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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

夏目漱石の美術世界 2

先日の続き。「夏目漱石の美術世界」の感想2.
nec370.jpg

20世紀初頭のベニスを描いた絵を見る。
ベニス、ヴェニス、ヴェネツィア…どの表記も魅力的。
絵のどこにもエッシェンバッハもタジオもいないが。

浅井忠 ベニス 時折見かけているからか、親しい気がする。
吉田博 ヴェニスの運河 自分が見た景色に似ている。
吉田ふじを ヴェニス 小説の一節にこの絵のことがあるが、私はこの絵も好ましい。
『三四郎』の中で、この吉田兄妹のことを想うシーンがある。

長い間外国を旅行して歩いた兄妹の絵がたくさんある。

博はやがて旅を終えて、義妹のふじおと婚姻する。彼らの息子も版画家となり、その命脈は現代にまで続いている。
少し前に吉田家三代の展覧会が三鷹で開催されていた。
わたしは吉田博の風景版画と東博所蔵の「精華」が途轍もなく好きだが、同時代の漱石の批評を読むと、彼らがやはりその当時のひとだという実感がわき起こってくる。

ベラスケス原作・和田英作模写 マリアナ公女 …ひどいなと思った。和田ともあろう画家がこうなるのか。しかしここで解説を読んで色々と納得する。

「どうも、原画が技巧の極点に達した人のものだから、うまくいかないね」

ここでもまた新しくこの企画展のために作られた絵が展示されていた。
佐藤央育 原口画伯作《森の女》(推定試作) これは美禰子さんがモデルという話だが、女優の富司純子に似た佇まいの美人画である。

百年の時を超えて、三四郎や美禰子さんのいた空間へ近づけた気がする。
企画された方々のこの展覧会への熱い想いが、こうしたところに感じられる。

ところで『三四郎』のなかで菊人形の見世物を見るくだりがある。(5章)
…実はそういうのもここに出てきたら楽しいだろうとわたしなぞは思っていた…

それにしてもやっぱり漱石は妙に面白いところがある。
例文が面白いというか喩えが楽しいというか…

次は『それから』。
橋口五葉の装幀した『それから』がある。
フランク・ウィリアム・ブラングィン…何年か前どこかで展覧会があったはずだが、とうとうわたしは行かなかったことを思い出した。

ここでいいのはやはり青木繁の下絵。「わだつみのいろこの宮」の下絵が三点もある。
現行のものとは違う世界が広がっている。
既に以前見ているから、いよいよ嬉しい。
昨日かいたが宮崎駿氏の「挿絵が僕らにくれたもの」展のパネル展示で、青木繁の「わだつみのいろこの宮」が出ていたことを思う。
あの展覧会を見ていて本当に良かったと改めて思う。
この「漱石の美術世界」の前哨戦だとも思うのだ。

先般から仇英の原作による大きな絵を見ている。
わたしは彼の絵巻の精巧なところが好きなので、一枚ものの大きな絵にちょっと驚いていた。ここにあるのは模写だが、現物も大きかったのだろうか。
巨勢小石模写 笛持美人図 大柄な美人の絵。

円山応挙 花卉鳥獣人物図1773 年 薄い色の牡丹が描かれたものが出ていた。また入れ替わるらしい。

岸駒 虎図(《龍虎図》双幅のうち左幅 ギッとした虎。本当は岸駒の虎を見たわけではないらしい。


第4章 漱石と同時代美術
非常にいい時代である。日本の美術界において。

漱石の1912年の『文展と芸術』原稿が出ている。
とにかく言うこと書くことがなかなかキツイが、それでも面白い。
ただ、漱石の審美眼というものはなかなかのものらしいので、黙ってわたしも後を追う。
絵はほぼ1912年のものと、その前後の年のもの。
百年前の日本の最先端の絵画。
漱石はそれらに彼の言葉を添えているが、申し訳ないがわたしはわたしで勝手なことを書く。漱石の言葉は「」です。

平田松堂 木々の秋 琳派風で華やかだが、ちょっとうるさい。

佐野一星 ゆきぞら 「べた一面枝だらけ」…まぁねえ…「枝はまたべた一面鳥だらけであった。それが面白かった」…その通りですわ。なんか文鳥風なのがいるいる。

今尾景年 躍鯉図 この絵は京都市美術館で時折見る「元気な鯉の絵」で、わたしなんぞは好きだが、漱石先生に言わせると「好かん」らしい。なんでかは知らん。
それで思い出した。漱石の随筆の中で京都についたとき、大きい提灯に「ぜんざい」と肉太な字で書かれたのを見て嫌がる逸話があり、漱石先生のイメージの中じゃ京都は「下品な肉厚の」ぜんざいらしい…
ひどいな~ww聞いたことないわ。

今村紫紅 近江八景 わたしがみたときは「堅田」「三井寺」「瀬田」が出ていた。これも好きな連作なのだが、漱石に言わせるとやっぱり好かんらしい。
ナンギやなあ。

瀟湘八景図が二種。
寺崎広業と横山大観。
わたしはそれぞれええものだと思ったが、漱石の舌鋒は鋭い。

安田靫彦 夢殿 この絵もまた名作だと思うが、漱石は気に入らないらしい。東博でこれが出ているときに当たると、嬉しくて仕方ないのだが、漱石先生はフフンと笑うかもしれない。
わたしは山岸凉子「日出処の天子」にのめりこんでいた世代だから、他の人の描いた彼の姿は大抵気に入らないが、この靫彦の聖徳太子にはドキドキするのだった。

それにしても漱石先生は大概の絵が気に入らないらしい。
別にそれはそれでもええのだが、審美眼以前の問題かもしれない。
趣味の問題というやつか。
そして江戸っ子らしいウィットも含まれてはいるが、まぁはっきり言うと悪口雑言のタグイですな。

和田英作 H夫人肖像 たしかに暗い絵だがイカレコレやがな。
坂本繁二郎 うすれ日 もぉー(牛の絵だからではないが)漱石っっ!

いや~~しかしこうしてわたしもイランコトイイの感想文をちびちび書いてるけど、漱石先生の感想読んでると、ここまで書いてもよろしいんか、と心配になりますがな。

小杉未醒 水郷 東近美に行くとよく見るが、思えばこの画家の画風変遷はすごい。

南薫造 六月の日 漱石先生曰く「法螺貝吹き」…!!ヤカンからごくごく少年。
わたしはこの絵を見る度に大関松三郎の詩を思い出すのだが、これからは法螺貝吹きと思ってしまうかも。

黒田清輝 赤き衣を着たる女 横顔の美しい女。舞うような線がいい。

中村不折 巨人の蹟 不思議な絵。不折は中国の故事や日本神話から題材を得た絵が多いが、これはなんですかな。ダイダラボッチなのか、原始の人の姿ということなのか。
そして仲良しなだけに漱石先生はやっぱりすごい悪口雑言をとばしてる。
おっさんの後に続く女は真珠らしきものを首飾りにしている。腰布。森を焼く二人。
物語はさすがにこちらにも伝わらず、当時の漱石にも伝わらない。

彫刻もある。
朝倉文夫「若き日の影」と荻原守衛「坑夫」と。

岸田劉生 画家の妻 いい色。臙脂色と深緑色のコラボ。

時々斎藤与里をみてモーリス・ドニを思い出す。色合いや描く対象などなど。
「木陰」「春」などなど。

漱石先生は青木繁は好きなので悪くは書かないみたい。
三点出ている。1904年の自画像、海景、運命。
わたしは特に「運命」の走る娘たちにぞわぞわ惹かれる。

石井柏亭 チョチャラ その地方の花売り少女を描いている。このタイトルを見ると必ず武二の絵を思い出す。そうか、そうだったのかと今さらながらの納得がゆく。

中川八郎 松原 静かでいいなあ。実は松原の静かなのを見ると、近所の風致地区を思う。昔そこは京マチコの映画のロケにも使われたとかで、今も静かな松並木が続くのだった。

結城素明 蝦蟆仙人 蝦蟇がフシューと気を吐いている。マンガみたいな感じの線。ぼーっとしたおっちゃんとキリリとした蝦蟇のコンビ。

第5 章 親交の画家たち
こちらはとりあえず漱石の雑言コメントもなしというコーナーである。

浅井忠・中沢弘光『畿内見物』(大和之巻、京都之巻) こういう本も楽しそうでいい。

橋口五葉 孔雀と印度女 この絵は千葉市美術館の展覧会で初めて見たものだった。
五葉はアールヌーヴォー風の絵もよく描いたが、この絵はむしろホイットニーらの仲間のようにも見える。
とても好きな一枚でもある。

橋口五葉 温泉宿 手ぬぐいを絞る女は浴衣を着ている。どこか玉三郎丈に似ている。面長のいい女。

橋口五葉 入浴図 入浴する女がいる。そこへ束髪の女が来る。
五葉の入浴する女、その後の手入れをする女、どちらもとてもいい。
関係ないが、五葉の春画素描を見たことがあるが、あれも湯上がりのいい匂いが漂うような女だった。


五葉と不折の「ホトトギス」表紙絵などをみる。

散々1912年の文展ではくさしていたが、漱石と不折は仲良しさんで、どうも色々考えると、彼の油彩画より「ホトトギス」表紙絵に見られるような日本画の方を買っているのかもしれない。

わたしも根岸の書道博物館を訪れると、時折展示されている不折ののんびりしたスケッチや俳画や戯画を見るのが、けっこう楽しみだった。
漱石も案外そうかも・・・なら嬉しいな。

津田青楓 少女(夏目愛子像) 1931年 少女とはいえ、これは26歳になったときの像らしい。
変に赤いワンピースに大きなレースの襟。笑っている。
笛吹市にあるそうだが、笛吹市には笛吹川があったはずだ。
たしか深澤七郎の小説にそんなタイトルがあったように思う。

津田青楓 漱石先生読書閑居之図 この人はタブローより、装飾画などの方がずっといいと思う。


第6 章 漱石自筆の作品
見るものは主にラファエル前派が好きだった漱石も、自分で描くのは南画が好ましかったようだ。
こういうのを考えると、「即天去私」という言葉も南画に含まれるような気がしてくる。
絵はすべて岩波書店蔵。

小説とはまた違う漱石の世界。ほのぼのしている。


第7 章 装幀と挿画
外国語版の本なども展示されている。
むろん原書も。綺麗な装丁の本はやはり五葉の独壇場だと思う。
彼の拵えた選集ものの胡蝶本、鏡花の本のいくつか。それらはいつの世にも胸を衝かせる名品。
その五葉の仕事の中でも大きな場をシメるのが漱石の作品だった。
『吾輩ハ猫デアル』『漾虚集』『鶉籠』『虞美人草』『草合』『門』『彼岸過迄』『行人』
なにもかもが魅力的。

橋口五葉はポスター芸術家でもある。
『道草』『こゝろ』『硝子戸の中』そのポスターも見事。

最後の最後にこうした展示があることで、画竜点睛ということを思った。
本当にいい展覧会だった。
とてもいいものをたくさん見たので、今度は漱石の小説を読み返して、絵を思い出そうと思っている。
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