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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

石山寺縁起絵巻の全貌

滋賀県立近代美術館が石山寺縁起絵巻の全巻を公開しているので、電車とバスを乗り継いで出かけた。
全七巻が開かれていた。
少しずつ時代が違うのに気づく。
三巻までは絵は鎌倉時代の1324年頃、詞は南北朝。四巻は絵も詞も室町時代の1497年。五巻は絵は室町初期まで、詞は南北朝。六七は絵は文化二年1805年に谷文晁、詞は明暦元年1655に飛鳥井雅章。
そしてそれは石山寺と松平定信の話し合いによる制作らしい。
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まず最初に、聖武天皇勅願・良弁僧正創建というこの石山寺の歴史を描いている。
・・・東大寺より古いらしい。
聖武天皇が大仏造営には黄金不足だと困り、良弁僧正に金発見を祈るよう命ずる。
良弁僧正の祈祷の甲斐あり陸奥から金塊発見。
この地で寺を拵えるにあたり、良弁僧正は比良明神と折衝する。
水際外交・・・なにしろ水際で談合中。明神の手元にある青磁の壷がいい。
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本尊が離れぬためこの石の上に建てられる石山寺だが、その造営に働く人々がいずれもイキイキしている。蚊まで草刈をし、のこぎりで木を切る。運搬もいそいそ。
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延暦年間、童子らを集めての舞楽が催される。虎柄のベストをつけるものも、その周囲にいる。
宇多天皇が行幸するのを大伴黒主が出迎える。色白な老人である。
小町に難癖をつけたヒトとは思えない。
秋のことで、紅葉が美しい。菊などもよく咲いている。鶴のような鵜もいる。

この寺の重要な人物である淳祐上人の霊験譚もある。
子供の頃「醜陋で愚鈍で」とえらい書かれようである。それが石山寺に参詣して祈願したところ、顔立ちも端正に、そしてなにより賢くなったとか。
「岳湛が美を継ぎ」と詞書にある。
(数時間後に石山寺境内を散策中、不意にそのエピソードを思い出し、「不細工でバカだったのがいきなりそんなオトコマエになってカシコなるなんてホンマかいな」と友人と話しているその背後に、淳祐上人の碑があって、大変焦った。すみませんでした~~~)

参籠する人々、そのおつきたちは外でふざけたりくつろいだり。
長刀をグングングングン回すのもいる。ペン回しする奴は昔からいたというわけだ。
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願い人は大真面目だが、それ以外のものは退屈しのぎに何をしているかしれたものではない。
一方、石山寺に参籠中のその願い人たちには霊夢がある。
老僧から水を膝にかけられたり、口に葉っぱを押し込まれたり、という普通なら怒るだろうというような行為を、人々は吉兆だと看做す。

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町では米を運搬する様子があるが、ザラザラとつまみ食いをする奴もいれば、ふざけてけんかするのもいる。
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商家では飼い猫が顔を見せている。
首輪にひも付きのキジネコ。zen902.jpg

隣家は赤ん坊が裸でハイハイしている。
ネコは江戸時代初期までこういう飼われ方をしていたらしい。

霊験譚は続く。
道綱母、孝標女といった日記文学の担い手たちが参籠しては、石山寺の霊験譚の人にもなる。すがりつけば、必ず石山寺の観世音菩薩は応えてくれる、というエピソードが延々と続く。
紫式部も無論その1人。zen905.jpg


石山寺の霊験あらたかな池、龍穴の前の石に座して、歴海上人が孔雀経を読誦すると、池の中から次々と名を呼ばれたらしき龍の眷属たちが現れる。
そしていずれも真摯なまなざしで上人を取り囲む。
白龍、赤龍、緑龍、蛇冠のもの、龍冠のもの、緑色の鰐男、べろーとしたものなとなどが、マジメに聞き惚れる。
そして聞き終えると、上人をおんぶして山へお送りする。
上人の座した石は今もある、と縁起の詞は締めくくる。
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群衆の中には美少年の牛飼いたちもいて、見つけるのも楽しい。
また立派な貴族と少年とが眼を見交わしあい、少年が頬を赤らめているのは、フジョシ的には楽しい。

道長の姉一行が参籠に来る。豪華な一行である。お湯屋に宿泊する。唐崎の遊女たちがお供したというので、後に遊女たちは衣装をもらえたそうだが、そこまでは絵にはない。

働く牛たち馬たちはなかなか可愛いのがいる。大きな背中に可愛い柄が入っていて、それが時にはくつろいでいるのもご愛嬌。

石山寺は実際に紅葉の名所でもあるので、絵巻のあちこちに秋の景色が描かれている。
黄色赤の楓が綺麗。

石山寺炎上。慌ててこけてるものもいるが、妙に嬉しそうな顔つきでいる。
しかし寺宝を守ろうと仏像や巻物を抱えて走る人々もいる。
そして自ら避難して光を放ち続ける観音像がある。
椿に梅や藤も咲く季節。屋根には白梅の花びらが散る。
大きく炎上する屋根とこちらの無事な屋根の白い小さな花びらとの対比。

国能の妻が参籠し、観世音から金色の宝珠を授かる絵はこれまでにも見てきたが、今回話の流れがやっとつかめた。宝珠を持ち帰る一行。春の山には鹿もいる。
レンコンを持つ人、魚を持つ人らと行き交い、屋敷では大ごちそうが作られる。
台所にはワタリガニの固まりもある。そして牛と馬を飼い、馬のためにはサルも飼われていて、子どもらがサルと遊ぼうとする。立身出世も全て石山寺のおかげ。

後世の模写が多いのは、この話。瀬田で大切な院宣を落とした男が石山寺に参詣し祈ると、宇治橋で見つかるとご託宣が。そこで宇治橋へ行くと、大きな魚の腹から院宣が現れ、安堵するという話。
何枚も模写が出ているが、少しずつ異なるのは絵師の個性か。
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六巻では谷文晁が新規作成していて、戦争シーンを描いている。かなり激しく炎上もし、人もザクザク殺されている。一方で紅葉はきれい。
また、金色の鬼となり死後もお寺を守ろうとする僧の話や、石山寺と縁の深い九条家の邸宅の様子なども描かれ、その襖絵がまたとても綺麗なのだった。
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貧しい娘が身売りをして舟で人買いと共に渡りかけると大嵐になり、娘は石山寺の霊験あらたかにも白馬に救われ、人買いは沈む。岸辺で人々にその話をする娘。やがて母の元へ帰ることが出来た。しかし人買いは損害ではある。
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最後の最後に、欠けてた巻は新たに谷文晁に描かせたと松平定信の詞書がある。
サインは次の通り。「幕府臣白河城主越中守源定信識」

模写も色々あってみて行くのも面白かった。今村紫虹の白描のもある。
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寺宝では他に襷掛銅鐸などが出ていた。

これを見てからその本家本元の石山寺へ向った。
そこでは主に「源氏絵」が展示されていた。土佐光起の作品と、住吉派のものなど。
屏風仕立てや色紙帖など。
中で面白かったのは、土佐派のものか、川の流れの上に巻物や鞠のような形を置き、その中に源氏絵を描いたもの。こういう趣向も楽しい。

滋賀近美は11/25まで、石山寺は11/30まで。
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コメント
絵で見るおはなし
近頃、絵巻の展覧会が多いみたいですね。
絵で物語を見る楽しみを覚えた人が多い
のかな。(私もその1人かも)かつては
美術館に絵巻ものがあっても、一部だけ
公開される程度だったので、続きが
見たいという要望が多くなったのかな~?
2012/11/25(日) 16:44 | URL | えび #-[ 編集]
それが大好き
☆えびさん こんにちは
やっぱり「続きが見たい」という要望も増え、
それで「これは集客も見込める」と!となるとか。
わたしはご存知のように「物語から始まる」絵本育ちで、
「絵だけで構成する」絵本とはけっこう縁遠かったので、
こういう企画がすごく好きです。
2012/11/26(月) 09:50 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
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