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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

お水取り


三月一日。東大寺二月堂の修二会が始まった。お水取りである。
練行衆の足元を照らし出すお松明が見たくて、この十年ばかり毎年通っている。
今年は最初の年に次いでかなり前に立った。最前列ではないが、火の粉も浴び、心持ちも随分清くなった。
わたしは多幸感に包まれ、ぼーっとなりながら東大寺を後にした。

関西に春を呼ぶお水取り。
見ずにはいられない。

さて東大寺近くの奈良博ではこの時期はお水取りの資料を展示する。
毎年のことなので特に目新しいものはないようでいて、あったりする。
新しい資料を出すだけでなく、こちらのムチを衝く展示をサラッと出しもする。

今年は香水杓がそれだった。
柄杓部分が可愛い急須型をしている。
山田常山もビックリの急須ちゃんである。

いつもの二月堂曼荼羅も初見の逸話があり、怖く思ったり、例の鷺に会ったり。縁起絵巻には大体ゾワゾワさせられる。

牛玉(ウシタマやなく、ゴオウ)の宝印もある。二月堂焼経も並ぶ。銀色文字が酸化もせず、当初のまま銀色に光る。焼けたことでもう変化を止めたのだろうか。
 
室町時代の二月堂神名帳をみる。やはり源頼朝の名が大きい。そして一番気になるのは「青衣女人」。必ずこの名を見ないではいられない。

歌舞伎の舞踊劇「達陀」は練行衆の一人と青衣の女人との物語で、非常に感動的な舞踊劇である。
わたしはそれを思いつつ、杉本健吉の修二会画帳を見る。墨絵で綴られる物語にときめき、半世紀前の奈良を彩った人々を思う。杉本、須田剋太、入江泰吉たち。

その入江泰吉先生のお水取り写真展が奈良市写真美術館で開催されている。
駆け込みで見たが、すばらしい作品が集まっていた。
入江先生は「十二人目の練行衆」と呼ばれていた。戦後、大阪から奈良に戻られて以来、ずーっとお水取りに寄り添い続けられたのだ。
練行衆の様々な様子を捉えられ、その厳しい情景を写されている。

わたしのように柵の外でワイワイ興奮するだけの者と違い、先生は深く内側におられ、わたしたちが見ることのない状況を次々に露にする。
真摯な目を伏せて椿の造花を拵えている姿、紙衣作り、食事の作法、法螺貝の稽古。
厳しい中にもふとした瞬間の思いがけないユーモラスな様子を捉える先生。

夜の別火坊 ぼんやり灯りが障子の向こうの二人の姿を映し出す。

貝の吹き合わせ 六人が大小さまざまな法螺貝を吹き合わせる稽古の様子。中にはカメラ目線もいるが、皆がそれぞれ熱心。その熱心さが妙なおかしみを醸し出している。

良弁堂そばのこぼれ椿。地にぼたぼた落ちた椿のなんという美しさか。絵ハガキがないのが無念。異様に美麗の情景だった。

また雪に覆われた二月堂。真っ白な姿に、あの炎が走り抜ける様子が合致しないくらい。

面白いものをみた。昭和四十年の牛玉の宝印には四本川に横一の線が書かれ、それが四十年を示していた。
三十三間堂棟木由来だと「卅」の字を使いもするが、四十は初めて見た。

自分の撮ったお松明の写真はツイッターに挙げてある。素人の感銘を精一杯露にした写真である。
しかし稀代の写真家たる入江泰吉先生のお松明の荘厳さは、実物の荘厳さに深く迫る。
わたしはただただそれに耽溺するばかりだった。

また来年も訪ねたい。
いずれも3. 15まで。
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