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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

藤田嗣治 本のしごと

日比谷図書文化館の「藤田嗣治 本のしごと 日本での装幀を中心に」展は、藤田嗣治を身近に感じられる展覧会だった。
先般、松濤美術館が「愛書都市パリ」という企画展を開催したが、そこでフジタの「本のしごと」を見てときめいた人も多かったろう。
わたしはフジタの「海龍」に再会できたことが嬉しくてならなかった。
今回はそんなフジタの仕事ばかりを集めた展示である。

フジタの「本のしごと」は1920年代がメインだった。
その時代のフジタはパリにいたが、日本とフランスの交流が盛んになり、居ながらにして日本の様子を知ることになったり、日本をモティーフにした作品を望まれるようになった。

1.フランス時代 記憶のなかの日本
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「朝日の中の黒鳥」は駐日大使ポール・クローデルの著作で、フジタは朝日を背景に鋭い目をした黒鳥を描いている。黒鳥=クローデルというシャレである。

「七つのハイカイ」個人的にウケるタイトルである。わたしは「七恵のハイカイ」を日々この場で書いている(笑)。

「日本昔噺」 我々のイメージするフジタの線とは違う線で描かれている。解説によると菊池容斎の「前賢故実」を源泉としたもの、とある。
菊池容斎の「前賢故実」は時折、そう奈良県立美術館での企画展などで見かけることがある。日本の正史・稗史関わりなく、日本人の知る歴史上の有名人を描いた版本である。
フジタの描いたものは「玉取り」「羽衣」「浦島」「日本武尊」などなど。
しかし「前賢故実」を源泉にしたと言いながらも、やはりどこかジャポニズム風な趣がある。

「海龍」があった。これはジャン・コクトーが1936年に来日した際の体験記を元にしたものだというが、芸者や女郎、そして車夫や子守などが描かれていて、コクトーが何を見たかを想像させてくれる。
わたしが最初に見たのは「抜けられます」(ます、は□に斜線の入ったもの)の看板の下の女郎たちの顔だった。玉の井の風景。
フジタにこんな絵があるのか、と驚いた随分昔の話。

今回も芸者の絵などがある。
ところでこの1936年は二月に226事件が起こり世相が暗くなったのだが、コクトーが乗った船にチャップリンもいて、二人は言葉は通じずとも身振り手振りで楽しく喋り、日本へ来たということだった。
そして、その日の新聞のトップが、二人の来日記事なのだが、下半分は別な記事で埋められていた。
「愛の完成です」にっこり微笑む阿部定逮捕のニュースだった。


2.日本の文学者たちとの交友 洋行文士たちを中心に
日本に帰国したフジタはこの時代に交友のあった文士たちのための「本のしごと」をしている。

岡本かの子、川口松太郎、林芙美子ら当時大人気の作家たちのために仕事をしている。
いずれも日本的情緒とはかけ離れた、やはりパリの匂いのするかっこよさがあった。

驚いたのは岡田八千代との関係だった。彼女は小山内薫の妹だが、フジタの従姉妹とは全く知らなかった。
それも小山内・八千代兄妹はフジタと仲良しだったという。


3.戦前の雑誌の仕事 婦人雑誌を中心に
フジタはおしゃれな婦人雑誌の表紙絵をたくさん描いていた。
どれを見てもとてもシャープでおしゃれで、小粋である。
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「婦人画報」「ホームライフ」の素敵なフランス女性のバストアップの横顔、明るいポップさの漂う全身像のイラスト、1930年代の都市文化がこれらの表紙絵が象徴しているようだった。

「婦人之友」は1935年の一年間連載している。フランスのあちこちの風景を切り取った表紙絵がかっこいい。

またその時代の最先端を行く、作家でありデザイナーであった宇野千代が出していた「スタイル」誌の表紙も描いている。1936年、かっこよすぎる!!!
ときめきましたな~


4.詩人たちとの交友
戦前から戦中にかけての詩集には、繊細な水彩画で人物や風景を描いている。

中でも森三千代「インドシナ詩集」が魅力的だった。熱国のインドシナを水彩によってすっきり描いている。森は詩をフランス語で書いている。戦前の仏印の状況を想う。
それたけでもときめく。


5.麹町区六番町のアトリエ
ここでは1941~42年のアトリエでのフジタを写した土門拳の写真がある。
フジタは土門を信頼し、いろんな姿を見せている。
なんと言っても猫とくつろぐフジタがいい。


6.戦中・戦後の仕事
戦争画を描いていた時代、フジタは戦争あるいは軍隊を描いた小説や詩集の表紙絵も描いている。
そして戦後すぐに刊行されだした「女性」や「婦人公論」の表紙絵をも手がけている。
やはりフジタはフランスの味わいのする作品がいい。


7.自著本と作品集
1929年の一時帰国の際に刊行したエッセイ「巴里の横顔」がとてもシャレている。
簡単な線描による女の横顔だが、なるほど確かに「巴里の」「横顔」にもみえるのだ。
わたしはこれらの作品を見るうちに古い映画「望郷」を思い出した。
ペペル・モコがパリから遠く離れたアルジェのカスバに身を潜めながら望郷の念に駆られている。そこへパリの香りを纏いつかせた、パリそのもののような女ギャビーが現れる。
二人の他愛ない会話はパリの事象・文物で固められている。
パリへの強い執着。それがペペル・モコを破滅させてしまうのだが、フジタにもそのパリへの強い執着が感じられた。

「腕一本」ブラいっぽんと読む。1936年のエッセイ。そして1942年の「池を泳ぐ」。とてもシャープでおしゃれな本だった。

8.ふたたびフランスへ 戦後の豪華装幀本
口を堅く噤んだ子供たちを描いた絵が思い浮かぶ。そう、これは一連の作品だったのだ。
美麗な挿絵がどんどん生まれてゆく。
1950年代の女を描いた挿絵などは、その30年後の日本のレディスコミックの女たちの先駆のように、綺麗で魅力的だった。

フジタの「本のしごと」、それを深く楽しめるいい展示だった。6/3まで。
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