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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

徳川美術館「新年を祝う」

徳川美術館へ行った。
ここは見るものが多くて、しかも展示室ごとに展示替えも細かにされるので、通いつめない限りは全容を把握する、などはムリもムリ。
尤も人気のあるお品お道具はしばしば現れるので、まぁそのあたりだけは(勝手ながら)なじみの気持ちで対している。

企画展もさることながら、そういうわけで歩く順に気に入ったものを書いてゆこう。

1.武家のシンボル
武具とか武家らしいものが並ぶ。

重籐弓 徳川宗睦(尾張家9代)所用 シゲドウの弓。かっこいい。わたしは武具はよく知らんのだが、「重藤の弓」といえば平家物語にも説経節の小栗判官にも現れる。
むろん尾張徳川家のお殿様の所用品だから素晴らしいものなのは当然である。
そして九代目さん頃だと完全に天下泰平なので(実際に享保から寛政年間の生涯)、実践に使うものではない。螺鈿が煌びやかに全体を覆い、見るからに美術品的な姿を見せていた。
なおこのお殿様は中興の名君と評判が高い。

厩図屏風 六曲一双の内 江戸時代 この厩図には世話をするオジサンたちも描き込まれている。馬たちもそれぞれ個性的。そしてこのうちの一頭の牝馬が信長の愛馬だったとか。
絵で見る限りはわたしにはどれがどれかわからないが、真ん中の小奇麗な馬がそうかもしれない。鬣を綺麗に小さくまとめられているからだが。

2.大名の数寄
茶の湯である。猿面茶室と言う立派な茶室が再現されている。

布袋図 徳川光友(尾張家2代)筆 三幅対の内 ほぼ正面向きの布袋さんの前には袋なのか腹なのか区別がつかない巨大なふくらみがある。
わたしは津本陽「柳生兵庫助」のリアルタイムからの愛読者で、兵庫助の息子で後の連也斎が光友公の剣のお相手に上がるあたりのことを、すぐに思い浮かべてしまう。
それでか、なんとなく親しい気持ちが湧いてくる。

青磁中蕪形花生 南宋 砧青磁。しかしながらとても透明度が高い、綺麗な色を見せている。口べりの薄さにときめく。

草花文紅安南茶碗 ベトナム16-17世紀 これは白磁に可愛い花柄がぽんぽんっと入っていて、見込みに「寿」の字だが、とても愛らしい。賞玩したい一つ。

赤楽筒茶碗 樂道入 岡谷家寄贈 わりと普通に筒型で、釉薬もピカピカしてはいない。しかしそれでも口べりは薄く、飲みやすそう。それにしても胴のザリザリ具合はどうしたことか。なぜ釉薬をもっと…と思っていたら、千宗旦の依頼品だったから。
宗旦はノンコウの仕事よりも、長次郎の作風だけを愛していた。

呉須赤絵扇形香合 千宗旦所用 明 半開きの扇形で、とても可愛い。絵柄も花にトンボが寄ってくるというもの。

唐子文金襴手仙盞瓶 明 二人の唐子が見えた。下にズボンだけはいて、頭に蝶々のような髷をつけて、喜んでガッツポーズしている。面白い絵柄。

3.大名の室礼
書院飾り。再現された広間の様子。

寿老人・鶴図 伝秋月等観 三幅対 室町 左右に鶴たち。真ん中の寿老人の前には牛のような鹿がいる。
二か月後の展示替えでは探幽の福禄寿に猫と鹿の図が出るらしい、

4.武家の式楽
もちろん能である。たいへん立派な能舞台が設置されている。実際に演能があるのかどうかは知らないが。

能面 小面 伝・元利寿満 江戸 ひたすら美しい。

白地亀甲に雪輪・蒲公英文縫箔 江戸 可愛い小さく八つ橋もある。タンポポの愛らしさが全開。こうしたところにも美意識が行き渡っている。

染分梅尽文素袍 江戸 色んな梅の意匠があり、中には光琳梅もある。途中で色もかわり、どこかエッシャーを思わせてくれる、小粋な素袍。

まな板附鯛・鯉(狂言曲「宗八」用)  江戸 これは作り物、舞台の小道具で赤の大きなタイと紺黒の魚と。元僧侶と元料理人の二人が主人に仕え、苦手な仕事を命じられたのをそれぞれ得意な方へ入れ替えて…そしてやっぱり主人と対決になるのだった。
可愛い小物である。

5.大名の雅び
奥道具、大名夫人・子供らのための様々なものが出ていた。

小朝拝・朔旦冬至図屏風 板谷慶舟 六曲一双 江戸 時季に合う屏風。朝臣たちは室内で並んで座すが、その前には白ごはんと箸だけが置かれている。
堅苦しさこそが儀礼の本質なのだと思う。

初音蒔絵硯箱 寛永16年<1639>霊仙院千代姫(尾張家2代光友正室)所用 例の国宝である。
巨大な鶯が座敷のとこにいた。探すとこんなところにいたのかという思いと共に、「鶯にしては巨大やな」と思いもした。途轍もなく丁寧な作りの「初音」シリーズ。
後に企画室でも初音蒔絵机が出ているのだが、あちらはもう殆ど鷲か鷹くらいのサイズの鶯だった。

横笛(龍笛)と高麗笛とが出ていた。後の方が細く穴数も違う。音色は知らない。

篳篥譜 応永9年<1402> 素人だからか、もう本当に難しい譜面にしか見えない。万歳楽、越天楽、千秋楽、とある。タイトルだけは知っているが普段聴かないので区別はつかない。
しかし千秋楽というのは芝居や相撲の終いの日だという感じがあるので、もともとは雅楽から来ていたそうだ。千秋万歳。ああ、そうか、寿ぐ言葉なのだ。

信西古楽図(模本) 宝暦7年<1757>  白秒で雅楽の様々な踊りの様子が描かれている。ちょっと面白すぎる顔の蘭陵王(羅陵王)がいて、これでは敵も味方も和やかな気持ちになるぞとか、そんなことを思ったり。

舞楽図巻 二巻の内 江戸 こちらは豪奢な彩色が施されている。綺麗な納曾利二人、羅陵王一人、北庭楽六人…

松橘蒔絵鏡台 聖聡院従姫(尾張家9代宗睦嫡子治行正室)所用 これが凄い造りだった。松に鶴亀の意匠なのだが、多重多層に彫り込まれた円台で、どこから見ても何かしら物語が活きていそうな表情が出ていた。こんな段のある彫り物がそれでいて小さいのだから、技能の高さをつくづく思い知らされる。ちびの鶴が隠れているのもいい。

ここで蓬左文庫へ入る。

旅をつづる
1.旅と詩歌
万葉集、伊勢物語、土佐日記といった読み物が出ている。そう、みんな旅と深いかかわりがある。
古代から中世の旅は気ままなものではない。

富士図 春・夏 伝・相阿弥 白と黒の富士山図。なにやら素敵だ。対比の美。

後拾遺和歌集 能因法師の一首が紹介されている。「白河ゆかずの一首」。当時大評判をとったそうだ。行かなくてもここまで歌えるのか、ということ。

西行物語絵巻 安永年間の模本 小倉山に大井川、奈良の鹿に富士山、武蔵野、巨大な秋草の庵…日本人の魂の根源には自然とのかかわりがあり、漂泊流浪の歌人への想いがある。
そういえば安永年間と言えば「赤福」が創業された時代だったな。
赤福もまた、かつては伊勢方面に出ないと食べられないものだった。

奥の細道図巻 与謝蕪村 須賀川や佐藤兄弟の妻たちの辺りが出ている。これはあれかな、何本も出ているのか、よく見かけるな。逸翁美術館にも同じところが所蔵されているはず。

東行話説 土御門泰邦 幕末に近い頃の個人の旅日記だが、なかなか面白そう。戯曲も漢詩も交じって、食べたものもあってちょっとしたグルメリポートにもなっているそう。
読んでみたいね。

2.大名、旅をつづる
参勤交代と東海道の旅

夏の日国に帰の記 徳川斉荘(尾張家12代) 天保14年<1843> この殿様はなかなか筆まめだったようで素直な気持ちでこまめに書いている。

東海道名所風景 文久三年 国貞ほか わたしが見たときは以下の絵師たちの絵がでていた。
広重 赤坂 遊女二人が座敷から表をゆく大名行列を見る。
芳虎 藤川 延々と行列。延々と土下座。
芳虎 宮 鳥居を行く行列。一旦ここで休憩。
芳艶 熱田一宮 延々と行く行列。
国麿 桑名 蜃気楼を見る行列一行。ただし本当に見れたかどうかはわからない。桑名は蛤の産地なので、蛤が気を吐いて浮かび上がるという蜃気楼を描いたのかもしれない。

地方巡検の旅

前述のお殿様の日誌。   
お国入り後も犬山に行ったり鵜飼いを見たりしたことを書いている。「知多の枝折り」「知多御道記」「岐阜の道しるべ」などと題したノートも残している。

御在所絵日記 弘化三年 これは誰が描いたのかは知らないが、戯画風な面白い絵で、とても楽しそう。宿で遊んだり舟に乗ってなんだかんだ。
幕末になるとこういう面白いノートがでてくるものだ。

名所図会の世界

都名所図会を中心に大和名所図会、紀伊国名所図会、木曽名所図会、伊勢参宮名所図会などなど。 
明治22年の遷宮の様子、26年の参宮鉄道駅舎などもあった。

奈良の絵では茶店で客の投げる鹿せんべをキャッチしてはむはむする鹿や、子供をなぶる鹿たち。お客もにこにこ。

摺物では慈悲心鳥、沙羅の白花などが綺麗に摺られていた。

企画室へ向かう。

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