FC2ブログ

美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

暮らしと美術と髙島屋

世田谷美術館で「暮らしと美術と髙島屋」展が開かれている。
nec410.jpg
大阪には高島屋史料館と言う素晴らしいミュージアムがあり、そちらは常に無料ということで、建物は素晴らしいし所蔵品は見事だし、ということで毎回ありがたく楽しませてもらっている。

東京で高島屋史料館の名品を展示するのは、近年では2009年10月に六本木の泉屋分館で「高島屋史料館の名品」展が開催されている。
09100201.jpg
そのときの感想はこちら

また京都では2010年10月に京都市美術館の「高島屋百華展」がある。
その時の感想はこちら
tou454.jpg

tou455.jpg

tou456.jpg

今回は砧公園の世田谷美術館と言うことで、のんびりでかけた。
前期・後期ともども眺めたが、のんびりしすぎてまた会期末に感想を挙げようとしているのだが。

最初に高島屋の建物模型が現れ、さらに昔の映像が流れる。
それだけでも楽しくなる。本来百貨店とは楽しいところなのだ。
そのことを改めて感じる。
nec411.jpg

世田谷美術館の最初のホールにはいつもいいものが集められているが、今回もそうだった。
まず洋画が集まっていた。
このあたりは大方見慣れたものだが、それは大阪人の一得と言うもので、初見の方は多いと思う。
わたしはいいココロモチで絵を眺めて歩き、好きな絵には長く立ち止まる。

小出楢重の「六月の郊外風景」は最初に見たのがホテルオークラの夏のアートコレクションの第一回目か二回目のときだった。
mir828.jpg
あの衝撃の大きさはこのブログ上で何度も書いているからもう書かないが、今もやはり変わることなく、この絵に対すると、言葉もなくただただ見入るばかりになる。
見入るのは魅入られたからだが、何故こんなにもこの絵に惹かれるのか、わからない。
最初に見たとき、小出がこの絵を描いて半年後に亡くなったことなども知らなかったし、小出の作品に今のように夢中になることもなかった時代にいたのだ。
自分の生涯の中で、出会ったことで行く道が変わる絵、そんな一枚なのだ。

上部には鍋井克之の熊野詣の長い絵(緞帳)がパネル展示されていた。
ケースにはパンフレット様の全景がある。
この絵は昔の国鉄天王寺駅に飾られていたそうで、今では某証券会社とこの史料館とが分割で所蔵しているそうだ。
鍋井さんなどは小出と僚友で、生粋の大阪人らしい面白味とペーソスのあるいい絵や随筆を残しているが、近年は顧みられなくなっているのが本当に無念である。
2010年には高島屋史料館でそうした画家たちの作品を集めた展覧会があった。
「大阪で活躍した画家たち 再考 大阪画壇」
そこにこの長大な絵巻が出ていた。そのときの感想はこちら

洋画では初見もいくつかあった。
東郷青児の裸婦などがそう。靴下・靴のみの裸婦が白い帽子を持って立つ姿。白い体が白すぎて現実感がないので、ナマナマしさはなく、きれいだと感じる。

棟方志功 弘前参禅寺 力強い油彩画で寺の門前が描かれている。

須田国太郎 孔雀 手前にグレーの孔雀と奥に顔の赤い雉とが並んで歩く。国太郎の描くどうぶつたちは、けっこう面白い行動をとってたりする。

岡田三郎助 支那絹の前 この絵もこれまでは史料館の外に出ることのない絵だったが、サントリー美術館の展覧会で外に出てからは、世間に愛される人気作になった。
モデルは奥さんの八千代である。

田村孝之助 白い馬 輪郭線の強い、動きをそこに封じ込めた絵。孝之助の回顧展を六甲アイランドまで見に行かなかったことを、今も反省している。
孝之助は挿絵もいいので、どちらも集めた展覧会を開催してほしい。

他に川口軌外や岡本太郎のシュールな作品が壁にかかっていた。
実際は前期後期それぞれ名品が多く出ているのだが、わりと見慣れた絵が多いので、却って感想をあげにくい。だから大変有名な絵と、わたしの初見とをチョイスして挙げている。

通路の始めに着物が展示されている。
前期では着尺「アカンサス」文様があり、かっこいい。

高島屋がこれまで獲得してきた万国博覧会での賞状などが展示されている。
こういうのを見ると、歩んできた道のりと言うものがなんとなくわかる気もする。
企業としての高島屋の堅実な歩みに、ついつい頷く。
nec412.jpg

日本画を見る。
川崎小虎 麦と野鼠 可愛らしすぎる一枚。小虎はとにかく愛らしい絵が多い。そろそろ小虎の大規模な回顧展が開催されてもいいと思う。

今尾景年 鷹獲鴛鴦図 これにはギョッとした。鷹が鴛鴦の雄をその鋭い爪で鷲掴み!
鷹の鷲掴みで鴛鴦はもうタマを取られる状況である。絶望的なシーン。
…エライモンみてもたなぁという感じである。

上田萬秋 孔雀 墨絵の孔雀で、この絵を見るのも久しぶり。

小杉放菴 蟹 可愛いなあ。撫でたくなる。撫でるとその小さなはさみでチョキンとされそうだが。

小杉放菴 寒山拾得 これは子供版の寒山拾得で、とても可愛らしい。放菴は孫たちを可愛がり、その様子を自分の絵に反映させていたひとだが、この寒山拾得もきっと、ある日の孫たちの様子を見て思いついたものだろう。

前田青邨 みやまの四季 青邨様式の梅に小鳥たちが集う、楽しく明るい絵。見る度に新しい発見があり、見飽きない。

島成園 お客様 この絵はあまり出ない絵で、わたしはこれで三度目。昔の上方の風情がしのばれる。
小さい姉妹が愛らしい。zen520.jpg

勝田哲 縁のつな これは初見。勝田の絵もここにあるのか、という感じ。芸妓が舞う姿を描く。小指と小指を絡める。音曲が聞こえてくるかのようなムードがある。

中村貞以 白と赤の朝 これは朝顔の花の色をさしている。貞以は90年代初頭に奈良そごうで回顧展があったが、それ以後はなかなか見る機会がない。
こうしたときに世に知られ、多くの人々から「見たい画家」だとリクエストされればいいが。

志功 観自在大菩薩ノ尊像 近年わたしは志功の大和絵に惹かれるようになっていて、晩年のものなら板画より絵の方を取る。これもとてもいい絵だった。ふっくらと優しく明るい色調がいい。

高島屋の飯田新七の還暦・喜寿祝いの画帖がある。
これは完全に初見であった。

竹内栖鳳 桃梨 こういう絵を見る度、栖鳳が料亭の息子で、子供の頃からよい野菜・果物・魚を目の当たりにし、楽しく写生していたのだと感じるのだ。
桃は固そうだが梨はおいしそう。

菊池契月 仙桃仙女 緋色の衣にヒレをまとう女が青鉢に青桃を載せたものを持っている。
どうもおいしくなさそうな桃が続く。

小林古径 桔梗 白桔梗というのは珍しい。可憐である。

ほかにも多くの画家による優しい小品が続いた。

工芸品を見る。
河井寛次郎と高島屋の専務だった川勝との深い信頼関係から生まれた作品群がある。それは現在京都国立近代美術館に寄贈されているが、こうした人と人との関係を大事にする姿勢があるからこその作品なのだと思い知る。

作品だけでなく河井の言葉もあり、その心持ちを想像していい気持ちになる。

わたしが展覧会を見て歩くようになったのは、大丸と高島屋のおかげなのだった。
百貨店の中で開催されるさまざまな展覧会。
それを見るうちに目が養われ、心が開かれていったのだ。それは大丸とそしてこの高島屋での企画展がすばらしかったからだ。
百貨店での展覧会がなければ、わたしは今日年間400以上もの企画展を見て歩くことなど決してなかったろう。

高島屋の歴代企画展の資料などがある。
民藝との深い関係を示す資料は大正年間のもので、もう90年以上前からになる。

戦後には「シャルロット・ペリアン、ル・コルビュジエ、レジエ三人展」、スタイケンのプロデュースした「ザ・ファミリー・オブ・マン写真展」の世界巡回、そして大阪から生まれた「具体展」といった展覧会も開催している。

「東山魁夷唐招堤寺全障壁画展」のパネル展示もある。これは昭和57年で、このとき大ニュースになったことを覚えている。

そして平成になり、わたしが本格的に展覧会に出歩くようになったとき、京都店で開催された「生誕125年 京都画壇の巨匠 竹内栖鳳展」の紹介もあった。
これは四条河原町の角いっぱいに見えた記憶がある。
そのとき「アレ夕立に」と「絵になる最初」そして本願寺のための天女エスキースなどをみたのが印象に残り、てっきり栖鳳が美人画も多いのかと勘違いする要因になったのだった。

そしてこの世田谷ではその「アレ夕立に」の絵の前に、高島屋のローズちゃん人形に「アレ夕立に」と同じ着物を着せ、ポーズを取らせていた。ふふふ、可愛いものです。

20世紀初頭から前半の高島屋各店の風景写真がある。烏丸、心斎橋、南伝馬町、長堀、東京の京橋、そして現在の大阪本店たる南海店など。
都市風俗写真としても、近代建築写真としても楽しめる。
わたしはこうした古写真を見るのがとても好きなので嬉しい。

ほかにも同時代のライバル百貨店の建物写真が出ている。
博品館、白木屋、三越、丸善、いとう呉服店(松坂屋)、松屋、大阪の三越、伊東屋文具店、服部時計店、鹿児島の山形屋などなど・・・
とても楽しく眺めた。こんな写真を見たくてあちこちうろうろすることもある。

伊勢丹だと店内絵はがき集もあったし、大丸心斎橋の完成したばかりの写真もあった。全く嬉しい限りである。
昭和十年発行の「大阪名所絵はがき」もいい。大丸、そごう、高島屋、阪急、松坂屋、三越の外観である。
このうち外観を完全に保っているのは大丸と、多少手が加わっているが高島屋だけで、村野藤吾のそごうは取り壊され、三越も失われ、松坂屋も消えてしまった。阪急も大改装され昭和の面影はない。

高島屋は緞帳の<調製>もする。実際の製作は川島織物などであるが、施主と製作メーカーとの間を取り持つ仕事をするのだ。
最古は大阪帝国座「天の岩戸」明治42年、それから南座、大阪歌舞伎座、東京の歌舞伎座、日比谷公会堂、日生劇場、京都産業会館、国立劇場、大阪フェスティバルホール、そして先般新装なった歌舞伎座まで。
原画の画家も山口蓬春、奥村土牛、横山操、杉山寧、松尾敏男ら錚々たるメンバーである。

劇場の緞帳だけでなく皇室関連の仕事も当然する。「皇室アルバム」は伊達ではないのだ。

また戦前の豪華客船の内装にも関わっていた。
日本郵船のあの魅力的な客船たちである。
あらびあ丸サロン・喫煙室、浅間丸一等ラウンジ・特別室、竜田丸食堂・客室、ぶらじる丸子供室・喫煙室、あるぜんちな丸・・・
みんなみんな戦争に徴収され撃沈されてしまったのだ。
わたしは横浜の日本郵船歴史博物館に行く都度、これら戦前の豪華客船の生涯の紹介を見ては胸が熱くなり、涙がにじんでくるのだ。
その愛しい哀しい客船たちの姿をここで見るとは・・・
せつなさがこみあげてきた。


少し歩く。
そちらでは大正以降の告知ポスターが壁一面に展示されていた。
開店告知や展覧会、博覧会、商品販売などなど。
昭和二年の大阪店での日光東照宮博覧会はスゴい人気だったという。
別な展覧会でも見たり聞いたりしたが、とにかくスゴかったようだ。
このあたりのポスターはいろいろ見知っているものが多く、かつて見たときの記憶などが蘇るばかりだった。

高島屋は文化事業に熱心で、百華新聞というものも刊行していた。これが連載小説もあり、宣伝だけでない、いいペーパーだった。
小酒井不木「眠り薬」なども続けて読みたい。清方の長唄古曲によせる美人画20点の新作なども紹介されている。
また講談社の野間清治が剣道好きで、母方の祖父が会津松平家の分家・保科家の剣術師範だったとある。
毎号読むとさぞ楽しかったろう。

高島屋は戦後すぐに出版もしている。
「労働組合の話」、「やさしい育児問答」などは時代を感じさせる。そして富田常雄、芹澤光治良、阿部知二、林房雄、宮本百合子、藤澤恒夫も徳永直らの著書を刊行している。尾崎士郎の「人生劇場」も「風雲篇」「夢現篇」「愛欲篇」が出ている。

レコードまであるのにはびっくりした。
大正から昭和初期は童謡の時代であったが、それにあわせてか「ウサギのダンス」に「汽車ポッポ」。
また「アラビアの唄」のジャズ版もある。
凄い時代たのだなあ。

楽しいグッズもある。
デパート双六がいい。こういうのは大昔の社寺境内図以来、どういうわけか人の心を掴んで離さない。
そして高松宮さまから下賜されたマッチ箱のラベルなど。
昔のマッチ箱のパッケージデザインが魅力的なのはつとに知られているが、リアルタイムにその面白さを堪能されていた宮様が楽しそうに集め、張り付けておられたのを想像すると、温かい気持ちになる。

最後は着物のオンパレード。上品会に始まり百選会などで発表されたものたちで、千總、千切屋、川島に龍村の作品が集まっていた。染めも織りも縫いもいずれもたいへん丁寧な仕事である。面白いのは時代が遡るほどにデザインが革新的だったりすること。
わたしは寛文小袖に憧れているが、ここにあるうちのいくつかに袖を通したいとも思った。

見応えのある配置で、とても楽しめる展覧会だった。
なお、すでに終了したが、二子玉川の高島屋SCでも史料館所蔵の日本画と工芸品などが展示されていた。
史料館入り口すぐに鎮座まします平櫛田中の大黒様がきていたが、玉虫の厨子の模造品はなかった。
富岡鐵斎の扇子絵、これは多様な面白さがある。斑ネコ、五条橋の弁慶、盆踊り、日露交戦図などなど。

飯田家の別邸・呉竹庵の杉戸もある。竹に月の図は栖鳳。大観の竹の絵もある。前々から思っていたが、やっぱり大観は竹や松を描くのがうまい。

晩年の大観が大阪本店にきて「美術立国」を説いたのは昭和24年だったとか。

大団扇原画もある。西村英雄「かわます」の黄土色の目つきの悪い魚の絵が面白い。

能装束もたくさん来ていた。毛利家伝来の紅白段霞撫子蝶唐織りが特にいい。綺麗な刺繍。
他にもふくら雀の扇面などついた縫箔もあり、華やかだった。

やはり高島屋は凄い。これからもよろしくお願いします。
関連記事
スポンサーサイト



コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア