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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

ベン・シャーン展

ベン・シャーン展が埼玉近代美術館で開催されていた。1/14まで。
なかなかたどり着けず、とうとうこんな終わった後で感想を挙げようとしている。
ベン・シャーンの絵は社会的なテーマのものが多く、「サッコとバンゼッティ事件」「ドレフュス事件」「第五福竜丸事件」についての作品が特に名高い。
虐げられた人々へのあたたかい視線と、それを強いた・また他者に冤罪を被せた者たちへの批判的なまなざしは、鋭い。

若い頃の作品を初めて見る。
「ベン・シャーン」というパブリック・イメージから遠く離れた画風である。
フランスへ行って勉強もした。しかし、彼はフランスで得るところは何もなかった。
いや、得ることがないということを悟ったこと自体が、収穫だったのかもしれない。

初期の連作ものを見る。「レヴァナとわれらの悲しみの貴婦人たち」という旧約聖書から材を採った作品だが、売れなかった。
1931年に製作された、茶黒と白の水彩画である。一見ルオー「ユビュ王」を髣髴とさせるような連作である。


エステラジー フランスの「ドレフュス事件」の真犯人である。見るからに憎いようなツラつき・態度である。
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ドレフュス事件は大仏次郎も書いていたが、読んでいてもわかりにくいところがある。つまりそれだけ深い陰謀だったようにも思う。

ベン・シャーンの描く細い線での人物像を見ていると、悪者はあくまでも憎たらしいツラツキをしている。
そのあたりはたいへんわかりやすい。

マサチューセッツ州知事、アルビン・フラー ゴルバチョフを思わせる風貌のこの知事は、世界から抗議を受けても死刑執行をさせたヤカラである。

「サッコとバンゼッティ」事件を知ったのは8歳のときだった。誕生日にもらった北川幸比古著「おばけを探険する」に事件の概要が紹介されていたのだ。別に二人がおばけになったのではなく、濡れ衣・冤罪による死、国家権力による圧死として紹介されていたのだ。
(この絵は今回の展覧会には出ていない)nec064.jpg

当時の私はベン・シャーンを知らず、ただ子供心に憤っていただけだった。
やがて中学になり「死刑台のメロディ」という二人の事件を扱った映画を、その主題歌「勝利への讃歌」を通じて知り、そこで改めてベン・シャーンの絵をもう一度みたのだった。

次に「ムーニー事件」が現れた。
トーマス・J・ムーニーは当時アメリカの四大有名人の一人だとある。ルーズヴェルト、リンドバーグ、フォードがほかの三人。大統領と飛行士と自動車会社社長と。
関係ないが、同時代の「J・エドガー」はリンドバーグの子供の誘拐事件を担当した、というのを思い出した。

ここでもあくまでも悪い奴らは悪いツラツキをしている。商工会議所会長、地方検事らのやらしいツラツキ。
正しい証言をする人、目撃者らは決して美男美女ではないがまともな顔つきで描かれている。

写真がある。1932年にベン・シャーン本人が撮ったゼラチン・シルバープリントのNYの風景。セピア色の街と人。
誰が撮ってもこうなる、のではなくベン・シャーンのまなざしが捉えた風景なのだ。

ニューディール政策でベン・シャーンも仕事を受ける。
連邦社会保障ビルのための仕事である。
解説を読んで非常に懐かしくなった。
忘れていた、ニューディール政策・・・

ペンによる挿し絵も多い。
nec067-1.jpg

「名誉ある除隊」など。どちらかといえばわたしはニガテである。
やはりどこか華やぎのあるものがないのは寂しい。

「第五福竜丸」のための挿し絵がある。
いたましく、せつない。

TV番組から生まれた作品群がある。
「ハムレット」。シンプルな構図の、いわば一枚にワンフレーズの絵。狂ったオフィーリアもいたが、ラファエロ前派の美麗な絵とは真逆のもので、実際のところはこんなものかもしれない、と思ってしまった・・・

有名人の肖像が現れた。
原爆投下をさせたトルーマン、最低としか言いようのないゴールドウォーターに至ってはツラツキだけでなくポーズまで悪い。
ガンディーもアクが強すぎるが、悪気はないようだ。
レーニンもまだましだが、毛沢東は・・・
サルトルはいい感じである。カザルスもいい。
マーティン・ルーサー・キング牧師は演説するところを描いているが、暗殺された後の作品である。
フルブライト議員も立派な風情がある。

公民権運動に関わり命を落とした人々を描いた絵のタイトルは「本当に偉大な人たちをわたしは忘れない」だった。

晩年の作品に旧約聖書から得た連作がある。
音楽と人の絵を左に、右には飾りの中に文言。
これはなかなかカラフルで、楽しい。
最後の「キタラを奏でる若者/ハレルヤ」に描かれた青年の横顔はなかなか素敵だった。

最後にリルケの「マルテの手記」をモティーフにしたリトグラフが並んでいた。
「愛に満ちた多くの夜の回想」はチケットやポスターになって、今回の展覧会を世に広めた。
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学生の頃、それなりに政治や権利などについて足りぬアタマで考えていた。そのころのことを思い出した。いい展覧会だった。
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コメント
エミール・ガレ
昨日、東京都庭園美術館でガレの庭展を見ました。その中のガラス工芸品の解説にドレフィス事件の話が出てきました…。ベン・シャーンの絵も思い出しました。
2016/03/16(水) 06:05 | URL | PineWood #MT/AeqfM[ 編集]
ナンシーという場所で

こんにちは
ガレはナンシーという場所で生きたことが人権擁護に目覚めさせたのかと思います。
ベン・シャーンも弱者に対する視点を持ち、公権力を不正に行使する行為を絵で告発しました。
2人とも立派だと思います。
それを作品に投影させ、なおかつ流麗な美を示す…すごいことです。
2016/03/16(水) 09:23 | URL | 遊行 七恵 #-[ 編集]
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