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美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

川瀬巴水展あれこれ

川瀬巴水の展覧会が各地で開催されていた。
わたしは大田区郷土資料館と千葉市美術館で見たが、感想を挙げられずにここまで来た。
そうこうするうち大阪の高島屋に千葉市の分が巡回してきた。
版画と言うものはありがたいことに、多少の差異はあるにしても、ほぼ同一の作品価値を持つものが複数存在する。
大田・千葉(後の高島屋分)で重複する作品も少なくないから、それを一切考えることなしに感想を挙げたい。
なお、これまでにこのブログ上で挙げてきた川瀬巴水関連の主な展覧会感想を以下に記す。

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馬込時代の川瀬巴水

美しき日本の風景

京阪百貨店で見た川瀬巴水

川瀬巴水展

川瀬巴水展

また千葉市美術館では同時併催として同時代の渡邊の版画を展示していた。
それは2010年のリニューアル時以来の新版画の名品ぞろいだった。
当時の感想はこちら

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巴水は旅を愛した。風景を写生し、それを基に絵を描き、版元に委ねてからも色彩や摺りを厳しく見据えた。
デビューから震災前、震災後からスランプの頃、復活と戦後
そんなふうに分けてもいいかと思う。

イメージ (46)

巴水の描いた風景は、今ではどれを見てもノスタルジーに満ちた「美しい風景」になっている。
彼のいた・描いたリアルタイムの風景はもう見ることもできない昔なのだ。
古い写真でその風景を見ても、形は同じであっても色がわからない。
木版画が褪色もせず、往時の澄んだ色合いを今も保っているのは、本当に素晴らしいことだと思う。

以前から書いているが、巴水は「巴水ブルー」を持っている。
ジョット、海老原喜之助、巴水。
それぞれ全く違う、自分だけの青色。
巴水の青は主に夜景に使われる。冷たい青ではなく、温度を感じる青である。
その青に深く惹かれて、いくらでも観ていたい心持になるのだ。

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巴水の描いた風景は大正から戦前が中心であり、どこを見ても争いの影もなければ、世相でさえも映し出さないようになっている。
「これはある意味、ファンタジーではないか」
そう思うようなところがあった。
架空の世界の肖像を描いているとすれば、その巴水ワールドはなんと居心地の良さそうな空間なのだろう。
わたしはただただ感心しながら見て歩くしかない。

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名品と断言できる作品がいくつもあるが、その一つに雪に埋もれた寺島村へ向かう姿を描いた一枚がある。絵の中心に電信柱が立ち、その脇を男性らしき傘の人が行き過ぎようとする。ところどころの家には灯りがともされている。まだ寝てしまうには早い時間なのだ。
しかし、あまりに大雪なので誰も表に出てこない。
ただ一人が轍をゆく。地味な配色なのに、非常に心に残る。
今、こうした風景を見ようとしてもどこで見ることが叶うのか。
どこにもこんなところはないのである。
たとえ本当の寺島村へいったとしても、こんな建物に囲まれた道を見ることもないだろうし、雪もこのような降り方をするかどうか。すべては巴水の妄想なのかもしれないのだ。
そして、そこのところにこそ、巴水の真髄があるように思えてならない。
イメージ (47)

箱根宮ノ下の富士屋ホテルの全景を描いたものがある。
これは四季をそれぞれ配色だけで表現する、面白い作品。
春にはツツジ、夏には夜の帳の中、秋の紅葉、冬の静かな夜のたたずまい。
車のライトの方向を変えるだけでもトリックは成功し、木々の色を変えると四季がはっきりと現れる。
とても魅力的な風景である。

最後に巴水自身が風景の中に入り込んだ絵を紹介する。

絶筆の「平泉金色堂」へ向かう雲水の姿に巴水を見る人は多い。
雪の中のお堂へ向かう一人の僧侶に、巴水本人をみることで、彼が遠い世界へ向かったことを暗示する、そのようにみなすのは、確かに正しいのかもしれない。
もう彼の愛した風景は失われているために、そこから背を向けてどこか遠くへ向かう。
そんなことを思わせるほどに、巴水の描いた風景はもはや遠いものになっていたように思う。

もう一枚、法師温泉の湯にのんびりつかる作品がいい。
巴水先生、ご機嫌の態。木造の立派な(しかしやや古びた)湯殿で巴水らしき人はのびのびと足を伸ばし、くつろいでいる。
わたしもこの温泉に行きたい。
そんなことを本気で思わせてくれる作品。
これは巴水がそこにいることで、湯の心地よさが伝わってくる作品なのだった。

たくさんの作品を見たが、一つ一つは書けない。
あまりに作品が多いからと言うこともある。
もう失われた風景、あるいは別な何かに変容した風景。
それらが大正から戦前と言う、まるでうそのようにきらめく時代に、川瀬巴水の手によってこの世にあらわにされていった。
わたしたちはそれらの喜びを味わうだけなのだ。

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本当に魅力的な版画家だった。
また展覧会があるたびに出かけてしまうと思う。
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