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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

没後120年 月岡芳年

没後120年 月岡芳年 二ヶ月にわたって楽しませてもらった。
前後期ともに出かけたので、その感想を挙げる。
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芳年は'90年代初頭にちょっとしたブームがきていた。
今思えば没後百年だったのだ。
そのころに大丸ミュージアム、DO!FAMILY美術館などで芳年の回顧展を見ている。
国芳の弟子たちの中でも特に素晴らしい作品を残しているが、旧幕時代と明治半ばとでは大きく作風を変えている、というのを今回の展覧会で改めて思い知る。

第一章 国芳一門としての若き日々
師匠の国芳が武者絵で大ブレークしたので、弟子たちもその方面の作品が多い。
源平の話、組打ちもの、西遊記もの、連作の和漢百物語と美勇水滸伝、それに稗史から材を得たものなどがある。

那智山之大滝にて荒行図 滝に打たれる文覚を真正面から捉える。滝の水しぶきがまるで洗剤の泡ブクブクになったようだ。グッッと力をため込んだ文覚の覚悟が伝わってくる一枚。

桃太郎豆まき之図 これはその前日に神奈川県立歴史博物館の展示でも見ている。かわいい金太郎の働き。

通俗西遊記 連作四点を二期に分けて展示。
孫悟空だけでなく敵の混世魔王、羅刹女、敵ではない二郎真君が九頭駙馬を射ぬく場などがある。
動きのあるこんな連作を見ていれば、全編を読み通したくなる。
文芸性のある絵には、そうした二次的なものを望みたくなる力がある。

和漢百物語は慶応元年の作だが、不穏さがにじむところが魅力的だった。
「華陽夫人」などはそのまま無惨絵でもあるし、「小野川喜三郎」は化け物絵、「下部筆助」は滝の中に女が浮かび上がっているが、これは文を読むとどうやら「箱根権現」の初花らしいから、芝居絵。
分類する必要はないのだが、そんな風に思うのも面白い。

役者絵もある。同時代の同じ浮世絵師・豊原国周は幕末から明治の役者絵で大活躍したが、それとはまた別な個性がある。田之助はさすがにいいが、しかし総じて役者絵は国周の方がいい。

美勇水滸伝は本朝の歴史・稗史からピックアップしたキャラたちを描いたシリーズ。
大蛇丸、天狗小僧霧太郎、武蔵、平良門と黒雲皇子など。
それがまた目録に序文に袋まで一緒に展示されているから、ちょっとしたカードゲームにも見える。
かっこいいキャラたち。

第二章 幕末の混迷と血みどろ絵の流行
兄弟弟子・落合芳幾と共に手がけた連作「英名二十八衆句」の芳年の担当したものがでている。
これは仮名垣魯文の文章がついている。

「妲妃のお百」ではたとえばこんな文がつく。
「玄界灘の乗り切りは年浪よる大晦。春に打ち越す宝船。利益は深き欲の海・・・」
いいなあ。お百は悪婆(あくば=悪女ではあるが、自らの信条や恋人等を守るために動く女)として名高いが、近年は彼女の芝居は先般亡くなった沢村宗十郎が自分の勉強会で上演したくらい。幕末頃は人気のある演目だった。

「団七九郎兵衛」は長町裏の殺し場。ゾクゾクする。
「福岡貢」「古手屋八郎兵衛」らもいちばんの見せ場であるコロシを見せびらかしている。文楽でも歌舞伎でも特別人気のある場面である。
ちょっと長くなるが八郎兵衛の文章を写す。
「鰻谷の心を今世に唱う。浪花にあらず江戸前の竪川、北の猫茶屋に三年馴染みし猫の妻。しばしば通う猫足に・・・・・・・」猫尽くしの文だが、ちょっと拵えすぎ。

わたしは「直助権兵衛」の顔剥ぎ絵がなかなか好きなので、今回もじっくりと見入った。
ヒトの顔の皮を剥ぎ取る姿。
無惨絵はやはりここまで来ないといけない。

「笠森お仙」は義父に殺されるお仙の無惨な逃げまどう姿を描いているが、着物だけでなく足にも義父の血塗れの手形がついている。それがいよいよ無惨さを募る。

東錦浮世稿談は慶応三年、いよいよ幕末も幕末の頃にでた連作。
ここでは「向疵与三 蝙蝠安」が特に良かった。与三郎が蝙蝠安を殺す場。蝙蝠安をバスバスに斬りつけたおし、安はもう失血多量で青くなってフラフラ。

最近は芝居でも無惨なものがなくなったが、時代が時代だけに世相もわるく、無惨なものが人に好まれたのだった。
わたしなんぞは世相関わりなく好きではあるが。
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「箱王丸 八幡七郎」箱王は後の曾我五郎時致。無邪気な稚児姿で軽く殺人。殺される方の目はモノスゴイ血走りである。

明治になった。とはいえ明治初は平安の年ではない。
「豪傑水滸伝」シリーズでは「九紋龍史進」が素晴らしい。
師匠国芳の史進も名品だが、この芳年のもそれに劣らない。
史進が刺青を入れている最中を描いている。
雪のように白い肌を青い絵が侵してゆく・・・
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わたしは学生の頃に国芳の水滸伝の好漢たちを見て、そこから水滸伝を読むようになった。
最初に読んだのは村上知行抄訳・井上洋介挿絵のもの、ついで120回本をまるごと駒田信二が翻訳した平凡社版。
岩波の吉川幸次郎の翻訳よりいい。
水滸伝に関しては偏愛が先に立ちすぎるので抑えるが、やはり彼ら好漢を見るだけでときめきが止まらなくなる。

松田修がその著作「刺青・性・死」において、自身の刺青への憧憬と偏愛について深い文章を綴っている。
その中で、刺青を入れたものと、入れぬものとの深い断絶を論じている。
松田修への酷愛は言葉にできないし、するには時間がかかりすぎるので、簡単に書くが、わたしは芳年のこの絵をみたとき、彼の言う「深い断絶」を実感し、なおかつ二つの倒錯した歓びにうちふるえてしまった。

その史進は作中にあるように「雪の膚」を持つ青年であり、その父・史太公が上手のものに依頼して、九つの龍を息子の全身に纏いつかせたのだ。
いま、その現場を目の当たりにしたのだ、わたしは。

肩口には既に青い龍が這い周り、青年の雪の膚を締め付ける。しかし未だ腹には白が活きている。だが、もうそれも間もなく失われるのだ・・・

なんという官能的な絵だろう。
師の国芳の史進は既に「全身を綺羅に飾り」ているが、弟子の芳年の史進はそれを進めている最中なのである。
もし、この場にその史進がいれば、わたしはこの指の腹で盲牌を探るように、青の部分と雪の部分とをまさぐり続けるだろう。自分の指の表面に流れる指紋を、刻まれるべき龍の鱗に見立てながら。


元に戻る。
魁題百撰相シリーズがある。
死ぬ姿を描いたものが多い。切腹して臓物を出すもの、青ざめつつ血を口元に染めるもの、一方で孫市のように絶望的な状況でものを食べる剛のものもいる。

忠臣蔵の連作もあり、男らしい風貌の堀部安兵衛がいた。
「一魁随筆」になるとそろそろ外線に漣が生まれ始める。
山姥と怪童丸だと母の山姥が小手をかざして息子を見守る、という構図をとる。

第三章 新たな活路 新聞と西南戦争
新聞はまだ写真を載せるところまではいってない時代、生き残った浮世絵師たちはこの「報道」の絵で大変な繁盛を見せた。
そしてお江戸のヒト・芳年は彰義隊への同情心と、新政府への非難の心をそっと絵に示す。
伊庭八郎の絵があった。実にカッコイイ。『剣道名誉の達人』と言う紹介文がいい。
実際物凄いオトコマエだったらしい。下母澤寛や池波正太郎の小説にもいい男で登場する。
そしてその恋人が稲本楼の小稲なのだが、あの江戸第一の美人の1人を明治の世に油絵で描くと・・・シャケ以上のとんでもないインパクトが生じ、モデルが泣くというスキャンダルに発展するのは後日の話。

明治の世は今と変わらないところも多い。
ストーカー殺人があったり、元カレのせいで自殺したり、わるいことしかしない女など、てんこ盛りニュース新聞なのだった。

西南戦争はご維新から十年後のことで、まだまだ火種はくすぶっていたのだと改めて世人に知らしめたのだ。
西郷への同情心はかなり高いようで、描かれた西郷はいずれもいい感じ。
それにしても毛深すぎる人の肖像もあったりで、妙にこっそり笑う絵も色々。

第四章 新時代の歴史画 リアリズムと国民教化
ここで歴史画の興隆がくるのはなにも浮世絵に限ったことではなく、大和絵の命脈の人々にも当然あり、「油絵師」と言われた明治初期の洋画家達も例外ではない。

金鵄をつれた神武天皇、クガタチで悪者に勝つ武内大臣、美少年牛若丸と弁慶の闘い、哀れな梅若丸などなどいくらでも絵は出てくる。
明治も10年代になると芳年の絵も相当変わり、牛若や梅若といった少年の睫毛が長くなるのが激しい。

第五章 最後の浮世絵師 江戸への回帰
明治18年ごろから20年代にかけては、相当に面白い作品が生まれている。
悪婆・鬼神のお松がおんぶしてくれたヒトを殺そうとするシーン、村井長庵の弟殺し、土蜘蛛、八百屋お七、鬼童丸の魔術などなど。

再び水滸伝も描く。
浪裡白跳張順が得意の水中へ黒旋風の李逵を引きずり込んで闘うシーンなどは、張順の左右の目の表情の違いが非常に魅力的だった。

清玄堕落の図 これは気の毒ではあるが、やっぱり気持ち悪い。ストーカーとなり、身を落とし、明日も知れぬような状況の中、恋する櫻姫への妄想に絡み取られている。
見るのがイタイような絵。

安達が原 無惨な妊婦逆さ吊りの絵で、下の婆さんの目つきが怖い。
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この絵に感銘を受けた伊藤晴雨が実際自分で実験したくなり、何番目かの奥さんが妊婦になったとき、医者立会いで、この構図を取らせ、撮影をしている。

美人画「風俗三十二相」などはしばしば千葉にも出て親しみがある。
そういえば昭和40年代に出ている浮世絵画集ではこのシリーズが選ばれていた。

芝居絵もいい。明治の役者にハメルのではなく、芳年オリジナル二人の道行き。
物語絵では、八犬伝の「芳流閣」が特にいい。これは今回のチケット。
「月百姿」もいくつか出ている。

そして新形三十六怪撰のシリーズがある。
清玄、清姫、清盛の見る髑髏の怪、牡丹灯篭・・・
明治になり、神経衰弱も一段落こえて、昔のように怖いものを描く。
どれを見てもぞわぞわと・・・いい感じ。

文覚荒行の下絵があった。そこに出てくるセイタカ・コンガラ童子たちの可愛さにドキドキした。
特に美少女として描かれている方。切れ目がちの美しい容貌で、しかも小さくふくらんだ胸もあらわなのだ。相棒と約束があるかもしれないが、そんな無防備でいては危ない・・・

最後に肉筆絵について。
本当は最初に見る絵なのである。
なんと言うても「うぶめ」がよかった。
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しかし実際に蔵の中で幽霊を見たような絵師が描いただけに、たまらない・・・

11/25まで。たいへん良い内容だった。
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