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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

池大雅 胸中の山水

京都文化博物館で池大雅の小さな展覧会が開催されている。
「池大雅 胸中の山水」と題された企画展である。
数年前、苔寺へ特別拝観させてもらった際、ご近所の池大雅美術館へ向かったら閉じていてがっかりしたことがあるが、コレクションはいくらかが京都府の管轄に入ったらしい。
今回のように常設室で企画が立ち、こうして気軽に池大雅展が行われるようになったのは、それはそれで喜ばしい。

最初に池大雅と奥さんの玉瀾との仲良しさんぶりの証拠が現れる。
二人が仲良しだったのは当時から有名で色んなエピソードもあるが、いずれも微笑ましい。
今回は池大雅が玉瀾に絵のお手本としてプレゼントした二点ほどが出ていた。
線のカクカクしたものだが、尖りのないおっとりした空間が描かれている。
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玉瀾はその絵を大切にして、亡くなるまでずっと手元に置いていたそうだ。
つつましい暮らしの中で助け合いながら、楽しく生涯を過ごした二人の、その証でもある。

山水画も色々あるが、池大雅のそれは実際の風景から遠く離れて、仙人の住まう地のようにみえる。画法だけでなく、心持がそうなのか、広々として果てがない。

高士訪隠図屏風 ゆったりした空間に木々は生い茂り、山も岩肌を見せつつ柔らかい。
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小さな庵に住まう高士はくつろいでいて、丁度お茶の時間。机には琴があり、文具もきちんと並べられている。侍童の運ぶお茶はいつも好ましい温度に保たれているだろう。
庭には竹もあり、サヤサヤとよい音色を響かせてくれる。陶器の椅子もあるから、時にはそこで風の音を楽しむ。
薄黄色い空間には、静かな時間があった。大きな楽しみはないかもしれないが、小さく慎ましい喜びの積み重ねはあるだろう。そんな世界観が文人画にはある。

巫峡山水図 画中の「・・・」はおそらく梅花だろうと思う。時折とぎれを見せる山。ヒトも通わぬような山中にこそ「天地」がある。そのことを感じさせられる。
 
金鶏落照図 名前はコノマシクないが(わたしには)、この橋がなんとも魅力的である。
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うねるような橋の中ほどに建物があり、その配置がまた画面全体を引き締めている。
右手の山は陣地を大きく広げ、左の奥の山は途切れているが、この遠近感がいい。
そして橋の上の建物はまるで着物の帯留のような威力を発揮している。
あの建物がないと、この絵は成り立たないように思った。
川には小さなジャンクが浮かぶ。悠々とした世界がここにある。

山水図屏風 縹渺たる景色である。あくまでも静かで、自然は動かず、人の影もない。
右から左へ目を移すと、ようやく5面めにロバを引く人の姿に気づく。自然に溶け込む姿である。争いのない和やかな山水の景色。心が落ち着くのを感じた。

このように温厚な心持になるのは久しぶりだった。
京都文化博物館の二階で1/27まで展示中。
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