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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

ブルーノ・タウトの工芸展 ニッポンに遺したデザイン


LIXILギャラリーで「ブルーノ・タウトの工芸展」が開催されている。
副題は「ニッポンに遺したデザイン」である。

タウトの大がかりな展覧会は京都国立近代美術館で「宇宙建築士ブルーノ・タウト」展があった。もう20年くらい前の話である。
そのあとはワタリウムで開催されたくらいか。こちらも10年くらい前のことになる。

わたしはタウトの作品はやや好みから外れるが、その思想には深い憧れがある。
ただ、装飾性の排除は言えば「可愛くない」構造物を拵えることになるので、現実にはタウト作品はニガテだと言うことだ。

タウトは日本に少しばかり立ち寄るだけのはずが、政治的状況もあり、また人間関係も生まれて、思ったより長くにこの国にいることになった。
とは言え表立った仕事は出来ない。
建築士としての仕事も熱海の旧日向邸だけだが、あれも改築とかそんな名目だったらしい。
わたしは旧日向邸に行ったが、そのとき、実験的なところは面白いが、住むのは困るなというか、実際には使えないなと感じた。
同行の20歳ばかり年上の奥様方も同意見だったから、生々しい生活者から見れば、現実的ではない空間だったと言えるかもしれない。
もっと有り体に言えば、別荘として、男性の面白がる空間かもしれないが、一方で生活感のない空間なので、人の居場所がないのだ。 

タウトは丁度80年前の今頃、仙台の工芸指導所で日本の若者たちを指導した。
タウトの思想、受けてきた教育は当時の日本青年らに素直に伝わり、彼らは欧米の模倣でない、また日本の古い伝統にしがみついたものから離れた、新しい工芸品を産み出した。

民芸を提唱した柳宗悦とも深く交流したタウトだけに、ここに展示された作品はその当時の最先端のシンプルな造形を見せている。

筒型煙草入れなどは漆塗りであるが、敢えて「優美」から無縁であろうとする。

木製の漆塗り釦はシンプルだが、やはり今では古さを感じた。

シンプル イズ ベスト
とは言うものの、あまりに装飾性の排除が過ぎると、そもそもデザインとは何かと言うことを延々と考えさせられてしまう。
民芸でもそうだが、作者の意思的なデザイン、デザインする、と言うことをやめて、ただただ素材に向いた形にすると、大量生産であっても「よきもの」になるのではないか。
そうなると普遍性が生まれ、やがてそれ自体が古典化する道を進む。

わたしはますますタウトやぺリアンや民芸の意義がわからなくなる。

展示品の中にどうぶつぬいぐるみがいくつもあった。
これらは愛らしいデザインだった。
昭和天皇の子供たちへのおもちゃだった。
そして特急ツバメ号と富士山と電線にとまるツバメたちのおもちゃのデッサンがあり、これは楽しそうだった。今の天皇陛下へのプレゼントのためのデッサンだったそうだ。

ほかに宇宙建築士としての色ガラス積木の再現品があり、これらは可愛い。
かつて京都での展覧会の際にカフェが出したゼリーを思いつつ、わたしはギャラリーを去った。

思想には惹かれるが、実際には相容れない、そのことを延々と考えながら。
18日まで。
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