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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

極楽へのいざない 練り供養をめぐる美術

龍谷ミュージアム「極楽へのいざない 練り供養をめぐる美術」展の前期最終日に出かけた。
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つい最近、ネットで「#坊さんあるある」というのを読んで、大ウケしていた。
こんな例がある。
・懸命に読経した後、遺族さんから「天国の親父も喜んでいます」・・・敗北感にまみれる坊さん。
せめて「極楽にいる親父」と言うてほしいわね。

そう、「極楽」という言葉が遠くなっている。
殆どの人が仏教徒の日本人だが、極楽に行くのでなく天国行きというのをつい口にする。
行く先地獄、途中に墓場、始めに焼き場ということを忘れてはいかん。地獄から極楽へ行ける人もおるのに天国と言われてはねえ。
とはいえ、「極楽湯」「極楽温泉」はいい感じの店名だが、「天国湯」とか「天国温泉」はなんとなくコワイ。
気持ちよくなって、ついそのまま・・・というのもありそうだ。
一方、実際に温泉地獄とか地獄の湯というのもあるのだが。

さて、戯れ言はここで止めて、展覧会で見たものについて書く。

「極楽へのいざない」とは、しかし巧いタイトルだ。
練り供養を採り上げた展覧会はこれ以外知らない。
二次元の仏画、三次元の仏像、仏面。
仏画が動くとアニメーションだが、仏像や仏仮面が動くと「練り供養」となる、とわたしは解釈している。
実際のところ誰も極楽往来なんてしていないのだ。
地獄ツアーしたという高僧の伝説もあるが、どちらにしろそのイメージを伝えるために絵を描き、言葉を尽くす。
ただ、それよりも極楽のイメージをもっとナマナマしく伝えることが出来るのは、演劇・演技なのだった。

序章 練り供養とは
ここでは曼陀羅や来迎図が集まっていた。

伝・智光曼陀羅 室町時代 奈良・能満院 下に広がる蓮池では赤子らが楽しそうに遊んでいる。

清海曼陀羅 江戸時代 真如苑 紺地金線の厳かなもの。

当麻曼陀羅 法眼隆尊 元応元年(1319) 兵庫・龍泉寺 金色の丸顔の仏たち。優しいお顔でとても綺麗だった。

千手観音二十八部衆 鎌倉時代 広島・浄土寺 向かって左側に、どう見ても白い女面かぶった武将風なのがいる。
誰に当たるのかはわからない。

地蔵菩薩来迎図 鎌倉時代 奈良国立博物館 綺麗、非常に綺麗なお顔。感心した。

善悪双六極楽道中図絵 黒川玉水 安政五年(1858) 龍谷大学大宮図書館 すごく面白い双六。これを拡大コピーして遊ばせてほしかったな~


第一章 のぞまれた臨終のかたち この世とあの世の造形
地獄と極楽の様相をみる。
随分前に板橋区美術館で「地獄/極楽」展というのがあり、非常に面白く眺めた。
それを思い出した。
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往生要集巻1 室町時代 丁度拷問の最中の絵。首を錐でキリリリリとされてたり、直腸に熱湯入れられたり、バーベキューにされたり。妙にときめく様子。

十界図 室町時代 當麻寺奥院 人間界の、生の営みを下部に展開し、上はその他諸々と地獄の景色。下界では花が咲いても魂抜かれようとも、楽しい日々。

九相詩絵巻 大永7年(1527) 縁のある畳の上に美人の遺体あり。次はもう膨れ上がっている。

地蔵菩薩十王図 室町時代 岡山・寶福寺 泰広王の前、獄卒は豹柄の半袖マッチョ鬼。ちょっとかっこいい着こなしである。

ここからは来迎図オンパレードである。
二十五菩薩の中には、本来の目的を忘れて踊ったり演奏したりに夢中なのや、また人間側もぜひとも「迎えに来てもらわなくては」と手の込んだ刺繍絵にして、自分の髪を仏にプレゼントしたり、となかなか面白いものをも見た。

阿弥陀三尊来迎図 室町時代 左右二尊がウェーブと言うかクセの強いロン毛を肩超えに伸ばしている。なかなか色っぽい。横顔を向けるものと斜め顔を見せるものと。

阿弥陀五尊来迎図 室町時代 上の奏楽菩薩二人、振り鼓・腰鼓でパコパコッと元気よさそう。

阿弥陀三尊来迎図 鎌倉時代 滋賀・光明寺 こちらは手前二人がたいへん綺麗で、特に民家に近づく菩薩が、往生する人(赤ちゃんに見えた)を優しく蓮台に乗せている、という珍しい構図。こういう絵は忘れがたい。
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刺繍種子阿弥陀三尊図 鎌倉時代 永観堂禅林寺 緑の地に天蓋、すべてが刺繍。細かい。
このお寺は例の紅葉で有名な永観堂。首捻じ曲げたままのご本尊がおられるところ。

阿弥陀聖衆来迎図 鎌倉時代 奈良・松尾寺 阿弥陀の真後ろに、どうも変なオジサンがいる。七人が真正面向きで、その背後の菩薩たちはそれぞれ好きな方向を向いているのが、まるでクラス写真みたい。

阿弥陀二十五菩薩来迎図 鎌倉時代 滋賀・新知恩院 それぞれ踊る踊る。チラシの右側の皆さんです。阿弥陀さんの光背の真後ろに立つ琵琶弾く菩薩なんか雰囲気的にはハワイアン、琵琶も大きなウクレレに見えるくらい。すごいニコニコ。澄ましてるよりかは、そんな方が楽しくていいけどね。

二十五菩薩来迎図 鎌倉時代 京都・浄福寺 対幅でそれぞれぐるっと右から左から。

二十五菩薩来迎図 鎌倉時代 永観堂禅林寺 菩薩たちのみなのは剥落のためか?しかし雲の一室のように見える。蓮に乗るわけだが、それであっても、室内オーケストラぽい。

二十五菩薩来迎図扉絵 南北朝時代 永観堂禅林寺 これは截金細工が細かに残っている。すごく濃やかな仕事をした跡が見える。

展示室の真ん中に絵ではなく彫像が現れた。フィギュアである。
木造阿弥陀如来坐像および二十五菩薩像 平安後期・江戸時代 和歌山・法福寺 中央の宗主たる阿弥陀のみ黒いが、あとの菩薩たちは白肉さん。胡粉で白々して、そこへカラーがついている。ちょっとナマナマしいな。

法然上人絵伝 巻第三十七 室町時代 當麻寺奥院 キターーーッ!そう、ご臨終の法然上人に阿弥陀のライトビームが届く絵ね。久しぶりに見たなあ。京都、東京以来か。

山越阿弥陀図 室町時代 滋賀・西教寺 ・・・「誕生」にはケーキ、「臨終」にはハス。

山越阿弥陀図 室町時代 ズドーンッッッと真正面過ぎて、ウォンテッドとでも言いたくなる図。

木造山越阿弥陀像 江戸時代 奈良・新薬師寺 うわーーーっまるでドイツ辺りのキリスト教の像みたいーーーっ

いや~~なかなかここまででも相当濃い展示でしたわ~~
これが二階の状況です。
そして三階へあがると、全編「練り供養」の世界。

第二章 練り供養いまむかし 各地に伝わる練り供養
奈良の當麻寺、岡山の弘法寺、遍明院、誕生寺、大阪の四天王寺、京都大原三千院、法隆寺、加古川の浄土寺、大阪の大念仏寺・・・
みんな練り供養のあるお寺なのだよ・・・

當麻寺の練供養がやっぱり一番高名なのかな、お寺から中将姫の坐像が来ていたが、出家前のお姿と、法の弟子となってからのとがある。
どちらも白いお顔に丁寧な合掌。
他にも貞享3年製の15歳の姫の像もあり、こちらも賢そうでした。

それでとにかく、前述したお寺から行道用の仮面がザクザクザクザク並んでいて、凄い情景になっている。
「圧倒的ではないか」と思わずつぶやいてしまったなあ。←ギレンの尻尾。
そう、別にそれは「問題ない」←ゲンドウですか。
要は、<わたし>がその状況から逃れてしまいたかった、というのがある。

正直圧倒的な仏の仮面に負けてしまい、ヒーーッとなっていた。
いやもぉ本当に申し訳ないが、怖いな。
この仏のコスプレされた方々(失敬な!)に取り囲まれたら、ヤバイ。
それでそそくさと逃げるように回ってたら、2Mくらいの高さの仏像がどーんっと。

木造迎講阿弥陀如来立像 鎌倉時代 岡山・弘法寺 こちらがおらるるわけです。
台座入れて2Mくらいだが、実寸だけでも6尺くらいありそう。それでこれが実はカブリモノだというから、ノケゾリそうになった。
みぞおちあたりから外を見て歩行するらしい。
こわ~~こわすぎる。

同じく大阪の平野の融通念仏宗の元締めの大念仏寺からも同じお名前の仏像が来ていた。
こちらは江戸時代のカブリモノで、胸に卍型の隙間があり、そこから外を見て歩行するとか。

…すみません、ほんまにごめんなさい、こわいです。

まだまともにがんばって目を向けたのは絵くらいか。
阿弥陀聖衆来迎図模本 明治29年 下村観山らの模写もの。さすがにうまい。
しかし笑顔が怖かったりする、特に琵琶持つ菩薩が。

最後に見たのが地獄絵日記。
矢田地蔵毎月日記絵 室町時代 奈良国立博物館 …「鬼灯の冷徹」の先達みたいなものかもしれない。

あー、不信心・不心得者のわたしでした。
今は後期になり、また展示替えもあり、見どころは十分。
どうぞおでかけください。
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