FC2ブログ

美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

尾張徳川家の至宝

江戸東京博物館で徳川美術館の名品がご開帳されている。
尾張徳川の名宝はこれまでにもしばしば現地まで出かけて見に行っているが、こうした巡回展を見るのは初めてだった。
nec094.jpg

明治維新の後に廃藩置県などがあり、立ち行かなくなった大名家が売り立てなどをして、お宝散逸と言う憂き目に遭うことは多いが、尾張徳川家は偉かった。
かなり早い時期に美術館として成立させ、お宝を一般公開し始めたのだ。
さらに他の大名家の「お家の重宝」も売り立ての際に購入し、また寄贈も受けて、大名家の伝えたお宝として大事に展示するのだから、これは本当に尊敬に値する。
昭和初期にそのようなことをしたのはやっぱり偉い。

美術館のサイトにはこう書かれている。
「維新、大戦を通じて各大名家の道具がほとんど散佚してしまった今日、徳川美術館の収蔵品は大名家の宝庫・コレクションとして唯一のまとまった存在です。徳川美術館は、「大名道具とは何か?」「近世大名とは何か?」という問いに答えることのできる我が国唯一の美術館です。」
美術館を開いたのは「最後の殿様」として名高い義親公である。

なくなった戸板康二の「ぜいたく列伝」に尾張徳川家の義親公が登場する。
ぜいたく列伝 (文春文庫)ぜいたく列伝 (文春文庫)
(1996/03)
戸板 康二


義親公の子息と戸板が同級生で、邸宅に遊びに行ったことからのご縁である。
「虎狩の殿様」と喧伝されていた義親公が美術館の母体を成立させ、開館させたのだが、戸板の書く「最後の殿様」のエピソードはかなり面白い。
子どもだった戸板は邸内にあるゾウの足を処置したゴミ箱を見て、さすが『虎狩の殿様』だなあと感心したそうだが、大人になり何かの会合で隣り合わせになる。
戸板は子どもの頃の話をし、さらに美術館所蔵の「阿国歌舞伎草紙」はどこから?と尋ねると、公は軽く答えられる。
「オオサカからですよ」「大阪の美術館からですか」「いえ、大坂夏の陣のときに」
こういう会話がいちばんたまらない。面白すぎる。

さて、その「阿国歌舞伎草紙」はあいにくお出ましではないが、「源氏物語」の何枚かが来ている。それと「初音」のお道具などが。
この見事な宝を東京で見せていただこう。
nec095.jpg

最初に初代の義直公由来の品々があるが、これらを見るとどうしてもわたしのアタマには津本陽「柳生兵庫助」が思い浮かんでくる。
具足類、太刀などを目の当たりにすると、作中の義直公と兵庫助の対話などが再現される。
二世光友公の太刀を見ると、兵庫助の息子たちが剣術指南として働く姿がまぶたに浮かぶ。
鋭い気合声がこちらの腹にも響くようだ。

それにしても太刀も色々あるが、巷説に名高い村正まであり、それが家康の佩刀でもあったというのは、稗史好きなわたしとしては、ちょっと面白い。
刀は「皆焼」ヒタツラというよく焼かれた様子を見せている。
他に来国俊名義でなく孫太郎の名が刻まれた太刀もある。
そして乕徹もある。虎でなくこちらの乕を使っている。

後藤家の代々が拵えた刀装具も並び、いいものをたくさん持ってきたなと感じる。
徳川美術館での展示風景を思い出しながら眺めるのも楽しい。
そしてこれらの品々をみるにつけ、改めて大名家が軍(いくさ)の長たる位置に立つ、ということを思い知らされる。

宗春公着用の火事装束はさすがに豪華である。宗春公は倹約倹約の時代に名古屋だけは別だと豪奢豪奢とやって、楽しくはあるがやっぱり政治経済がちょっとまずい状況になってしまう原因を拵えた殿様である。
ただ、彼はただの遊楽好きではなく、インフレにすることで市場経済を活性化させようと考えていたそうだが、それが時代にマッチしなかっただけのことかもしれない。
なんとなく今の状況に似ている気がする・・・
このあたりの様子は池波正太郎「さむらい劇場」、横山光輝「時の行者」のエピソードに詳しい。

源氏物語をみる。
柏木(三)が出ていた。光君が薫を抱っこする絵。これを見るたび「因果応報」を思う。
かつて自分がしたことが、数年後にふりかかり、自分がされる立場になったのだ・・・
他に昭和初期の名人・田中親美が模写した東屋(二)もある。剥落も見事に再現し、たいへん美麗な作に仕上がっている。
数年前、五島美術館が完全な再現品を拵えたが、キラメキすぎてちょっとありがたみが薄れたことを思い出す。やはり現状の再現がいちばん好ましいのかもしれない。

茶道具がある。
これらは徳川美術館に行くと、特に楽しく眺める品々で、ここへ来てもその光は劣らない。
改めて解説プレートを見ると、岡谷家から寄贈された茶道具がけっこう多いようだ。
わたしの好きな柿の蔕茶碗などがそうだ。

白天目、黄天目、油滴天目など、いいものがきている。
旅先で偶然ばったりと知人に会ったような気持ちで、いよいよ懐かしい。
キラキラ煌く油滴、ラスター彩のような黄天目。

梔子連雀文堆朱盆 元代の赤い盆は一見したところモリス商会の仕事のように見える。
可愛くて仕方ない。

古銅砧型花生 銘・杵のをれ この来歴が面白い。
秀吉の前で家康との碁に勝った石川貞清が、後に家康に命乞いするために、この花生を差し出したそうだ。
道具にはそれぞれ物語があるのがゆかしい。
nec097.jpg

能装束をみる。徳川美術館にあるその展示室には能舞台もあった。
紅白段金霞枝垂桜に扇文唐織 これがたいへん綺麗で気に入った。扇は全て半閉である。
鬘帯や腰帯のほか、龍載や天冠などもある。太鼓に大鼓小鼓、能管などなど。

牡丹唐花文紅花緑葉沈箱 明代の工芸品。交互に赤と緑の漆を塗り重ね、それを彫るのだが、それぞれ深さを変えて彫ることで、色の違いが露になる。華麗な箱である。

多くの古筆もあった。わたしの好きな近衛信尹による朗詠屏風があった。俊成の詩歌から選ったものを書いているが、奔放すぎる筆致だった。

探幽の四季花鳥図屏風もある。豊饒な世界である。閉ざされた空間に四季折々の喜びが満ち満ちている。

寒山拾得図 伝・賢江祥啓 室町時代の水墨画だが、二人がなかなか美少年に描かれているのがいい。髪はやや薄いが、愛らしい少年風で、見ていて楽しい。

初音の調度をみる。・・・・・いたいた、鶯。梅だけでなく椿も咲いている。
nec094-1.jpg
この調度品は葦手も多用している。nec096.jpg

美麗なだけでなく教養の高さがにじむ調度品である。
これは家光の息女で光友の北の方となった千代姫の所有品なのだった。

他にも非常によいものが出ていた。
やはり尾張徳川家は凄い。
久しぶりに名古屋の徳川美術館に行きたくなってきた・・・

2/24まで。



関連記事
スポンサーサイト



コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア