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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

狩野派と橋本雅邦 そして、近代日本画へ

埼玉県立歴史と民俗の博物館で「狩野派と橋本雅邦 そして、近代日本画へ」展を見た。
最後の狩野派たる橋本雅邦は明治の没落を味わった絵師であり、また明治の「日本画」の始まりを担った画家でもある。
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狩野派は徳川三百余年の間、父祖の業を忘れずに粉本から学び、古法を尊び、新しいものから少し距離を置いて、熱心に描き続けた。
ところがご維新で幕府転覆、和を嫌う嫌うで廃仏毀釈に大和絵の排除ということで、ばったり仕事がなくなった。

川越藩士の息子として生まれ、狩野派の技法を叩きこまれていた橋本雅邦もどうしていいかわからなくなったに違いない。
困った。
困窮が待っている。いや、待ってるどころか困窮にハマッている。
同じ狩野派の絵師たちは絵を描く家業を捨てて、違う職業に就く者も現れていた。
たいへん難儀な話である。

しかし、捨てる神あれば拾う神もある。
この場合は軍だった。
日本海軍が狩野派の絵師たちに海図製作などの仕事を与え、その腕を振るわせた。
たいへん良いことである。
後世のわたしたちはその指図をした人に対しても感謝しなくてはならない。
柳楢悦という人が海図製作責任者で、強くそのことを推進したそうだ。
名前から見てもわかる通り、柳は「民藝」運動の柳宗悦の父である。
柳家は楢悦、宗悦、宗理と三代に亙っていい仕事を世に残した家系なのだと知る。

さて前置きが長くなったが、それらの状況を踏まえたうえで、展示された作品を見て回る。
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狩野惟信 四睡図  ちびっこ寒山拾得が顔をうずめて眠っている。虎もぐーぐー。和尚も深く眠る。いい画題をいい感じで描いている。可愛さが胸に来る。

狩野栄信 百猿図  丸顔の中国猿である。こいつらが無限に画面にいる。藤蔓のように連なっていたり、松柏に笹に顔を見せたり巻きついたり。鳥を取ろうとする奴もいた。

狩野栄信 花鳥図  チラシの絵。中国風な花鳥図ではあるが、もう長いこと日本の風土になじみ、すっかり日本オリジナルの花鳥画になった絵。

狩野栄信 唐獅子図  滝を見上げている。太線でどーんっ。ブサカワでいいなあ。
こういうのは撫でてやりたくなる。

記録魔兄弟の仕事を見る。
狩野養信と朝岡興禎である。兄の公用日記、弟の古画備考、共にモノスゴイ記録である。

養信の古典修業の仕事もある。遊行上人縁起絵第一巻の模本、平治物語絵巻(信西巻)の模本がある。とてもよく出来ている。全巻観たくなるくらいに。
 
幕末の絵師・養信の仕事は結構多い。
天保年間に行われた、江戸城本丸など障壁画の下絵などがここにある。
西の丸休息の間(関東の地図)、本丸大広間小下絵…このあたりは実は設計図でもあった。
絵そのものの下絵も悪くないが、建物のパースも取られ、そこにこのように絵を入れます、といった設計図は非常に興味深い。
言うてみたらモノクロスキームのようで、とても見応えがある。
彩色されたらカラースキーム。

狩野雅信 楼閣遊覧山水図  右は春で犬と白梅、中は蓮池と女たちのいる楼閣、ビュッフェにはスイカもある。合奏もして楽しそう。左は松に川。

橋本雅邦 春秋鶴汀  左右共にエレガントにたたずむ。
以下は全て雅邦作品。

橋本雅邦 花鳥図  絢爛。牡丹、芙蓉、薔薇、花菖蒲、そこへ雀、クイナ。左には酔芙蓉や菊。パッ とした明るさがいい。

明治になり、困窮の状況が見えてくる。資料から見る狩野派の零落。

やがて冒頭に挙げたように海軍の仕事が出てくる。
航海教授書、大日本海岸実測図、これらの挿絵を担当する雅邦。
海図は大切なので、丁寧に描いたのを強く感じる。

油彩画も始める雅邦。こういうのは進歩と言うのではなく気の毒。
明治10年代になり、ようやく世間も落ち着いて、西洋ブームも一段落、和への回帰が多少は成される。

豫譲  中国に伝わる士の話。彼は旧主の仇を討つためにいろいろ画策し潜伏するがその念願を果たせず、ついに仇の衣服を刺し貫くことでしか、思いを遂げられず、その後に自刃する。絵は衣服を刺すところ。

中国の故事成語や高名な人の説話を絵にしたものがいくつかある。これらは水彩画。
張良図、維摩居士など。

深山猛虎図  ガオ~~ウォ~~肉付きのよい二頭の虎。雅邦の虎はこの泉屋博古館分館、静嘉堂文庫などで今日までもウォーウォーと吠えている。

三井寺  謡曲から。わが子をさらわれた女の旅路。ようよう三井寺でわが子に再会出来そうな場面、女の鼻緒は切れている。
この絵を見ると木島櫻谷の堀川夜討の静御前を必ずおもい出すのだ。
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松に月  大きい。幹にかかる月。雲母と金泥。月が照らす情景。放射線状の光。現実にはありえない情景らしいが、絵だからこその良さがある。

雪中金閣寺図  胡粉と墨とで深々と降り続く雪を表現している。

月下群雁図  薄く列がゆく。池に静かに映る。

神功渡海図  神功皇后のお供をする武内宿祢を描く。明治の征韓論の背景などは措くとしても、この明治末はとにかく神功皇后の三韓征伐をテーマにした絵画や人形(五月人形の定番だった)がやたらとよく作られた。
俗謡の「男なら」などでも一番は高杉晋作の「三千世界の烏を殺し ぬしと朝寝がしてみたい」で、二番は「神功皇后さんの雄々しい姿が鑑じゃないかいな」とある。
お札にもなっているしね。
絵では武内宿祢は海の水を自由に操ることが出来る満珠・干珠を手にしている。

双龍図屏風  やたら大きい。金地である。国粋主義の台頭も見え始めた時代の作。

松下郭子儀梅竹鶴図  めでた尽くしの絵。澁澤史料館所蔵。澁澤榮一のために描いたものか。

江楼圍棋  もともとは大磯の某氏の邸宅の襖絵だったのが大評判になり、新規に作成したもの。引手は香取秀眞による。

雅邦の晩年は東京美術学校の先生として出仕し、横山大観らを指導もした。
若い頃の人生のけつまずきも乗り越え、今に至るまで「ああ、あの絵の人」とすぐ思いだせる作品も残している。
良かったと思う、本当に。

11/24まで。
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