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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

武家の古都・鎌倉 3館連携特別展 

三館合同企画というものは面白い。
性質の異なるミュージアム同士の連携が、他者であるわたしにも楽しくて仕方ない。
内側の忙しさと高揚感とを想像しつつ、わたしも出かけた。

まず金沢文庫へ。
「鎌倉興隆―金沢文庫とその時代」
わたしは「金沢文庫」が地名なのか固有名詞なのか子どもの頃ずっとわからなくて困っていた。
今は地名であり固有名詞であり、ということを理解しているが、随分長い間わからないままだった。
その金沢文庫が成立した頃の資料などを集めた展示らしいが、解説を読んでビックリした。
・・・案外あいまいというか、あまりはっきりしていないようだ、その成立過程とか色々。
こうして何百年も経った今だといよいよわからない。それもまた興味深く思う。

金沢文庫があるのは称名寺の境内である。
作品の大半はその称名寺から、そして鎌倉の円覚寺、佐倉の歴博などの所蔵品である。
zen876.jpg

一遍聖絵 巻5 こぶくろ坂で一遍一行と出会う北条時宗。桜の時期。
・・・時宗の一遍と、執権の時宗。

北条氏の肖像画が続く。
中でも惹かれたのは、北条実時である。眉はやや細いがキリッとした顔立ち。
これはいいなと思っていたら、やはり世評も高く、国宝でした。

青磁花瓶がある。見るからに釉薬の濃くかかる元代のもの。
この時代の青磁の濃さは魅力的だ。
実際に使用されていた、というのもいい。死蔵するのもいいが使うこともいい。

玉簾 驚くくらい精妙なのだが、それは細いガラスの管を延々と繋ぎ合わせた簾なのだった。鉛ガラスらしい。技術の高さに感心する。

玉華鬘 こちらは棗形の数珠繋ぎ。類例は他にないそうだ。

非常に面白い日本地図を見た。
なんかもう妙にもこもこ丸い。大雑把。変な喩えだが、某国の某教会の修復?されたキリストの絵を思い出した。毛皮を着たサルと評されたあれね。

こんな地図を拵えながらも船に乗って蒙古兵と戦ったのか・・・

その蒙古襲来絵図の模本があるが、これはよく知られているそれとは異本らしい。
絵はなく文章だけになっている。

千葉の観福寺というお寺から来た懸け仏がいくつか。長らく拝まれていたのだろう。
黒光りしている。

白氏文集がある。ちょっと読めないのが残念。

たまきはる(建春門院中納言日記) 藤原定家の姉・健御前と呼ばれるヒトが建春門院に仕えていた頃の回想録。解説によると、中身は衣裳のことや行事のことがメインらしい。

法曹類林 元は信西の書いたもので、その再現品。やっぱり「平家物語」のドラマや絵巻を見ていると、ヴィジュアルが勝手に浮かんでくる・・・

春秋暦、卜筮書なども見に行った10日から出ていて、興味深く思った。
中身がもっとよくわかればいいのだが、残念。

観音・勢至菩薩立像 称名寺蔵。とても綺麗な二人。前屈みの像。足も片足ずつ踏み出している。ご本尊はもう随分前から不在。

南北朝の頃の一遍上人像がある。眉が濃く裸足と言うのが、決まりらしい。

面白く眺めて、鎌倉時代のことも少し学んだように思う。12/2まで。

鎌倉国宝館の「古都鎌倉と武家文化」を見る。
こちらでは武家の信仰とそのカタチをあらわにする。
鎌倉の寺宝を中心にした展示である。

鎌倉・常楽寺の阿弥陀如来及び両脇侍像(仁治3年=1242)の美しさに惹かれる。
こちらの観音と勢至菩薩もまた前屈気味である。鎌倉の脇侍たちはそのように見るものに踏み込んできてくれるのか。

十二神将・戌神 朝祐作 目のギョロリとした、かっこいいコワモテ像である。室町時代。

鎌倉時代は宋文化の影響も受けている。
神像を中心にしたものが並ぶ。

初江王座像 幸有作 建長3年(1251) ガラスの目玉がはめ込まれ、コワモテ度が一層上がる。
手の動きを見ると、巻物を開いていたようだが、もう既にそれは失われている。

勢至菩薩座像 手に蓮をもった菩薩がこちらをやや見下ろすように座している。たいへん優美な像。

伽藍神座像 建長寺蔵。目玉はガラス。ぐりっとした目玉。顎はすごいエラである。しかもどうやら元は植毛されていたようだ。道教を禅が取り込み、こうした像にする。

観音菩薩遊戯座像 遊戯というてもふざけてたり・躍ったりするわけではなく、くつろぐ様のことを言うそうだ。
確かにくつろいでいる。そののびやかさが優しい。

韋駄天立像 浄智寺蔵。やや小振りな像。拝む手。目は開いている。動きの感じる像。

仏画を見る。
白衣観音像 元代 美麗。くつろぎポーズ。やや下には善財童子もいる。色の残りも美しい。

東征伝絵巻 巻四 蓮行 珍しく唐招堤寺から来ていると思ったら、鑑真和上の一代記だった。諸国巡礼などの場。

浄土五祖絵伝 僧たちの中にたまに可愛い青年もいる。武家の中にもそう。そんなのを探すのが楽しい。

浄土五祖絵(善導巻) 竜虎に追われるヒトもいるが、阿弥陀からの花と光のお迎えもある。花降る中、子供らが嬉しそうに花を集める。
法然の展覧会の時にも見たもののように思う。

ところで、関東の方のさる天神社の説明に日本三大天神のとあるが、北野・太宰府はともかくとして三つ目になぜ「菅公が行ってもいない地」の天神社が選ばれるのか。勧請して大規模に祀ったからだ、というのが理由なのか。
時々こんなのを見る度に、わたしは困ってしまう。

鎌倉武士の座像をみる。いずれもエラソーな足元である。
なんだこれは。zen878.jpg
袴の形と座り方によるためのものか、びっくりするような腿から足首の楕円形のふくらみである。

幕末の源平合戦図がある。嘉永6年(1853) 一つの画面に様々なシーンを描きこんでいる。
熊谷と敦盛、与一など。異時同時図ではなく、微妙な時間のずれもあるが、むしろ同時多発図。

男衾三郎絵詞 東博から来ていた。久しぶり。
兄弟がそれぞれの妻といる図が出ていた。
今ならちりちりアフロも個性だが、大昔ではいやな目で見られたのだ。その辺りの神経がちょっとねえ・・・

面白いものをたくさん見てから次へ向かう。

今度は神奈川県立歴史博物館「再発見!鎌倉の中世」。
受付で三館すべて通ったということでクリアーファイルをもらった。ありがとうございます。
zen877.jpg

ホールへ入ると、右手に△○□の石塔が随分たくさん集められてい、左手に瓦の拓本がずらずら並んでいた。
なかなかそそられる光景である。

源平合戦図の複製がある。原本は鎌倉時代のもの。首を切ってくる奴もいれば、一の谷を落ちてゆく馬の姿もある。
様々な情景が詰め込まれていた。

刀装具や馬具、弓具などの武器類が多いが、出土した青磁のかけらが非常に面白かった。
これら陶片を見ていると、往事の人々の様子を思わせ、とても興味深い。

人骨もあった。戦争または闘争などでの他殺による死を遂げた頭蓋骨がいくつか。材木座遺跡から出土したそうだ。
ああ、人間の生まれ方は数少ないが、死に方は無限にあるものだ、「武士の時代」の意味を深く想う。

一遍上人に由来する絵巻もある。歩いて渡る江ノ島などが描かれていた。

さいころ、将棋、双六など遊具がある一方、呪符や形代などもある。
生活にはなにが必要でなにが不要なのか、この時代の人々の残したものからはわからないものもある。

資料をたくさん見せてもらい、勉強させてもらった。
三つともそれぞれの個性を見せる、興味深い内容だった。
いずれも12/2まで。
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