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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

マカオ

11/20-11/23の四日間マカオにいました。

マカオグランプリ最終日に到着すると、公道を使ってレースが行われるので、司令塔というのか、それが道路の上に突き出している。
その真正面のホテル・マンダリンオリエンタルに宿泊。
今回はフリーに近いツアーで、最終日のみ香港へ行くことになっている。
朝に出ても手続きなどでホテルに入ったのは遅い。
尤もこの日、ガイドのリンダが我々を拾いに着てくれたのは夕方五時の約束なので、それは仕方ない。
中華系とはいえ、マカオは大陸の中国人とは全く違う。台湾でもそうだが、鎖国せず異文化の只中で暮らすことで洗練されるのだろう。
要するに、上海で感じた『気分の悪さ』はここにはないのだ。
わたしは何事も都会的な人間関係が好きだ。

リンダは優秀なガイドだと思う。
わたしも長身だが彼女も長身で、表情が豊かだ。
以前からわたしは国外ツアーの場合、男より女のほうがガイドとしては優秀だといい続けているが、彼女もその期待を裏切ることはない。
この日、本来なら夕食はフリーだった。翌日はマカオ食べ歩きプランで、日本人の胃では夕食をおいしく食べれないよ、と彼女が言うのでこの日に急遽振り換えられた。
当然その方が我々には嬉しい。

タイパ島のマカオ料理レストラン『ダンボ』につれられて行く。
人気の店で、お味もよい。特にイワシの塩焼きが絶品だった。
こんなおいしいイワシの塩焼きは、日本でもなかなか食べられない。
それからコロッケ、つぐみの丸焼き。日本人の口に合う。
しかし仔牛のソテーはソースが合わず食べ残す。
ケチャップライス、サラダ、おいしいが極度に量が多いので我々は食べきれない。
デザートに焼きたてのエッグタルトが出たが、これがまたすばらしくおいしい。イワシとタルトにクラクラした。幸せだ…

ホテルはマンダリンホテルなのでなるほど、東方文華だ。
今回のツアーはマカオの近代建築を見るという目的なので、わたしと同行の人は実は二十歳ばかり年上の元気なおば様だ。
母娘に間違われたので『彼女は朋友だ』と説明すると、珍しがられた。
たぶん、わたしもそう思う。

翌日はウェルカムフルーツのりんごとバナナとオレンジと持ち込みのパンで朝食を済ましたが、これらフルーツのおいしさにも目をむいた。
わたしたちはリンダが来るとそのまま観光に出かけた。
彼女は約束より10分早く現れるので、それだけでも中華系とは思えないほどだ。現代では大陸でもそうなのだろうか…

一番有名な聖ポール寺院跡に行く。
張りぼて状かと思った我々の浅はかさを笑われても仕方がない。
実にすばらしい装飾なのである。
偶然だろうが聖母像の足元にポピーらしき花が咲いているのまで、快く感じる。細部をじっくり鑑賞する。
渡辺節のダイビルの柱はこの造形の子孫かもしれない。
裏側から見始めたのがよかったようだ。

すぐ隣にナーチャ廟がある。ナタだ。漢字変換はしないでおくが、封神演義にも出てくるナタ太子だ。わたしは安倍能氏の翻訳本のファンだし中国アニメ『ナタちゃん海を騒がす』も大好きなのでひそかに喜ぶ。
この周辺の中国系の民家のガラスはいずれもきれいな柄が入っている。

セナド広場へ行く。なるほど、ポルトガルだ。
舗地、中国のペーブメントではなく、あくまでもこれはラテンの広場なのである。義順という牛乳プリンの有名店に行くが、これが絶品。
わたしは少し怖かったのでホットを頼み、連れはアイスにしたがアイスのほうがおいしい。翌日また来るぐらいだから、我々はこのプリンの大ファンになったということだ。
仁慈堂の白さがきれいだし、郵便局、市役所がそれぞれ異なる様式なので見ていても楽しい。郵便局だけ見たら、これは日本にもありそうだが他は完全にベランダコロニアルだ。
そこからゆるく坂を下る。マカオダウンタウン。中国人の神様。日々の信仰。それらはどの国どの地に行こうとも、根源は中国人だという証なのだろう。
現にこの後わたしたちは媽祖閣に向かったが、その信仰心の篤さに感心したのである。
その前に、天主教。

ポルトガル人はカソリックである。そのため教会関係の装飾はデコラティブである。学校を併設しているのも特徴なのだろうか。
日本においても本格的なミッションスクールは皆、カソリックだ。
この日は月曜日なので観光客は少ない。
更に日本人でこうしたところへ来る人も少ないそうだ。
この教会にはフランシスコ・ザビエルの骨が納められている。
腕の骨。仏教などでは舎利として仏陀の骨を納めることもあるが、キリスト教でもこうしたことがあるとは。
イタリアの埋葬方式の一つ、カタコンベなどはもろに納骨堂だが、あれとこれとは事情が違う。
ザビエルは日本に鉄砲を伝来してくれたが、政治が変わってマカオに追われた。ここら辺の年代などはわたしは忘れている。
アッシジの聖フランチェスコ教会は聖人の上に教会が建設されている。あの場に立ったときの畏怖心は、ここでは感じられない。

このままマカオタワーに行く。
白虎がいるらしいが、生憎わたしは北摂人、つまり今は無き宝塚ファミリーランドで白虎一家にはなじみが深いのだ。
虎は寝ていた。アルビノは貴種なのだ。しかし、首を撫でてやりたいほど可愛かった。
タワーは60階建てで、展望回転レストランでランチだが、さすがマカオ!と思ったのがデザートのおいしさ。魚がフルーツがデザートが、実においしいのだ。スイカとメロンはシンガポール辺りからの輸入らしいが、わたしは肉はウサギとラム以外は殆ど食べず、延々とデザートとフルーツを食べ続けた。
このタワーは303mあるそうだが、展望台のところで床が傾斜しているのでくらくらした。
本当ならここで空中ウォークを、と思っていたが完全にわたしでは不可能だった。写真が飾られている中にはヒロシもいたが、わたしは彼をちょっと尊敬した。
気分は『未来少年コナン』でインダストリアの太陽塔の上部から出てきた足場に立たされて気絶するラナと同じだ。
しかしわたしには助けてくれる少年はいないので、自分の意思で空中ウォークを取りやめにした。

足場といえば、さすが中華系だけにビルの建築足場をどんな高層であろうと竹で仕立てているのには、正直さむかった。
こわいこわい。

食後すぐそばの媽祖閣に行く。福建省の人間ならみんな必ず信仰する人気者の神様。航海と商売の無事と繁栄を祈ろう。線香もくもく。
リンダは言う。中国人は迷信深いからやたらめったら線香上げてのどが痛くなるよ。
「日本でも常に線香もくもくのお寺があるよ」
「えっどこ、それ」
地名を言うても始まらぬので、赤穂浪士の故事から語らねばならなくなった。

こんなに満腹なのにタンパ島のエッグタルト発祥の店へ行かねばならない。私は半分以上残した。無念。
コロアン島のザビエル教会まで走る。
うわっと言うくらいクリスマスモードになっている。
島はリゾート客がいなければ、さびれたのどかな場所だった。八百屋では日本製のえのきが売られている。十二支の石像が並ぶロード。
島と半島は橋でつながっている。聞けば渋谷区ほどの大きさらしいが実感は掴めない。
半島へ帰り、サンズカジノへ行く。夜に行くと思っていたのでスーツも支度していたが真昼なのだ。理由は一つ、わたしたちはカジノを楽しめない体質なのだ。

立派なカジノは色々なことを教えてくれた。金を賭けない人間にはここは退屈な場所でもあるが、マンウォッチャーにもなれる。
リンダはわたしたちが飲む打つ買うから離れた体質だと気づくや、そうでないガイドをしてくれるので、大変助かる。
出てからミルクティーをもらい、そのままサンズの隣のホテルへ。

ホテルに帰ってからわたしたちは一休みする。わたしは一旦外出すれば夜まで戻らぬ体質なのだが、ここは年長者の意見を尊重する。
ぐったりするのもよいことだ。なぜなら復活の道筋が見えてくる。

夕方からタクシーでセナド広場へ行く。
タクシーは実に安い。朝と違い、凄い人ごみにやられたのか、咽喉が痛い。広場にある薬局で赤いタイガーバームを買う。これも安い。塗りたくる。
郵便局で記念切手を買う。マカオの郵便事情は大変良いそうだ。
聖ポールに再び行き、色々見て回る。楽しい。
地下の絵画や銀製品を見て回る。模造品とはいえ、場所にふさわしいから品がある。そこから聖アントニオなど、とにかく周辺の教会を全て見て回ろうとした。

濃いピンク、黄色、水色、グリーン。
ベランダコロニアル様式の建物がそれらの色でそこにある。
マカオだけの風景。すごい。
消防博物館へ。これがまた素敵な建物だが、中身は四谷にある消防博物館とよく似ている。こちらにはヘリがないだけ。
鏡湖病院少し先からタクシーでホテルへ。大方一方通行なので不思議な感覚だ。

ホテルでケーキやカットフルーツを沢山買うがこれまた安い。
またおいしい。幸せ・・・
とりあえず、二日目が終わる。
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