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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

京都 洛中洛外図と障壁画の美 その1 洛中洛外図

東京国立博物館、ここで今「京都」展が開催されている。
「京都」と言うても千年前の都の始まりから幕末の騒乱、明治の衰退と復活といった歴史をテーマにしたものではなく、「近世」をメインにしたものである。
「京都―洛中洛外図と障壁画の美」というタイトルがそのことを示している。
洛中洛外図と障壁画。
障壁画は京都御所、龍安寺、二条城を彩ったもの。
それらに狙いを絞った、素晴らしい展覧会だった。
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最初に洛中洛外図屏風・舟木本の細密映像を見るコーナーがある。
この映像を素通りすることは出来ない。
精緻な映像で、肉眼では見づらい画像を拡大化して見せるのだが、それは「ここを見てほしい!」という主催者側の強烈な思いが込められた、メッセージなのである。
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舟木本は今では「伝」ではなく、岩佐又兵衛作ということになった。
上杉本が狩野永徳作に断定されたのと同じように。
上杉本は京の町<洛中と洛外>とを描く。四季折々の風俗をその辻々角々で見せ、風景の点景として、優しい筆致で人々を描く。
一方、舟木本は京の町<洛中と洛外>に住まう人間模様をナマナマしく描く。華麗な彩色で人間の営みを捉え、町の中で名は知らぬ誰かが誰かと交渉したり一人で動くさまを見せる。
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上杉本・舟木本、どちらも素晴らしい屏風である。国宝・重文と分けられはしても、存在の貴重さに変わりはない。
風景を描く上杉本、人間模様を描く舟木本。
今回「舟木本」が映像作品に選ばれた理由は知らない。
しかし又兵衛の作品は人間を描く強い力に満ちている。エネルギッシュな群衆、一人一人に強い個性がある。

あくどいばかりにキラキラしくナマナマしい人間模様を、映像と言う手段でまずアプローチして、そこから一挙に「洛中洛外図」の世界へわたしたち観客を送り込む。
それに乗って、わたしたちは自分も「京雀」になり、桃山の末から江戸初期の京の町ナカへ入り込もう。


第1部 都の姿─黄金の洛中洛外図
いわゆる「洛中洛外図」だけで7点の屏風が展示される。
11/4までのものと11/6からのものと展示替えはあるが、現在展示されていないものはパネル展示となって、壁面を飾る。これもまた精緻な画像パネルなので、楽しい。

現在展示されている屏風はこちらである。
洛中洛外図屏風 上杉本 狩野永徳筆 6曲1双 室町時代・16世紀 米沢市上杉博物館
洛中洛外図屏風 歴博乙本 6曲1双 室町時代・16世紀 国立歴史民俗博物館
洛中洛外図屏風 舟木本 岩佐又兵衛筆 6曲1双 江戸時代・17世紀 東京国立博物館
洛中洛外図屏風 勝興寺本 6曲1双 江戸時代・17世紀 富山・勝興寺

11/6からは以下の屏風。
洛中洛外図屏風 歴博甲本 6曲1双 室町時代・16世紀国立歴史民俗博物館
洛中洛外図屏風 福岡市博本 6曲1双 江戸時代・17世紀 福岡市博物館
洛中洛外図屏風 池田本 6曲1双 江戸時代・17世紀 岡山・林原美術館

まず現れた舟木本を丹念に凝視する。
描かれた人間の脂までこちらに届きそうな絵。一扇一扇から溢れ出す人間たちの巻き起こす喧噪と、日常の動き。
四年ほど前に舟木本の凄いとしか言いようのない、高精度な再現がされたミニチュア屏風がトーハクから販売されて、わたしも喜んで購入した。
手元で賞玩してきたが、こうして本物を目の当たりにすると、またワクワク感が湧き起こってくる。

又兵衛の描く人間は美醜関わりなく、みんな生き生きしている。色事も大っぴら・悪事もやらかすし、一方で機嫌よくにこにこと静かに暮らす家族も描く。
お店は流行っているところはわいわいしているし、閑古鳥の鳴くところは退屈そうである。
とはいうものの京である。
常にどこかに人がいる。

一つ一つの屏風について細かいことを書くのは、今回はしない。
これだけの屏風が一堂に会するというのは、将に東博だからこその壮観さ。
「東京」で「京都」を見ることの<意味>と<意義>とが、この空間にいることで、強く理解また納得できる。
それぞれの個性を見せる洛中洛外図。まことに素晴らしい。
諸本を見比べて、建物のあるべき場所をチェックしたり、その表現の違いを楽しむだけでもいいのだ。
どんな楽しみ方も可能な空間、それがこの第一部なのである。

とはいえ、にわか「京雀」となった身の上、やっぱりクチバシは囀らずには、いられない。
まぁちょっとだけ、それぞれの屏風についてチチチチと書かせてもらおう。

舟木本 まぁほんとに又兵衛さんたらwと言いながら眺めたい屏風。どこを見てもどれを見ても、人間の猥雑なまでの元気さがあふれている。
坊さんにしても尼さんにしても行い澄ました顔をするばかりではない。
遊女に抱きつく男はちゃんとこの後、身銭を切って遊んだのだろうか。
お母ちゃんに甘える子供も、ケンカするおっちゃんたちも、みんなその頃のちょっとベタな京都弁で声高に物を言い合っているのだろう。
わたしなんぞもシャベリの口で騒がしいほうだから、なんぞ面白いことないかーっと言いながら町を往来しているだろう。
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市原悦子の家政婦風に「まぁ・・・!」と言うてみよう。

上杉本 近年の「狩野永徳展」での目玉作品の一つ。じっくり間近で見るのはそのとき以来。上品ないい絵。
遊ぶ子らも猿回しも、恋文を売る人も節季候もみんなそれぞれの持ち場を離れず、分をわきまえて静かに佇み、あるいは立ち歩く。
祇園祭も騒ぐことなく、しかしにぎやかに巡行が続き、御所のうちではこれも静かに舞楽が続く。
この屏風絵の中にいると、みやこの広さ・名所の多さを実感する。いくらでも行き先はあるということを知る、名所屏風絵の世界。
とはいえ、各施設(名所)をメインにするので、季節は右から左へ移行するのではなく、わりとアバウトな感じ。

歴博乙本 2007年の歴博「西のみやこ 東のみやこ」以来の再会になる。
奈良絵本の人物を思わせる表現。左には管領・細川氏の邸宅もあるし、松尾社まで描かれている。商家の暖簾の屋号や紋所を見るのも楽しい。
金雲があたりに立ち込めすぎていて(排気ガスではないよ)奥まで見通しにくいのが残念だけど、雲の隙間を縫うようにして、右から左へ走ってゆこう。

勝興寺本 これは初見。くっきりした建物造形。屋根の構造もリアル。そしてわたしたちのイメージする天守閣を持った二条城が大きく描かれている。その前を行く神輿も立派。
人物は小さいながらもイキイキしている。お鷹狩りの人もいる。今回の四つのうちで唯一ではないか?

ああ、いいココロモチで京雀になって、あちこちの<現場>を楽しませてもらった。
さーて次は京都御所。
ここでわたしは今回お借りした音声ガイドを押して、雅楽の「越天楽」を聴いた。

長くなりすぎるので、今日はここまで。
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