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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

対象からの誘惑 石本正新作展

中信美術館は近年、石本正の新作展を毎年開催している。
わたしは活躍中の現代日本画の大家のうち、石本正と上村淳之のお二人の新作は、本当にいつもいつも楽しみにしている。
石本正の世界は常に進化を続けていて、それがどの方向へ向かっているかは、わからない。
興が乗ればそこに足踏みもし、不意に後ろ向きにトントンとステップするような感じもある。
見続けているものは、石本正の華麗なステップに振り回され、それを愉しむ。

長い間ふくよかな胸の女性を描いていた石本正が、近年はややスキニーな身体を描くようになった。
近年の職業モデルの体型の変化によるものなのか、画家の趣味なのかは知らない。
92になり、いよいよ豊饒でありつづける。
そしてここにあるのは全て2012年の作品なのだった。

ぼっこう アンコウが大口を開けて小さな魚を飲み込もうとする。凄い口。始まりの絵がこのアンコウというのは、面白い。石本正に飲み込まれるわたしたち、そんな意図があるのかもしれない。

富美代のれんに立つ豊千代 舞妓さんが幸福そうな微笑を浮かべながら暖簾の外に立つ。
昔の石本正の舞妓は豊かな胸をあらわにしつつ、含羞と挑発の色とを見せていた。
近年の石本正の舞妓たちは衣裳を崩すことはない。
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どういうわけか、石本正はケイトウが好きだ。
赤く燃えるようなあの花の色に惹かれるのだろうか。
わたしはトリが苦手なので、この花も好まない。
しかし石本正が楽しく描くのなら、やはりファンとして眺めなくてはならない。
とはいえ、わたしは目を半開きにして、焦点をずらしながら見るのだが。
ここにも一つ二つでない、赤い忌々しい花が咲いている。

睡蓮 水の濁りが感じられる。汚れではないが、濁り。睡蓮は澄んだ水から身を退かせるのだろうか。石本正の目と手は池の濁りをも優しく表現する。

ヒトなのかヒトでないのかわからない娘たちが現れる。

幡竜湖娘の祈り 近年この一面六臂で下半身が龍蛇の娘がよく画面に現れる。
赤い小さな金魚のような魚たちと一緒にいる、穏やかな水の世界。娘が何を祈っているのかはわからない。しかしその指の動きを追うと、娘の真摯な想いが伝わってくるようだった。
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カッチョ乙女幡竜湖に立つ こちらも同じシリーズの娘。

泥酔の幡竜湖娘 緋襦袢を乱して、娘が倒れている。豊かな胸があらわになり、脛も二の腕も投げ出されている。その胸の頂点には釦を思わせる小さな突起がある。口に含んでみたくなる、そんな魅力がある。

二人 彼氏に寄り添う若い女。かつての石本正の描いたふくよかさは失われ、細い肉体がそこにある。下着の線の痕がくっきり残る。ちいさなおしりに、長すぎる足。
青年は娘の顔をみつめているが、娘はこの青年を抱いたことに喜び、目はずっと遠くへ向けられていた。どんな状況での「二人」を描いているのか。
石本正はこの娘の視線の先にいるのかもしれない。
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黒朱鷺 ちょっと凶悪そうである。

朱鷺湖畔に遊ぶ これが朱鷺色なのかどうかは別にして。

コンドルの連作がある。
コンドル出合い 雄が大きな翼を広げて雌にアピールしている。
コンドル相愛 仲良くなったらしいが、この荒地で二羽はどう住み暮らすのだろう。
こんなにもコワモテな鳥たちだが、しかし愛情は深いのである。そのことが絵の中から伝わってくる。

鷹 仲良く見詰め合う鷹。この鷹ップルは深くみつめあい、世界の外のことに関知しない。
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鷹やコンドルといった猛禽類の愛情をこのように慈しみ深く描く。
石本正の世界はどこまでも深化し、そして広がり続けてゆくのだ。

12/16まで。無料であることのありがたさを感じる・・・
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