玉近代美術館

資生堂アートハウスでの小村雪岱展

なおこちらは先般なくなった丸谷才一の選んだ「花柳小説名作選」。
表紙に雪岱の絵を使うている。
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辻原登によれば、丸谷はその第二弾を出す予定があったとかなかったとか。
そのときにはまた雪岱の絵を表紙に使うているかも、とわたしは勝手にかんがえている。
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コメント
No title
昨夜偶然にも青空文庫で「おせん」を読んだばかりです。
何かで小村雪岱の挿絵を見たことがあったので。
テキスト自体は弱いものですが、雪岱の挿絵や装丁だと、雰囲気もずいぶんと
変わるんでしょうねえ。

*「風流線」は不思議な長編小説ですね。版による異同は知りませんでした。
破綻するんじゃないかとヒヤヒヤしたり、でも今もなお斬新なのは驚くばかりです。
2012/10/25(木) 23:51 | URL | とんぼ #uaIRrcRw[ 編集]
No title
ご無沙汰しております。twitterで遊んでいただいていたelskerkakeです。雪岱と泉鏡花の「日本橋」を記念した絵馬の件ですが、2006年に平凡社ライブラリーから出た『日本橋檜物町』の口絵に出ている奉納額がそれではないでしょうか? この本には花柳章太郎の文章も掲載されていて、そこには『日本橋』再演を記念して雪岱に奉納額にお千世の絵を描いてもらい、泉鏡花に賛を貰って西河岸のお地蔵様に収めた、というくだりが出て参ります。この平凡社ライブラリー版は今でも普通に入手出来ますので、ご覧になれるかと。ご参考まで…。
2012/10/26(金) 01:17 | URL | elskerkake #JalddpaA[ 編集]
☆とんぼさん こんばんは

そうですか、青空に入ってますか。まだわたしは読んでないんですよ。
前に挿絵展で話の筋は見ましたが、いかにも昔な話でしたね。


> *「風流線」は不思議な長編小説ですね。版による異同は知りませんでした。
> 破綻するんじゃないかとヒヤヒヤしたり、でも今もなお斬新なのは驚くばかりです。

風流線を読んでから水滸伝を読んだんですが、はまりましたよ~~
93年。あれは非常にときめきました。
いい作品です。今もとても好きです、どちらも。
2012/10/30(火) 17:20 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
おくれてごめんなさい
☆elskerkakeさん こんにちは

偶然なのでしょうが、最近どうなさったのかなと思ってました。お仕事がこんでるのかなとか。
お元気そうで何よりです。

> 雪岱と泉鏡花の「日本橋」を記念した絵馬の件ですが、2006年に平凡社ライブラリーから出た『日本橋檜物町』の口絵に出ている奉納額がそれではないでしょうか? この本には花柳章太郎の文章も掲載されていて、そこには『日本橋』再演を記念して雪岱に奉納額にお千世の絵を描いてもらい、泉鏡花に賛を貰って西河岸のお地蔵様に収めた、というくだりが出て参ります。この平凡社ライブラリー版は今でも普通に入手出来ますので、ご覧になれるかと。ご参考まで…。

平凡社版ですか!そうなんだ、わたしは中公文庫のを持ってるんですが、平凡社のは見てませんでした。
ありがとうございます、早速見てみます。
それにしてもやはり雪岱はいいですね、つくづく「玄人の良さ」というものを感じました。
2012/10/31(水) 09:07 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
No title
色々思うところあってtwitterを一度止めることにしたので姿がなかったんです。今はFacebookくらいです。小村雪岱展、私もやっと今日行かれました。いいですねえ。あの着物と帯。多分お正月用だろうな、と思ってみてたんですが、どんな美人が着たのかしらと想像しちゃいましたよ。舞台装置の絵も緻密で凄かったですし、なんといってもあの装丁を担当した本の数々。読んでみたいものが色々あって探してしまいそうです。内田水中亭氏の本、初めてみました。お名前は戸板康二さんの本でいつもお目にかかっていたのですが。思えば戸板氏が若い時からその謦咳に接してきた人達は泉鏡花を中心とするサークルと被っていたんですね。遠い昔のように思えても明治・大正・昭和初期って実は地続きの時代なんだよな、とこういう時感じます。また遊びに来ます〜
2012/11/04(日) 22:41 | URL | elskerkake #JalddpaA[ 編集]
☆elskerkakeさん こんにちは
FBは画像置き場に使う予定で、たぶんわたしは無縁なままです。
ツイッターとこのブログで手一杯と言う事情もあったり・・・

> 内田水中亭氏の本、初めてみました。お名前は戸板康二さんの本でいつもお目にかかっていたのですが。

わたしもです。戸板さんの本を読んでいると、その時代の人々がリアルに感じられて、こちらもその端っこにいるような気になります。
そしておっしゃるとおり、戸板さんの人の輪と鏡花周辺が微妙に絡むのがまた面白いんですよね。
師匠の折口がまた鏡花ファンだというの素敵で。

またおいでくださいね。
2012/11/05(月) 16:47 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
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