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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

タカシマヤ・グラフィック・ヒストリー ポスター100年

高島屋の大がかりな展覧会が世田谷美術館、続いてなんばの高島屋本店で開催されたのは記憶に新しい。
2010年にも「高島屋百華展」として京都市美術館で開催されている。
その前年には六本木の泉屋分館でも少しばかり違いはあれど、主に近代洋画のコレクション展が開催されている。
わたしは四展とも出かけた。その時々の感想はこちら。
泉屋分館「高島屋史料館所蔵名品展」

京都市美術館「高島屋百華展」

世田谷美術館「暮らしと美術と高島屋」

なんばでの開催については世田谷で書きつくしたので、ツイッターでつぶやいただけだが。
二か月ほど前に出かけている。

高島屋は素晴らしいコレクションを明治初期から蓄え続けている。
主に日本画・染織工芸・やきもの、そして近代日本洋画もそこにある。
高島屋は呉服屋系百貨店であるから、もとより着物を拵えるのが主な仕事であったが、時代が下がるにつれ洋装化が進み、それに伴い呉服市場が縮小していったが、それでも現在に至るまで呉服への肩入れを怠ることはない。
立派である。

一方、高島屋はポスター芸術への理解が深い。
世田谷ではポスター展示の辺りで驚く声をよくよく聞いた。
前期後期ともども出かけたわたしは、観客の皆さんがその空間で喜んでおられることを、我がことのように嬉しく思った。
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今回、高島屋史料館ではいわば凱旋的な力強さで以て「タカシマヤ・グラフィック・ヒストリー ポスター100年」展を開催している。
前期後期共に楽しんだ。

現在、ポスターコレクションで著名なところといえば、関東ではアド・ミュージアム、凸版の印刷博物館、関西では京都工芸繊維大、そして高島屋史料館などである。
(20年ほど前にサントリーが一括購入したグランヴィレ・コレクションのポスターは主に外国産)

年代順にあげてゆく。
1898 帆掛け船広告 形が帆掛け船で帆に高島屋の文字宣伝。梅田や桂川の岸に設置。今でもそうだが、桂川流域の平野は広告が多い。727に映画村のカチン太くん…

1906 「ア・ラ・モード」の文字入りポスター。この年は明治39年。パリではアールヌーヴォーが活きていた。

1908 横浜での開店の告知。京都発祥だといういうのを示しつつ、英文で綴る。

いよいよ店内イベントの告知としてのポスターが現れる。

1919 「矢の根」五郎。描くは北野恒富。心斎橋での開催で、「俳優好み衣装陳列会」。歌舞伎役者の衣裳。はヒットして年中行事になったそうだ。
写真には芝居小屋の風情を見せるように、高島屋の「高」(本当は二本梯子の高)の字のついた芝居櫓が設置。

1923 関東大震災後のポスター。「帝都復興の第一線に立ちて デパートの奉仕」とある。南伝馬町の店舗はアウト。しかしその斜め前のビルが無事だったので仮店舗を開く。
流言飛語に惑わされぬようにと「お互い新聞を読みませう」と啓蒙の告知。背景に当時刊行されていた新聞の一面をたくさん出す。
萬朝報、都新聞、大阪毎日、大朝、国民、讀賣、夕刊…

1925 無線電話展。大正末期のレトロな文字と絵がたまらなく魅力的。ここに描かれているのはハウス型ラジオにも見えるし、芦屋の仏教会館にも見える。

1927 日光博覧会。これが空前のヒットイベントだったという。20万人以上が来場したとか。陽明門の模型などが展示されたそうだが、ポスターも陽明門を描いている。
当時存在した大阪・長堀店での開催。

1929 忠臣蔵展。この頃はやはり映画ではなく歌舞伎の方の忠臣蔵。ポスターには火事装束の大石内蔵助の立ち姿。

1929 「手の表情美展」の告知。我こそは「手美人」の女性を募集中。ポスターにはマネキンの手が何本も肘上を下に立たせてあり、手首には様々な装飾品が。マニキュア、指輪、腕輪…とても煌びやか。
わたしはこの様子を見ると、コクトーが監督した「美女と野獣」の野獣の城での照明を思い出す。あれほど綺麗な手の並びはほかでは見ていない。
ちなみにこの手のコンクールは写真を送付するもので、審査員は岡田三郎助、鏑木清方といった洋画日本画の美人画の大家と、藤間勘十郎など。かなり本気度が高いのか冗談と見てもいいのか…今の日本橋高島屋。

1929 クリヤランスセール。日本最古の(クリアランスセール)である。ゑびす講大安売り、せいもん払い(誓文払い)。誓文払いは関西の風習だったか、これを関東でも開催して、高島屋の年末の名物になる。

1931 太閤さん。千成瓢箪ですね。日本人が愛する歴史上の人物の、その当時のベスト3に入るひとだと思う。今も人気だしな。

1931 創業百年大売出。夜九時まで。これが実に巨大なポスターで、当時開店していた全店舗の写真を入れている。
烏丸、日本橋(現在のもの。登録有形文化財)、京橋(ゴシック)、長堀(ネオゴシック)、南海(現在の難波本店)。
他に10銭ストアを展開していて(今の百均のようなショップ)、その写真は縦並び。
巣鴨、牛込、日暮里、亀戸、大井、四谷、上野、浅草、渋谷。
これらは戦中まで存続したが、現在へは続かなかった。

1936 夏冬の着物の手入れについてのポスター。「高島屋悉皆部をご利用!!」着物の手入れを悉皆部が引き受けていたのだ。悉皆屋は今でも時折見かけるが、これは大阪と京都だけの呼び名らしい。他地域はどない呼ぶのか。

1936 観光博覧会。これは今に至るイベントかも。ポスターはカッサンドル風。日本列島へ向けて飛び込んでくるような諸国の旗。米英仏にナチスの旗。

1938 銃後産業奨励 佐渡と越後の観光物産展 南海店(今の難波本店)だんだんリアル戦前になってきている。

1939 テレビジョン完成発表会 日本橋店 「送像と受像の実演公開!!」 なんだか凄いな。東芝とのコラボ展。

電車の中吊広告。本を開いたような形。戦前のもので、年代不明。「東京マンガ会 漫画展」とあった。
そういえば1985年頃か、なんばの高島屋で「キャプテン翼」のアニメセル原画展が開催されていた。懐かしい…

1952 日本橋店の増築案内。モダンである。

1966 ローズちゃんがいっぱいいた。この時代くらいから段々と現在と直結しつつある。

1988 大変かっこいい。バブルのかっこよい時代を思い出す。

2009 ローズちゃんのアンニュイな顔。

奥では当時の人気の画家たちのポスター原画がポスターと共に展示されていた。
恒富、三郎助らの美人画や、薔薇のマークをデザインした高岡徳太郎の御所人形、神坂雪佳の十二単美人などである。
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実はわたしの叔母はかつてOSKに在団していたが、後に高島屋の専属モデルになり、1960年代半ばまでなんば店のポスターによく出ていた。叔母は結婚を機にモデル業を引退し、東京で専業主婦になってしまった。
昔まだ祖母が生きていた頃の家には叔母のポスターがあったが、末弟の叔父が家を相続してからはどうしたものやら。
もしまだ高島屋史料館に叔母のポスターが残っているなら、ぜひとも見てみたいものである。
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