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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

浪花百景 なにわの賑わい

頴川美術館の所蔵する「浪花百景」が一堂に会していた。
今年は開館40周年ということで、所蔵する優品を数期にわたって展示している。第三期の今は幕末の上方浮世絵「浪花百景」を見せてくれている。
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説明冊子をもらったので読むと、大坂の浮世絵師の一養亭芳瀧・南粋亭芳雪・一珠斎国員による合作で、安政末期頃の作らしい。
「浪花百景」は江戸での広重らの風景版画の流行を受け、また「摂津名所図絵」をも手本にして、三人の絵師が手がけた作品である。
既に失われてしまった風景・行事も多い一方、現在も伝わるものがある。
幕末の上方の実力ある浮世絵師らの仕事。
それを大いに楽しませてもらった。

「くいだおれ」は店名だと思われている向きもあろうが、そうではなく、大坂人が総じて「くいだおれ」=食べるものに執着する、おいしいものが大好きな人間の多い土地だということから、その言葉が固有名詞にもなったのだ。
そのくいだおれだけあって、料理屋の絵も少なくない。

増井浮瀬夜の雪 天王寺にあった「浮瀬」という料亭が描かれている。アワビ貝の11の穴を塞いだ酒杯に七合半の酒が入り、それを飲んだものは店に名前を記録してもらえたそうだ。

北瓢亭 新地にあったというが、今の夕霧そばの店、あれのご先祖なのだろうか。
この絵では素敵な店構えで、石造りの舞台のようなものも見えた。

知っているようで知らなかったのが、網島の由来。「心中天網島」や網島御殿(現在の藤田美術館および太閤園一帯)
で有名だが、ここは元々は野田の漁師らが網を干してたから、網島なのだった。(今この記事を拵えながら母に訊くと、さすがにうちの母はよく知っていて、ほかにも色々と細かい話を聞いた)

松屋呉服店 これは絵にあるように○に大の字で、場所も心斎橋。つまり現在の大丸心斎橋。いろんな根がある。

長町裏 これは実は今のどのあたりかわたしにはわからない。ただここは芝居の舞台になることの少なくない地である。「夏祭浪花鑑」のクライマックスは長町裏での舅殺し、「長町女腹切」というのもある。
絵には傘がたくさん描かれている。このあたりは傘職人が多かったそうだ。傘か。江戸だと傘貼りはウラブレた浪人の唯一の収入源ですなあ。

産湯味原池 大坂六清水の一つ。産湯稲荷というのがあり、そこに名泉があったのだ。隣の味原と共に桃の名所だったそうだ。桃谷という地名が今も残ることを思う。
目の大きな美人さんが絵の下半分にいる。観光の図のようで面白い。

合法辻 雪の降る夜である。そこに一人お高祖頭巾の女がいる。後ろ姿なので顔は見えない。ほかにも数人の姿が遠くに見える。閻魔堂もちらりと見えるが、そこにも雪。
「しんしんたる夜の雪」芝居の「摂州合法辻」で玉手御前ことお辻は継子・俊徳丸の後を追って実家へ走る。
この女はそのお辻かもしれない。

崇禅寺馬場 タイトルでは場場となっているが、あきらかに馬場。松原の中に騎馬の人がいる。ここは馬の稽古場で有名だったそうだ。ここも芝居「敵討崇禅寺馬場」の舞台。この芝居は仇討ちに失敗し、返り討ちに遭う善人を描いている。

阿弥陀池 池の上に堂が建つ。池には亀もいる。アジア的な眺めでもある。ここに物部氏が仏像を捨てたそうだ。
「あみだ池大黒」は大阪の粟おこしの老舗。

茶臼山 統国寺という寺があり、それが描かれていた。黄檗宗のお寺で、普茶料理を出していたとか。
うう、食べたい。

ほかにも「野田の藤」「天神祭」「堂島米市場」「蛸の松」「四ツ橋」などなど名所・名物を描いた楽しい絵がある。
色も刷りも綺麗で見応えがある。
7/28まで。






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