FC2ブログ

美術館・博物館・デパートでの展覧会を訪ね歩き、近代建築を見て周り、歌舞伎・映画・物語に溺れる日々の『遊びに行った日を記す』場所です。 

三月の東京ハイカイ録その4

一週間ぶりでございます、という出だしで始まる番組があったそうだが、リアルタイムにはわたしは知らない。
しかし実際一週間ぶりにここへ帰ってきている。
今回、ツイッターでもチマチマ書いたが、過労でバッタリ倒れ、二日ほど寝込み(二日ほど煮込み、ならすっかり美味しいシチューだ)、無理を押して東京へ出た。
人間、あんまりムチャクチャな暮らしをしてはいかん、ということですな。
ところで先週の水曜に医者に行って、高熱なので熱さましをもらった。
漢方の竹ジョウンタントウと黄連解毒湯とを併せ飲みして、かなり熱も下がった。
東京についたのが21日の夜で、あらら、腫れてなかった喉のリンパ腺まで腫れててさすがにヤバイ気もしました。
琳派ならぬリンパ。

東京に行かず、むしろ天王寺の一心寺さんに行って歴代の骨仏さん拝んで、四天王寺さんの西門前で日想観を凝らした方がエエかも知れなかったが、病気になってる時に神社仏閣に行ったら、却って此岸から彼岸の彼方へ去らなアカンことになるかもしれない。
人間、弱気はアカンのだ。

とりあえず今月2度目の東京ハイカイ。土曜から始めた。
恵比寿駅前からバスで(!)山種美術館へ。
病中の身ではあの坂はきつい。
富士山と桜をメインにした展覧会で、こういうのはほっとする。
わたしはツツマシイ富士山が好きで、大観の「見よ!」なのはニガテ。いつもはニガテな球子のめでたい・明るい富士山は案外好きだが、体力もなく気が滅入ってるのでは、古径らの静かな富士山がよろしい。
どちらにしろ、例によって各展覧会の感想の細かいのは、後日ヒタヒタヒタと書き続けてゆきます。

あんずの花がよく咲いてましたな。1395820424212.jpg

それに機嫌よく後押しされた感じで見て回ったが、やはり最初にここに来てよかった。
坂を下りて、海鮮丼でも食べたいところだがナマはやめようと某天ぷら屋に入ったが、ちょっとトラブルがあり、お金は払わないで出た。出だしでこういうことが起こると、ハイカイ中はまず間違いなく食のトラブルが続くものだ。

ノタノタ歩いて写真美術館へ。ああ、あったかいな。薬を飲んでからまずは「黒部と槍」、山岳写真を見る。
見て叫びそうになったのは久しぶり。山だから「やっほー」というわけではなく、「うぎゃーーーっこんな溪谷に行くなや~っやーめーてー!こわいがなーーーっ」という情景ばかり。山男はえらい。わたしは昔「八甲田山」の映画と原作に脅かされ、さらに高校の耐寒登山で大雪の六甲山縦断で苦しめられ、以来山登りが本気でイヤなのだわ。
見てて畏怖心と恐怖心とにぞわぞわしたなあ。

次には「101年目のキャパ」展。去年か、なかなかいい展覧会を見たが、今年も20世紀を代表するいい男、の一人たるロバート・キャパにドキドキ。
(ほかにはエルネスト・チェ・ゲバラがいてます~~)
やっぱり今回もキャパの撮った写真そのものより、実はキャパ本人にドキドキしたんだよな。そしてキャパの友人たち…ヘミングウェイ、ピカソ、マチス、ボギーとジョン・ヒューストンの2ショットなどなどを見て、大いに満足する。
わたしは特にジョン・ヒューストンの映画が好きなので、彼の作品を思い出したり。
そういえば初めてキャパの展覧会を見たのは、2002年に大丸心斎橋で「文豪になったキャパ ちょっとピンぼけ」からだったか。

熱も取れてきて、機嫌よく晴々した空の下を歩く。
恵比寿駅に戻らず目黒区美術館に行こうと思う。橋を渡らず、そのまま目黒区三田の町へ入ってゆく。
この界隈に来たら必ず思いだすのが丸谷才一。彼の随筆の中で三田は田町だけではないということを書いていて、目黒のサンマと絡んだり色々してゐたはづ。(この辺りに丸谷才一へのオマージュを感じてほしい)
ちなみに関東ではミタだが、関西には兵庫県三田市(サンダ)がある。有名なハムやステーキの三田屋はサンダ・ヤである。

2つの道がある。左はやや上り坂、右は下り坂。目黒区美術館は下るので右の道を往く。
焼却炉の巨大な煙突を目指しながら歩く。前は血豆ビルを目標にしていたが、今回は違う道を歩いているらしい。血豆ビルの血豆とはサンライズを3D化してみせた、某自動車学校ね。お台場にはその友達の銀魂、じゃなくて、銀玉ビルがあって、あれはフジテレビだったかな。センスの問題以前に、建物がランドマークとしての役割を担う、という意味では凄くインパクトあるので、ええのかではないか。

ここで話が飛ぶけど、その意味ではランドマークはケッタイな物の方が目立ってええかもしれないという点で、浅草のアサヒビール会社のヒトダマとか、成田のあたりにある岡本ゴムとか、ここら辺はやはり代表格ではないかしら。
看板で目立つチチヤス(まだあるのか、伊丹豊中空港線に)、アサヒペン、合羽橋のコックさん、井之頭公園の楳図かずお邸のまこちとゃん…

アタマがすっきりしないので色々妄想に駆られながら歩く。(クリヤーな状態でも妄想が常に活きているが)
知らん道を延々と歩くと不安に駆られるものだが、こういうときに必ず思い浮かぶのが、西脇順三郎の「なぜ私はダンテを読みながら 深沢に住む人々の生垣を 徘徊しなければならないのか」から始まる詩と、ブルース・チャトウィン「どうして僕はこんなところに」。
………
やがて橋が見えた。目黒川に架かる橋。ほっとする。ここからさらに延々と歩いて、ようやく美術館。ああ疲れた。
童画目的で来たけど、全体にいい展示で、特に石井漠たちモダンダンス関連の資料の充実ぶりに大喜び。石井榮子・石井欣子・崔承喜(チェ・スンヒ)の3人が三越の屋上で踊る「グロテスク」の映像にはゾクゾクした。1926年の話。

崔承喜の伝記映画というか彼女の足跡を追うドキュメントを見たのももう随分前のことだった。
この時代のモダンダンスは非常に好きで、先年の村山知義の展覧会で見た写真や当時のドイツのノイエ・タンツ、そして同時代の「ドグラマグラ」の舞踏狂の少女、映画「狂つた一頁」のやはり舞踏狂の少女らのダンス、これらが好きで仕方ない。
今はそこまでゆかないが、80年代後半から90年代初頭頃、暗黒舞踏にとても惹かれていた。
あの動きと思想とに熱狂していたのだ。自分が生まれる前後の頃の作品群に。
今もわたしはクラシックバレエよりモダンバレエやモダンダンスが好きなので、とても楽しかった。

喜んでさて公園の外に出たら、うまいことバスが来た。一台目はやり過ごし、二台目に乗ってあの恐怖の権之助坂を座って上がれた。病中の身としては(またか)ヘネモネ…
目黒駅前で一休みしてから東京駅へ。ブリヂストン美術館にギリギリ入り、常設作品を集めた「彫刻家の手・画家の目」を楽しむ。
見慣れた作品であろうと、配置を替え、言葉を替え、違うものとのセッションを提示されると、これまで知らなかった魅力に気づかされる。
面白かったなあ。やっぱりブリヂストンはいい。
マチスの「画室の中の裸婦」から放たれる光のシャワーを浴び、浴室にいる青木繁「天平時代」の享楽を楽しみ、いいココロモチでサラバ。

江戸博へ。土曜は19時半までやからね。
大江戸と洛中だったかな。
南蛮文化館所蔵の洛中洛外図なんて初見なんで大いに凝視する。色々細かいことに気付く。
それにしても藩の中心部を描いた住宅地図というかなんというか、あれらのうち高松藩のがびっくりするほどキチキチキチキチした区画整備された住宅街で、負けたなあ。
それに兜甲冑フル装備のがなんだか5体もた並んでで怖い~~
タタリじゃーとか言いそうですわ、わたし。
ちょいと昔の展覧会「日光の至宝」展をちらりと思いだしたな。あれは2,000年の展覧会だった。

さて皆さん、以下やや怖いというか、思えばかなり怖い話が続きます。
わたくし、前述通り熱さましのために二種の漢方薬を処方に従って、服用しておるわけです。熱が下がれば飲まなくていいよとも言われておりました。
ほんで何かを避けることも特に聞いてはいませなんだ。
定宿の近くにいつも安い八百屋があり、そこがトマトとグレープフルーツをかなりおまけしてくれましてな、4つで270円と言うのをホクホクしながら買うてかえり、トマトとグレープフルーツとを丸一個ずつ食べたと思ってください。
どちらも大変おいしうございましたわ。
それがやね、グレープフルーツ食べてからさて寝ましょうとしましても目が閉じない。
心臓がバクバクしている。しかも何か振動が聴こえてうるさい。
起き上がると振動は止まる。しかし目は閉じないし、心臓のバクバクも終わらない。
また寝そべると振動を感じる。
もしかして、と仮想を立てる。グレープフルーツは血圧降下剤服用には絶対禁忌があるけど、わたしの飲んでる漢方にも何か似た成分が入ってないか?
この振動、もしかして自分の内部からのものではないか?
こ・わ・い~~~~~!!

その後、かなり水を飲んだけど、ホンマに怖かったなあ。
しかもその翌朝からもずっとビミョーにバクバクしたまま。
(昨日医者に行ってグダグダ訴え済み。医者は「え゛~~?」と言うてたな)

こうして恐怖の初日は終わりました。

関連記事
スポンサーサイト



最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

フリーエリア