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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

旧西陣電話局

久しぶりに来たら中は改装され民間会社も住んでいた。三階から外を眺めると大文字がはっきり見えた。うっすら雪が見える。焼き菓子の上にパウダースノーがかかったようだ。
外観はモダンである。裸婦のレリーフとトルソが躍ったままはりつき、鶴巻邸のような出窓がその裸婦の上に現れている。分離派の岩元禄が設計したすばらしい電話局だ。
京都は帝が京都に出ていったので地盤沈下を起こし、これではあかん、と一念発起し新し物を色々導入していった。だから電話局もすてきな建物が多いのだ。
案内してくださったNTT関係の方が親切で嬉しい。市民文化局発行の歴史遺産本を見せて貰い、ときめいた。こうした本が欲しいのだ。早速調べよう。
上から見たら煉瓦倉庫があったので表に向かうとなんだかレトロなアパートになっていた。同潤会のイトコみたいな感じだ。
とにかく京都は見たと思っていても必ず新発見がある。その発掘作業に従事しなくてはならない。こぼたれ更地になり、マンションが建つ前に。
追加。クリックして拡大してください。

ベランダから見た景色。
img369.jpg

そのまま横を見るとライオンさんと、おねえさんのトルソいっぱい。
img370.jpg

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コメント
本当に大正建築?
 これまた、通すぎる建築の紹介を有難うございます。私のブログで、師匠と呼ばせていただいているDOCOMOMO JAPANの兼松さんと懇意にさせていただく以前、実は私はポストモダンが大好きでした。(デコンやハイテクも含む。)それは今も変わらないのですが、この秋からもうモダニズムに傾倒してしまって、この「旧西陣電話局」も早速調べてみましたところ、いやはや素敵な意匠ですね。おまけにDOCOMOMO100選展カタログのトップバッターではありませんか!素晴らしい。
 私の学生時代はポストモダン全盛でしたので京都といえば高松伸氏。氏は当時のMyヒーローでした。ですからSYNTAXが潰されてしまったのは心の底から残念でなりません。ポストモダンには兼松先生のような味方がいないのです。
 それにしても関西も見所が沢山あって羨ましい。今年は茨木市の「光の教会」他沢山見ることが出来ました。私の幼なじみが神戸に住んでいて、関西はこれからも何度も訪ねたいと思っています。いつか、遊行さんのお勧め建築を案内していただけたら幸いです。
2005/12/09(金) 01:01 | URL | xwing #lW1SJDGw[ 編集]
モダニズム
わたしは基本的に1920年代が好きなのでモダニズムとアールデコに偏ってしまうのです。
大正から昭和初期のセンスが好きと言うか合うというか。ですからモダニズム系は割りと喜んで見に行きます。しかし、モダニズムの定義そのものへの疑念と言うか疑問が最近湧き出しています。

NTT続きで言えば京都ですと今ではファッションビルになっている三条ビル(新風館)スクラッチタイルが可愛いです。上京電話局(カーニバルプラザ系)こちらはドイツ風ですが。
東京の北千住局はモダニズムだと定義して良いのかどうかわからないです。これは大阪の池田局にも共通して言えますが、形だけはそれくさいけれど、スクラッチタイルに覆われてとても愛らしいのです。
モダニズムが愛らしくないのか、と言うことではなくに。タイルに纏われるとモダニズムではないのか、と言われたことがあるので混乱してしまいます。
こうしたところで躓き色々悩んでしまうのですが・・・
2005/12/09(金) 18:27 | URL | 遊行 #-[ 編集]
装飾性をどう位置づけするのか
これは、モダニズムにおける大きな問題の一つですね。例えば、我が師匠の兼松さんの好きな大阪中央郵便局は、キリリとカッコいいダークブルーのタイルで覆われています。「直線」や「装飾性の排除」にばかり拘っていると、肝心なことを見逃してしまいそうですね。建築に拘らず、昔より文化の終着駅だった日本においては、様々な事が多様に変化し、成熟しました。モダニズム建築も、日本において始めは「合理性」や「直線・円の強調」、「装飾性の排除」などの様式から出発していたとしても、明らかに変身し続けたと思います。遊行さんがお好きな1920年代と、1960年代では同じモダニズムで括られてはいても、設計者の思考は絶対に違うはずです。
 私の好きなモダニズムは、直線が醸し出す、なんとも言えない「美」です。実は単純に見えて奥深い美が見え隠れする。そんなところにとても惹かれます。装飾の有無は、私はあまり気にしません。(ポストモダンで鍛えられて、モダニズムの装飾はどれも可愛く見えまする。)それよりも、もっと本質の部分を貪りたいという欲求にかられます。具体的には「出雲大社庁の舎」や「国立劇場」に見られる荒々しくも繊細な雰囲気が好きなのです。表面が、打放しであるか、タイルであるかは問題ではありません。
2005/12/09(金) 23:39 | URL | xwing #lW1SJDGw[ 編集]
貴重なご意見ありがとうございます。こういうお話しを私は聞きたいのです。
大雑把で極端なことを言えば、20年代のモダニズムはスウィングジャズのようなものかもしれず60年代のモダニズムはビートルズなのかもしれませんね。

国立劇場は実は建造物として眺めたことがない、と言う言い方はおかしいですが、観客として使用するほうに重点を置いているので、どうしても先に『使い勝手』の方ばかり意識が行きます。個人的には気持ちの良い空間です。校倉造、と言う点に少しばかりその『必要性』について考えることもありますが・・・
2005/12/10(土) 00:08 | URL | 遊行 #-[ 編集]
ピュアなモダニズム
xwingさんにそそのかされて(笑)おそるおそるコメントをさせていただきます。
僕はなぜか歴史の研究者ではないのに、学会のCOMOMO対応ワーキンググループという委員会の主査をやっていますが、モダニズムの定義を述べようとすると、どうも戸惑ってしまいます。遊行三と一緒です。
まあそれでもそういうわけにもいかないので考えていることを述べて見ます。
建築界では、1920年くらいから1970年くらいまでをモダニズム建築の時代と言っておりますが、ピュアなモダニズムと言うと,外国ではグロピュースのバウハウスあたりから、まあライト、ミース、コルビュジエという巨匠と言われる建築家の存在,その時代を考えると解りやすいのではないかと思います。
しかしライトにしたって、ピュアなモダニズムと言われると首をかしげる方も多いように、1970年以降、つまりポストモダンと言う考え方が生まれてきてたあたりから、改めてライトの存在がモダニズムに位置づけされるようになるなど、結構ややっこしいのです。
DOCOMOMOでもいつも課題として論議されるのですが、近代とは何か、それを建築の世界で考えた場合、近代に建てられた建築をさすのか、近代建築をさすのかと言うことになります。近代建築というと、様式建築も入ってしまいますからね。言葉の使い方の問題でもあるのですが、日本ではモダニズムと言う言い方をしたほうが、イメージが鮮明になります。しかし困るのは、イズムすなわち主義と言うことになると、近代を受け止めて建築に関わった全ての建築家とその作品は、必ずしもモダニスト、モダニズム建築とは言いがたい、モダニズムに対峙した建築家もいるし、イズムにはこだわらず独自の美意識で建築を創った建築家もいる。又最近僕が気に入っている、「モダニズムでないモダニズム」という言い方だとなんとなく解るような建築もも在ります。
つまり建築と言うのは、時代や社会、そこで生み出されてきた技術や、材料のなかでつくることになり、それなしにはつくることができないからです。
1920年ころからの分離派からといわれますが、壁にこだわらず、ということは装飾に価値を見出すのではなく、合理的・機能的、大量生産による資材、そして社会改革志向、まあ市民のための建築志向と言って言いのでしょうか、近代と言う時代の志向を受けて建築がつくられるようになった、それをモダニズム建築と言うのだと思います。

ところで遊行さんの「京都は帝が東京都に出ていったので地盤沈下を起こし、これではあかん、と一念発起し新し物を色々導入していった」と言う言い方にぞっこんになりました。一瞬京都の方かと思いました。まあ今の時代に成ってみるとそんな感じで新しい時代が切り開かれていったのだといえるのでしょうね。
岩本禄は分離派というより、分離派をつくった堀口捨巳や山田守のお師匠さんのような立場の方、遊行さんのお好きなアールデコもピュアなモダニズムとは言いがたいのですが、近代を受け止めながら次第にピュアなモダニズムになっていく過程のいわば仇花。そこがなんとも僕も好きなのですが・・・

ちなみに僕が果敢に(笑)トライしているのは、ピュアなモダニズム建築の魅力を、いかに社会に伝えていくかと言うことです。

2005/12/19(月) 14:29 | URL | penkou #-[ 編集]
誤字が沢山!
読み返してみたら恥ずかしいことに誤字が沢山ありました。
グロピウスなど固有名詞が間違っちゃうと、なにやってんの!と言われてしまいそう。又文脈や言い回しにも変なとこあります。でもなんとなくわかるでしょ。初めてコメントさせていただくのに本当にすみません。
2005/12/19(月) 15:38 | URL | penkou #-[ 編集]
嬉しい限りです
xwingさんのお師匠さまからこのようなコメントをいただき、ただただ恐縮です。
わたしは既にお気づきのことと思いますが、理論的実証性に欠けると言うか、直感的にぺらぺら喋るだけの者なので、こうした論理的なお話を伺うと舞い上がってしまいます。
実際モダニズムそのものの定義と建築での『モダニズム』の差異を考えると本当に眩暈がしてきます。
モダニズムとは何ぞや?ということへのpenkou師のお話には色々と感じ入りました。ありがとうございます。

イズムということで思い出しましたが、小学生のころ授業で「~主義を述べよ」と言われて、クラスメートとふざけていたわたしが咄嗟に口走ったのは『帝国主義、快楽主義、自己主義』の三つでした。確か正解はそんなことではなく『自然主義』とか『象徴主義』だったようですが、いやな子供だな~と今になって笑ってしまいました。無論、センセイにものさしでアタマを小突かれましたが。

・・・実際、建築と言うものは究極の芸術と言うか、芸術の極限が建築だとわたしは考えています。
時代性、思想性、社会性、そしてそれらと相反するような(作り手あるいは施主の)嗜好性まで内含し、そこに存在する。
いや、存在しなくなった後でさえも様々な問題を投げかけてくる。
これは決して解けぬ謎のようなものではないか、とつくづく思うのです。
xwingさんが行われつつある論考・バナキュラーも地域性だけでなく、時代そのものとの対峙とかから考えれば、一体どうなるのだろうと思うこともあります。西洋文化が入ったときからの対峙、と言うものだけではないでしょうし・・・

わたしの無秩序なアタマは年柄年中クラクラしては、まともな発言を排除しているようです。なんだか取り止めがなくて恥ずかしい限りです。失礼しました。
2005/12/19(月) 22:08 | URL | 遊行 #-[ 編集]
小学生のころに「快楽主義」ですか。すごいなあ(笑)
僕もまあ直感人間でして、歴史を系統だって勉強してこなかったので戸惑うことも多いし、もし昔に帰ることができたら、近代建築史を学びたいものだといつも思っています。しかし時は帰らず。
とは言いながら文化人類学にトライし始めるなど、何をやっているのかオレは!
でも概して僕の周りの建築家は直感人間で、したがって理屈がどうあろうと観て感じないものに価値を認めない、そのあたりはかなり徹底しています。
僕は若い人たちに、モダニズム建築は評価が定まっていないので自分で価値を見出さなくてはいけない、モダニズム建築の旅へ出かけなさい!なんて格好良いことを言い続けています。
僕自身がその発見の旅をしているようなものなので・・・

ところでスクラッチタイル貼りの建築はモダニズム建築か?
どう思いますか?うーん!考え込んでしまいますけど・・・

沖縄論考、お墓。僕のブログにコメントしましたので、ご覧ください。でもなんだか変ですねえ。お墓が面白いなんて。
2005/12/20(火) 16:02 | URL | penkou #-[ 編集]
更に大海へ出てしまった。
 なるほど、市民の為の志向、近代と言う時代の志向を受けての建築という定義を考えたとき、あまりの広大さに愕然とし、また期待感もいやましております。
 バナキュラーの海に船出したばかりですが、このモダニズムの港にはいずれ必ず寄らなければならないし、そのときに自分なりの結論を出せるかどうかちょっと不安でもあります。
 地方に住む自分にとっては、ターゲットを「近代に建てられた建築」とするか「近代建築」とするのかも、とても重要ですし、色々悩ましいところです。
 この冬は日本海の波は高そうですが、しかし、ひとつ大暴れしたい気分です。そんな自分は「行動主義」(レムか!?)
 
 沖縄に関しても興味は増すばかり(特に酒と音楽に)ですが、ちょっと一気に全部とは行きませんので、まずは足元を見て歩こうと思います。北海道の大地にも土着、風土のマテリアルは沢山存在しており、特に建築に絡めずともE.M.フォースターのごとくゲニウス・ロキの探訪へいざ出航!
2005/12/20(火) 19:59 | URL | xwing #-[ 編集]
スクラッチタイルとモダニズム
基本的にモダニズムの定義そのものへの懐疑がある以上、わたしなどはただただ混乱するばかりです。
スクラッチタイル貼りの建築はモダニズムか、否か。
近代建築と言う言葉の根源にまで立ち返らねばならなくなるんですよね、こうなると。

はっきり申しますと(やけくそになるな、遊行!)わたし的には『モダニズム』=シャープな建造物。鉄筋とコンクリートと直線あるいは楕円で構成された外観を持つ、という定義を己の中で構築させてます。(言い切ってしまった・・・)
そして独善的意見として、スクラッチタイルを使って装飾している建造物は、狭義の『モダニズム』建築ではない、と。

狭い心だなあ。考えも狭い。
しかし、正直そういう観念がわたしの中にあります。
スクラッチタイルは一時代のみの流行だ、とも思うのですよ。可愛くて大好きですけれど。
東京には看板建築が今なお多く残っていますよね、神田だけでなく大井町周辺などに。
ところが関西にはあの手のタイプの看板建築は皆無です。
(これもバナキュラーの問題になるんでしょうが)
ただモルタルなどで一見洋風に作るのは大流行していたようで、今も色々見かけます。そしてそれらにそっと貼り付けているのですよ、スクラッチタイルを。
・・・これらのことで、わたしにとってはモダニズムとスクラッチタイルは別物だーーーっという気分が湧くのですよ・・・(涙)

ドメスティックというよりも、更に狭小な世界の話で申し訳ないです。基礎の勉学を怠っているために、浅いのが露呈してしまいましたね。太刀打ちどころか、脳天唐竹割り状態で「エケケケケ~」とか言うてしまいそうな状況です。失礼しました。
2005/12/20(火) 21:12 | URL | 遊行 #-[ 編集]
もう一度今バナキュラー
モダニズムを考えようとすると、近代化をどういう風に捉えるかということになるのでしょうね。建築だけでなく文学や美術の世界、或いは社会の動きを視野に入れながら論議される問題なのでしょうが、ちょっと手に負えなくなりそうです。
でも建築を考えていくと、建築から社会の動きが見えてくるということもあると思うので、まあそれでいこうかと思っています。
しかし大切なのは単に過去を見つめるだけでなく、今とこれから、建築家にとっては何を創るかと言う命題の糧になること、その考証なくては創れないのだと認識することだと思います。

遊行さんのスクラッチタイル考は正しいのではないでしょうか。スクラッチタイルを張ってある建築を観ると、建てられたおおよその年代がわかりますよね。あの手作りっぽい手触りは、白い四角い箱と言われるモダニズム志向に添えなかったのだと思います。
シャープな建造物と言う言い方も良い得て妙、楕円という造景観念はどうでしょうかね。ちょっと違うかも。でもそういう視点で見直してみると新しい発見があるかもしれない。山田守の初期の楕円部分の建築を観ると、山田守は只者ではないと言う心が躍る気持ちになってはきますからね・・・

モダニズムとバナキュラー、普通だと全く相容れない概念だと思うのですが、今バナキュラーと言われると隠れていた何か大切なものが浮かび上がってくるような気がしますね。
これはxwingさんに期待するとして・・・・・

看板建築はまずは火事対策だったのではないかな。それが江戸の(東京の)板金職人の心意気でああいうものが誕生した、と言うのはどうでしょうか。
2005/12/21(水) 13:33 | URL | penkou #-[ 編集]
今バナキュラーを論考するにあたり
 勿論、様々な比較を主として、話を進めていくわけですが…。東京…。大阪…。沖縄…。何処も遠い!日本は広いっす!これはもう「今・松尾芭蕉」いや私は道産子なので「今・間宮林蔵」と化さなければならぬ予感が。
 実はこの「今」という言葉が曲者で、その時代時代毎の「今」を解いていくと、昔から取り込み上手の日本人によるモダニズムとバナキュラーの接点なんかも見えてきそうですね。それにしても、まともにフィールドワークしたらネバーエンディングストーリーになりそうな・・・。
 外壁の装飾に関して述べたいこともありますが、近々自分のサイトででも。
2005/12/21(水) 14:38 | URL | xwing #-[ 編集]
楕円にみとれて
penkou師のコメントの中で楕円は違うかも、という文を見て何故私が楕円形を見てモダニズムを感じるのか、それをここにちょっと書いてみたいと思います。
この場合のモダニズムは以前に書いた狭義でのモダニズムです。
(遊行語辞典=私家版・非売品より)

以前にこのコメントの中でもxwingさんから’20年代と’60年代のモダニズムは違う、という文を寄せられ「ソヤソヤ」とばかりに変な喩えを出した私ですが、個人的見学体験から申しますと、楕円と言うのはちょっと正確ではないのですが、御影公会堂、あれをみてもわたしは『楕円』と呼ぶわけです。つまりつばの部分というのかそこをみているわけなのです。
また、縦長で先端が丸く曲がっているようなのを総じて『楕円』とわたしは見做すのです。それが正しいのか間違いなのかはわかりません。見える、とかく以上は、あくまでも私個人の意識の中の問題かもしれませんが。

電話局に特にそれらを見かけますが、これは’20年代から戦前のモダニズムの建物ばかりなのかと思ったりします。
戦後のモダニズムで、スクラッチタイルが置き去りにされた後の建物は、総じて白っぽい直線のように見えるのです。そう、白い箱ですね。
そこにはもう『楕円』はないように思います。
ただ、今現在目黒区総合庁舎になった元は千代田生命本社ビル、村野藤吾ですね。あれの内部写真を見ていると、なにやら楕円の生き残りのようなものが・・・
また、これが現在のことになると・・・ポストモダン『以後』というのですか、ちょっと判断がつかないのですが、九段にある『昭和館』これ、完全に楕円形ですよね。
ヨドバシとか・・・

要はボキャブラリーが貧困なせいで『楕円』と一くくりに言ってしまっているだけなのかもしれません。
他にどういうのかわからないので、教えていただけると、嬉しいです。(知りたいという欲望が強いので、申し訳ないですが・・・)

論理が立っているかどうかもちょっと不安ですが。
2005/12/21(水) 21:48 | URL | 遊行 #-[ 編集]
NYに行きたくなった!
快晴続きの東京(僕の住まいは神奈川ですが)から、遊行さんの雪から無限に広がっていく世界に想いを馳せています。

楕円あるいはアールデコの流線型がなぜ僕たちになんとなくノスタルジックな思いを抱かせ、可愛く感じられるのか、でもその時代があまり長続きしなかったのはなぜだろうと考え込んでしまいます。
アールデコは装飾と直線のせめぎ合いの中で生み出された様式だと思うのですが、やはり時代の落とし子、そういう言い方をしたくなるような気がします。日本だと大正ロマンでしょうか。

モダニズムは直線なのです。それは機能的、合理的、工業化、大量生産、もう一つ抽象的といった概念をよしとする時代になっていく、そこに技術と言う新しい概念も生まれてくる、そうなるとそこに新しい美を感じ、新しい息吹に身を躍らせると言うことになるのでしょうか。
曲線で建築をつくるのはなかなか厄介でもありますからね。とはいえ、体育館などで試みられたHPシェルなどの曲線、丹下さんの代々木の体育館などの大空間構築、吊構造が生み出す魅力的な曲線による美学(技術によると付け加えておいたほうが判りやすいかも)と言う流れもあります。

村野藤吾をどう考えるか、たぶんモダニズムに対峙したという言い方をしてもいいような気がします。千代田生命本社ビルの楕円と言うと、エントランスホールのガラスモザイクによる天井のトップライト部分でしょうかね。
でもこれは山田守、と言うことは郵政建築や電電建築などの楕円とはちょっと違う感性だと思います・・・でもなんとこの天井が美しく観ているとドキドキしてくるか。そしてこの建築はなんと魅力的か。あまり理屈で建築を観たくなくなってきますね。
またアールデコの代表と言われるNYのクライスラービルやエンパイヤ・ステートビルの素晴らしさ。今すぐにでもNYに行きたくなってしまうなあ!


ポストモダンはモダニズム建築への懐疑から生み出されたといわれますが、どうも僕には頭の中で理屈によって構築された試みのような感じがしていて、なんとなくホンモノと言う気がしないのです。
これは僕の勝手な感想?のようなもの(全く理論構築していません)なのですが、ポストモダンが面白いと思われているxwingさんはどうお考えでしょうか。


2005/12/25(日) 12:39 | URL | penkou #-[ 編集]
NYには行きたいです
penkou師の『村野藤吾はモダニズムと対峙していた』に『うぉっ』な遊行です。わたしはもう完全に村野はモダニズムの人だと思い込んでいましたので(旧そごうなどで)心臓がドキッとしました。
ああ・・・そうなのか、という感じです。
ちょっと考え込ませてください。

NYには行きたいです。ボストン、シカゴ、NY、フィラデルフィアには行きたいです。後はアメリカにあまり感心が湧かないのです。
基本的に’20年代に都市の様式が決定しているようなところが好きなのです。

ところではっきり申しますと、私が一番好きな建築家は伊東忠太です。そして渡辺節。私とナマなお付き合いのある人々は、私が忠太ファンだと言うと、一斉に笑った後で『納得!』といいます。
ヴォーリズも好きなのですが、エキセントリックなところが忠太にピッタリとよく言われます。・・・忠太のファンは笑われるのだろうか(涙)それとも私のせいで忠太が笑われるのか・・・
2005/12/25(日) 16:26 | URL | 遊行 #-[ 編集]
えー、ポストモダン如何っすかー?
なんだか、力技で一本書きましたー。矛盾だらけで、お粗末ですが、宜しければ見てやってください。
2005/12/26(月) 01:47 | URL | xwing #lW1SJDGw[ 編集]
not subject
そごうは心斎橋大丸(ヴォーリズ)と並んで建っていましたからね・・・モダニズム(モダンムーブメントという言い方も頭の隅に入れておくと良いと思います)の本流があって、それに対峙したり、それには目を向けずに自分の美学を貫いた建築家もいます。しかし誰であれ時代を受け留めて創ったことには違いない。村野藤吾は対峙したという言い方で捉えて良いと思います。勿論大量生産による建材も使ったし、技術にもトライし他のですが。
とはいえ村野さんをモダニストとはいわないと思います。

ヴォーリズでなく伊藤忠太とは。なんだかわかる様な気がするなあ。ところで東京築地の本願寺は、コンクリート造です。どういう風に考えましょうかね。
渡邉節は村野さんの御師匠さんですね。大阪のダイビルは村野藤吾が担当したのですが、装飾はともかく外観を見るとああこれは村野藤吾だと感じます。壊されそうなのですが!綿業会館の一部の階段に村野のカーブを思うのですがどうでしょうか。

ブックマークありがとうございます。僕もそうさせていただきますがちょっと年末であわただしいので少し時間を!MOROさんのポストモダン論にもちょっと時間ください。
2005/12/27(火) 10:36 | URL | penkou #-[ 編集]
村野から忠太に飛ぶ?
penkou師の村野のお話に惹かれました。

<大阪のダイビルは村野藤吾が担当したのですが、装飾はともかく外観を見るとああこれは村野藤吾だと感じます。壊されそうなのですが!綿業会館の一部の階段に村野のカーブを思うのですがどうでしょうか。

橋の上から遠望したとき、確かに村野を感じますね。
ただやはりダイビルは装飾がメインだとわたしなどは思うのですよ。そこにやはり渡邊節を想うわけです。セツーなんて叫びたくなるわけです。東京のダイビルの可愛い装飾たち、あれも大好きです。大阪のダイビルの柱を見ていると、あれはゴシックなのですか、カソリック教圏の古い町並みを思い出します。
しかし内部のエレベーターなどにわたしは村野を感じますが。

綿業会館の該当する階段は多分、あれですね。
確かにあれだけ、他のとはノリが違いますね。
わたしの個人的感想ですが、大阪の近代建築ベスト3は、北から南へむけて
中央公会堂
綿業会館
大丸心斎橋
です。

この三つは何があろうと守って欲しいです。
外観だけでなく、使い勝手のよさも含めてのベスト3です。

忠太の築地本願寺のコンクリは、考えようによったら、石造りでは地盤が危険だとかそういうこと、ないですか。
あと、お葬式とかされるときのお掃除とか、また、おせっさんの大谷光瑞のお金の使い方に色々内部批判もありましたし・・・それはもっと後年ですか。わたしは様式よりも内部事情によるものだと考えていましたが。
2005/12/27(火) 12:44 | URL | 遊行 #-[ 編集]
こんばんは
西陣電話局に思いがけず出会いました。グーグルで検索してたらこちらの記事がでてきました。とっても興味深く読ませていただきました^^TBさせていただきます。
2006/09/25(月) 22:17 | URL | こいちゃ #EVuTtBQQ[ 編集]
うわ、こんな昔の記事にも・・・そうですね、これは現役建築家とその界隈人とただの建築ヲタ三者鼎談によるモダニズム論なのでした。
思想的相克があり、色々考えるべき問題が含まれているなと思ったものです。
2006/09/25(月) 22:58 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
遊行さん こちらのブログは少し前から何度か拝見させていただいていたのですが、書き込みは始めてです。

しっかりと近代建築を見ておられる遊行さん、勉強になることばかりです。

煉瓦建築アパートいいですね。
近代建築を外から見たり、内部を見るのは勿論楽しいですが、近代建築の窓から外を眺めてみる。。というのはまた格別ですね。
近江八幡郵便局から教会が見えました。
あぁ。。 ヴォーリズさんの世界だなぁって感動しました。

同潤会アパートはひと目見ておきたかったと思っています。


2006/09/27(水) 21:03 | URL | yume #-[ 編集]
yumeさん こんばんは
同潤会アパートは二つばかり見ました。
大正の都市生活者の側面を見た、と言うべきかも知れません。
東京の渋谷郷土館と新宿歴史博物館に再現がありました。
新宿は違うかもしれませんが。

近代建築を共に愛し・楽しみましょう!!
2006/09/27(水) 22:58 | URL | 遊行七恵 #-[ 編集]
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