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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

古径と土牛展 (ブロガー内覧会に参加して)

山種美術館での「古径と土牛」展ブロガー内覧会に出かけた。
いつもいつもお世話様です。

最初に主催者でもあるTakさんのトークがあり、参加者をくつろがせてくれる。
やがて山崎館長にバトンタッチされ、古径と土牛の絵画の技法の違いなどについて詳しい解説がある。

古径も長命だったが、土牛は更に長命で、百歳を超えるまで生き、描くことに打ち込んだ。
わたしは古径の世界に強く惹かれるので、どうしても古径を主に見てしまう。
とはいえ、土牛の「大きさ」というものも決して見過ごせない。
今回、古径と土牛の決定的な違いというものを、ご自身も日本画の専門的な教育を受けられた山崎館長のお話から教わり、改めてこちらの目が開いたように思う。
そのことについても、この場で記してゆきたいと思う。

なおここに挙げる画像は全て、今回の内覧会の際に、主催者の許可を得て撮影させていただいたものである。


明治のころの若かった古径が描いた絵がある。
皆さんその絵を見て、多少の違和感をも感じている。
大毘古命図1383380102926.jpg
古事記に現れる謎の娘を描いた絵である。色調も薄ぼんやりとしているが、文芸性の高い作品でもある。

古径の最初の頃の師匠が歴史画で名高い梶田半古だったことを思うと、この絵があることも不思議ではない。
泉屋博古館分館に所蔵されてる半古の作品に、アメノウズメを描いたものがある。トコヨノナガナキドリと共に立ち、封じられてしまったエネルギーの復活を願って、今まさに踊らんとするアメノウズメ。
明治に生まれた歴史画は古事記などからも多く題材を得ていた。

館長さんのお話がまた興味深い。
この絵が描かれた1907年頃はラファエロ前派が日本に入ってきた時代で、直接の影響は受けずとも、意識していたかもしれない、ということ。バックのモアモアしたところは朦朧体で処理。そして、当時の古径は「線にこだわっていなかった」ということ。
後年の線へのこだわりを思うと、非常に興味深くもある。


今回のわたしの最愛の絵。白華小禽
1383383881445.jpg
マグノリア、という洋風の名で呼ぶけれど、この花の白さは<和>の本質たる情緒、それをまっすぐに顕したものだと思う。
そして葉の緑。裏と表の色の違いが丁寧に描き分けられていることにもときめく。
白と緑を斜めに小さく裂く瑠璃鳥。ここにその鳥がいることで、画面に健やかな緊張感が生まれる。


りんご・もも・みかん。おいしそう♪1383383920868.jpg
染付の可愛い鉢にぎゅうっと押し込められている。


今回「清姫」全作品が出ている。ここでも貴重なお話を伺う。
この連作は「線の塊」で構成されている、ということ。
発端は白描で完成済み。最終絵の入相桜は、古径独創だということ。
古径はあまり色を拵えない人だったそうだ。原色そのままを使う。
日高川にたどりついた清姫の髪に金を使う。
(たいへん効果的だと改めて絵を見て思う)
清姫の情炎が沸点を超えた、それが金の効果ではっきりと伝わってくる。

清姫三態
寝間でかきくどく。1383383951054.jpg
花色の衣装が愛らしい。蝶が舞う内掛。

走る清姫。1383383974418.jpg
表情は静かなままである。しかし膝下まであらわにして走る、その異常さが伝わる。

川でせき止められる炎。それを表現するかのように、金の輝きが、なびく髪の狭間に置かれる。
1383384030564.jpg
拒絶への憤りが金の炎になったのかもしれない。


ガクアジサイを描いたものもいい。1383384078002.jpg


霊友会の所蔵からきた屏風が出ている。
紫苑紅蜀葵
1383384183552.jpg左に赤い花。

右に青紫の花。1383384177164.jpg

「紫苑は物を忘れさせぬ花ぢゃ」1383384278112.jpg
石川淳「紫苑物語」を必ず思い起こす。

花は他にもある。
朝顔をじっくり見る。1383384790668.jpg

色もさまざま。1383384815947.jpg


猿曳 対幅。猿のエンターテイナーぶりがいい。
1383385092644.jpg

1383385107709.jpg



弥勒1383384350845.jpg 1383384358839.jpg
大野寺の対岸にある摩崖仏。
わたしはこの絵を見て、大野寺へいつか行こうと決めたのだった。
館長さんのお話によると、古径はこの絵をこの時点でいまだ完成作と見ず、そのために落款を入れていないと言うことだった。


次は土牛の代表作の一「醍醐」 わたしの従妹はこの絵を使った切手を見て、それで醍醐の桜を見に出かけた。
従妹は絵に詳しくないひとだが、素朴な心持でこの絵の切手を見て、そんな心持になったのだ。
土牛の絵力は大きい。1383384400293.jpg

桜は実は盛り上がる花びらを持っていた。1383384391180.jpg


わたしはこの「蓮」がとても好きだ。1383384957101.jpg
明代の五彩のような鉢に咲く睡蓮。
器への愛情と共に愉しむ。


今回の展示の見所の一つに、「比較して楽しむ」ということがある。
浄土を思わせる。1383385012893.jpg
古径と土牛の蓮、古径の観音。

館長さんから彼の話を聴く。
土牛は薄く薄く色を塗り重ねる画家だったそうだ。
土牛は輪郭線に執着しない。

深い納得が行く。
そして彼の代表作の一「鳴門」を見て、改めてそのことを思い知る。

古径の余白と、土牛の余白のない画面についてのお話。
土牛は会場芸術のために余白をなくした。
古径までは卓上芸術であり、余白が生きる。

非常に胸を衝かれるお話だった。
長らく疑問だったことが氷解した。
わたしは卓上芸術が好きで、それで現代の日本画にほぼ関心がもてないのだった。


古典からの学びと言うものを古径も土牛も行なった。

古代中国の人がたからも学ぶ。1383385216642.jpg
唐初の風俗のようにも思われる。


古径の「牛」は駿牛図からの発想だという。「勇ましい牛」である。
1383385314122.jpg

土牛の牛はインドの「聖なる牛」。
共に魅力的な牛たち。1383385231065.jpg

「犬」もまた、宗達の影響下に生まれているようだ。
クンクン 1383385258671.jpg

元祖・本家。1383385278178.jpg

土牛のわんこ。1383385288505.jpg


最後に素敵なお茶の時間があった。
いずれも見事な生和菓子。1383385394767.jpg
ときめきがよだれになる・・・!!

見知らぬ人々とお菓子をいただき、お話をする。とても楽しい時間だった。
また館長さんともお話をして、ますます山種美術館が好きになる。
思えば茅場町時代から山種美術館は、わたしの「日本画鑑賞修行」の場だった。
とても大事な場所なのだ。

こんな機会を設けてくださったTakさんと、山種美術館に改めて御礼を申し上げたいと思う。
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