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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

幕末の北方探検家・松浦武四郎

松浦武四郎、といえば「北海道」の名付け親だということが知られている。
「蝦夷地」と呼ばれていた地が「北海道」になった頃を舞台に、手塚治虫は「シュマリ」を描いた。
蝦夷共和国の夢が破れ、「北海道」で生きた人々を描いた作品も少なくはない。
松浦武四郎は松坂の郷士の子として生まれ、幕末から明治の世を生きた。
彼は迫りくる時代の変化を感じ取り、北方へ探検に出た。
その足跡は決して小さいものではない。

今回、静嘉堂文庫美術館がこのような展覧会を開催している。
「幕末の北方探検家 松浦武四郎」
タイトルだけを見れば、彼の足跡をたどり、その旅を追体験する企画展かと思われたが、実はそうではない。
以下、サイトの紹介文。

「幕末の北方探検家」「北海道の名付け親」として有名な松浦(まつうら)武四郎(たけしろう)(1818—1888)は、伊勢国一志郡須川村(現、三重県松阪市)の郷士の家に生まれました。少年の頃から日本全国、旅をして歩きましたが、時勢の中で特に北方に強い関心を持ち、弘化2年(1845)から安政5年(1858)まで、13年間に計6回にわたり、東西・北蝦夷地(えぞち)、クナシリ、エトロフ島を探査。アイヌの人々とも深く交流し、関連する多くの著書を刊行しました。その後、開拓使判官になるも1年で辞し、以後全国遊歴と著述の日々を送りました。このような旅の巨人武四郎はまた古物に興味を持ち、考古遺物の大コレクターとしても知られています。
今回、静嘉堂が所蔵する武四郎旧蔵考古遺物コレクションの中より主要な物を選び、初公開致します。今まで全く世に知られていなかったこの幻のコレクションには、古墳時代の美しいヒスイの勾玉や大きな古鈴、また歴史時代の考古遺物など、学問上重要な資料となるものも含まれています。
本展では、それらの考古遺物を中心に、幕末・明治に生きた特異な探検家、松浦武四郎の生涯と人物像を紹介してまいります。


つまり、武四郎のコレクションを一堂に集めた企画展なのだった。

チラシの肖像写真、首から下げているのはたいへん大きな勾玉の大ネックレス。
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大首飾り。構成品は碧玉、瑪瑙、硬玉、滑石、水晶、ガラスなど。
その現物がある。

ほかにも琅玕勾玉玉類の一連がある。硬玉・蛇紋岩・ガラス・金属で作られている。
たいへん綺麗なもので、弥生時代から松浦武四郎存命のリアルタイム時に亙っての材料で構成されている。

綺麗で可愛らしいものが好きだったようで、これを筆頭に古墳時代の玉類、ガラス玉、勾玉などなどがある。
玉類も硬玉、碧玉、水晶、瑪瑙、滑石などで、それに金銅を加えてやはり一連ものに仕立てている。
勾玉も緑の蛇紋岩の大きなもので、中には子持ち勾玉もあるが、いずれもとても大きい。
そして今回、静嘉堂ではショップで小さな勾玉ペンダントを販売していて、受付の方が可愛くつけられていた。

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松浦はその他、古代の鈴も大好きらしく、青銅製の八角鈴、鬼面鈴、三鈴杏葉なども集めていた。むろん青銅鏡もある。ただしそれはメイド・イン・ジャパンではなく、古代ローマからの将来品。明治になってから手に入れたのだろうか。
和鏡は室町時代のものなど。
そして古代中国の文物もある。春秋戦国から前漢あたりの青銅器。
ハンドアックスとも呼ばれる石斧など、欧米の石器類もある。
この辺りの古代のコレクション類はまことに立派で、見ていると心躍るばかりだった。

こうしたコレクターであることから、日誌も丁寧である。
感慨を書き記す日記ではなく、行った場所で見たもの・聞いたものを書きとどめる日誌である。その記録文書には丁寧な絵も描かれている。
それらは版本として刊行され、当時「武四郎誌」としてとても人気があったそうだ。
北蝦夷余誌、久摺日誌、天塩日誌、知床日誌、納沙布日誌、東蝦夷日誌…
実物展示されているものがこれらノートに記されている。
これらを見ていると、ここが「静嘉堂文庫」だということを改めて気づかされる。

松浦武四郎は発足したばかりの明治政府に雇われたものの翌年の明治三年には、早々に辞任して「馬角斎」の名乗りを挙げてコレクター生活に入った。
そしてあの版本が「多気志楼物」として人気になったのもよくわかる。

「知床日誌」にいろんな種類のアザラシが描かれていた。
アムシベ、ホキリ、ルヲヲ、シトカラ、ヘカトロマウシと五種。色もカラフル。顔つきはりりしい。

やきものも様々な時代の、多様な用途のものが集まっている。須恵器の枕まであった。
仏教道具も怠りなく集めている。もう本当にどこまでも趣味・視野の広いコレクターである。

体系化されたコレクションではなく、興味の湧いたものを集める、そんな方向性が見えてくるようだ。とはいえ、実際には松浦武四郎の中ではきちんと分類されているに違いない。

揚句は清朝に流行した懐古趣味の青銅製の器までが出てきて、これにはもう明るい気持ち良さが湧き起こってきた。
なんだかとてもいいなあ。いいひとだなあ。


香箱 中国南部から東南アジアの産で、いつの時代のものかはわからない。紫とトルコブルーと金の色が箱を装飾する。花と犬らしきものが見える。

硯もいろいろある。
変な手形のような硯もあれば、猿面硯もある。
硯箱は蒔絵に分類されているが、芝山細工に見える。とても可愛らしい花の装飾。

現代日本語(の意味)でいうフィギュアがたくさんある。
頼朝、地蔵、如意輪観音、聖徳太子、田村将軍、猿田彦大明神、人丸、ウズメ、僧正遍照、西行・・・
素材は木、鉄、土、玄武岩などなど。

鬼面などはたいへん怖かった。木彫りで剥落も激しいので、それがいよいよ怖い。
老猿面もたいへん怖かった。

スゴいセンス。
そして、世界一小さい書斎の実物大模型がきていた。本物は国際基督教大学にあり、これは数年前のINAXギャラリーでの展示で生まれたものらしい。
実物は、出雲大社・厳島神社・嵐山の渡月橋の橋桁などの古材で構成された一坪もの。まさに「座って半畳、寝て一畳」の世界。

最後に松浦武四郎涅槃図の模本展示があった。
暁斎の描いたもの。モノスゴイ内容。1386253017865.jpg

和尚姿で例の大ネックレスをかけて横根をする武四郎。林の中の大テーブルには彼の集めたフィギュアたちが麗々しく並べられている。
嘆く人々の中には頼朝もいれば、布袋さんもいて、観音さんもいる。岩製の恵比寿大黒、張り子の虎、一刀彫りの鹿、東北の馬、中国の丸顔の猿、藤娘。石の羅漢にガマ、ドジョウにカエル、斑の猫などなど。
すべて画風を変えて暁斎は描き分けている。
これを見るだけでも楽しい。

希代のコレクター・松浦武四郎の集めたものの一端を目の当たりにすることができて、本当によかった。
12/8まで。
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