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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

松篁を育んだ学び舎 画塾・青甲社

近代京都画壇での「画塾」の重要性はしばしばこのブログでの上でも語っている。
美術学校に通いながら画塾に行くのも珍しいことではなく、当然の流れの中でのことだった。
そしてそれで派閥の覇権争いが起こるわけでもなく、みんな案外うまく言ってたと言うのもすごい。
今回、松伯美術館では「画塾・青甲社。西山翠嶂と塾生たちの成長を追う。」展が開催されている。
京都画壇の大立者・竹内栖鳳の弟子の一人で、栖鳳をこよなく崇拝した翠嶂は、青甲社を主催していた。
上村松篁さんはお母さんの松園さんからのアドバイスを受けて、翠嶂の画塾に入った。
塾では絵を学ぶのは無論のこと、仲間内でお芝居までしたり、写生ツアーに出かけたり、となかなか楽しそうに過ごしたらしい。
その同門たちの絵をみる。

西山翠嶂 秣  牛の眼がぎょろっと。背負ってきた秣は青々しておいしそうで、牛ならずとも待ちかねてしまいそう。また秣は微妙に色を違えて表現しているので、いよいよそそられる。

中村大三郎 灯り  室町くらいから桃山頃までの風俗の女人が室内で半眼でうっとり。薄緑の着物は全身絞りで、髪を丸く一まとめにあげた女人によく似合う。香を聞いていてうっとりしているのだ。そばの「灯り」は柄の長い「チョウケイ」で桃山らしい文様の蒔絵で彩られている。

沢宏靱 牟始風呂 これは滋賀辺りの入浴法で、少ないお湯で蒸し風呂状態にするもの。幼いわが子とともに入浴する母。
この絵は以前からとても好きで、絵葉書も持っていたが、今回始めてこの母子が秋野不矩母子だと知り、びっくりした。静かに幸せそうな赤ちゃんと母親。
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三谷十糸子 朝 お庭に茣蓙ひいて(敷いての意の関西訛り)、赤いべべ着た女の子とうさぎちゃんらがいる風景。なんで朝なのかはよくわからないが。ちょっと寒いんかして、女の子の裸足の爪先も赤い。ウサギの目も赤い。
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堂本印象 道  この絵もまた好きな絵で、遠近法とかそんなの一切考えずに、ある種の洛中洛外図の一部拡大図みたいな気分で見ているのだった。
右端のカーブでは自転車のヒトが洋犬とともに走ってたり、客待ちの人力車夫もいれば、パラソル差した洋装一家(外人かも)も。
大正の末、電線もどんどん張られている。そしてそれらの情景を描く画家が手前の小高い丘にいるのだ。
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こうしてみてゆけば、錚々たるメンバーがいたのだなあ。
松篁さんは青春の一時期、こうした才ある仲間といい関係を築いていたのだった。
ときにはすき焼きを食べたり、素人芝居で「金色夜叉」の貫一に扮してみたりと。

松篁さんの絵を見る。
昭和初期、子供らの父としての目が具わった絵を。

冬暖 幼い姉妹が濡れ縁で遊ぶ姿を追う。可愛いなあ。戦前のある日の姿。平和でいい。

羊と遊ぶ 幼かった長女も少し大きくなって、今度は弟と一緒。弟は今の淳之さん。目元に面影がある。小さくて可愛い坊や。羊のほうがずっと大きい。
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下絵を見る。
十姉妹を描いたものがとてもいい。大量の下絵。十姉妹どころか百姉妹、千姉妹。

松篁さんの美人画の大作は万葉美人を描いたものである。
万葉の春 これも何度見てもいい。桃の咲き乱れる野で野草を摘む万葉美人たち。
「お家芸かかくし芸か」と謳われたのもよくわかる。

松篁さんらが新たな美術団体「創造美術」(後の創画会)を立ち上げたことを知ったのは毎日新聞の井上靖だった。かれはいい応援になるようなスクープ記事をあげた。
その縁もあって、後に井上靖が小説家として世に出たとき、松篁さんは「額田女王」の挿絵を担当する。
今回はいわゆるカラー原画が二枚出ていた。額田女王が垂れ込めるシーンと、有馬皇子が自死するシーンと。

ついで、松園さんの下絵を見る。
宮川長春の「風俗図巻」の模写である。水木結びの水木辰之丞の舞を楽しむ人々を描く。
そういえばこの松伯美術館と近しい大和文華館では11/17まで宮川長春展の後期を開催していたが、あいにくなことにこの絵は出ていなかったな。惜しい~~

淳之さんの絵では銀潜紙に描いたものがよかった。
水辺の四季 シギたちが可愛らしい。

12/8まで。
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